第44話:想い人

「私は、冒険者になりたいんです」


「え、冒険者……?」


 冒険者というのは、魔物を倒したり、護衛や素材の採集するなどの依頼をこなしてお金を稼ぐことを生業とする職業だ。


 セントリア貴族学院からも卒業後に冒険者になる者は多数いるが、『冒険者に成りたくて成る』というよりは、王宮騎士団の選抜から漏れてしまって冒険者になる者が多いと聞く。


 長男坊であれば実家の領地を継ぐ者も多いし、女性なら卒業後に結婚をする者もいることを考えると、入学直後から冒険者を目指す学院生は珍しい。


「どうかしましたか?」


「ユリアの成績ならこのまま順調に成長すれば騎士団も現実的だろうに、どうして冒険者なんだろうと思ってな。冒険者じゃ給金の安定性とかでは不利だろ?」


「ああ……私、あまりそこは気にしていないんです。お姉様がこの学院を卒業して、今冒険者をしているのですが……一緒に冒険をするのが夢なんです。お姉様を見ていると、すごくかっこいいなって思って、私もなりたいと思ったんです」


「なるほどな」


 勿体ないなと思ってしまうが、どう生きるかは自由だからな。


 そもそも、退学を考えている俺が偉そうに説教できる立場でもない。


「実家からは結婚しろとかは言われたりしないのか?」


「自由にして良いと言われていますね。お姉様が冒険者ですし、高級貴族というわけでもないので、急かされることはないです。というか、相手がいませんよ」


「ユリアならいくらでも相手は見つかりそうだけどな?」


「そ、そうですか……?」


「うん」


 美人だし、強いし、優しい。


 見つけようと思えばすぐに好きになってくれる相手は見つかるだろう。


「でも、私は好きな人と結婚したいんです」


「まあ……そりゃそうだな。冒険者になって、良い人が見つかるといいな」


「う〜ん……まあ、そうですね」


 すると、なぜかユリアは微妙そうな反応を示した。


「実は、もう好きな人はいるのです」


「え、そうなのか⁉︎ 誰? って、俺が知ってるわけないか」


 おそらく、ユリアの想い人は故郷の人だろう。


 余計なことを聞いてしまったな。


「いえ、エレンも知っている人なのですが……さすがに恥ずかしすぎて言えないです!」


「俺も知ってる……?」


 となると、リヒトか? ユリウスか? それとも、オスカ先生とか……?


 いや、ユリウスとオスカ先生はさすがにないな。


 となると、リヒトだろうか。


 まあ、人気者だしな。ユリアが好きでもおかしくない。悔しいが、なかなかお似合いなんじゃないか? とも思う。


「その人は、優しくて、私が知っている中で一番強くて、かっこいい人です」


 あれ、じゃあリヒトではないのか。


 俺の方がリヒトより強いので、ユリアが知る中で一番という条件からは外れる。


 まさか、俺か……?


 いや、そんなわけないな。かっこいいという条件を失念していた。やれやれ。


「なるほど。ユリアとお似合いだな。そいつがちょっと羨ましいよ」


「う、羨ましい……ですか?」


「ん、ああ。変なこと言ったっけ?」


「い、いえ!」


 なぜか、顔を赤らめるユリア。


 年頃の女の子にちょっと色々聞きすぎたか?


 やれやれ。これは反省だな。


 ——こうして、夜は更けていったのだった。

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