第13話 俱利伽羅剣、ひと薙ぎ

 こんな数のジャッカロープが、いったいどこに隠れていたんだろう。

 僕の呑気なツッコミに返事するように、数でまさるモンスターが一斉に突撃してきた。


「き、きき、来ましたぁ~っ!?」


 明らかに肉食らしくないモンスターだから、噛みつきはしないだろうけど、あの鋭い角は人間の肉を貫くには十分すぎる脅威だ。

 ひとまず、攻撃を防ぐ手段くらいは用意しておこうか。


霊符結界れいふけっかい『セーマン』!」


 ポーチから取り出した霊符を、僕らの周囲5か所に投げつけて固定した。

 すると、星を描くように光の壁が出現して、ジャッカロープの角の攻撃をすべて弾いた。

 ちなみにセーマンっていうのは、星型の印のこと。

 ドーマンセーマン、のセーマン。


五芒星ごぼうせいの防御結界だ。ジャッカロープの力はおおよそ見抜けたし、何十匹同時に攻撃してきても、これなら破れないよ」

「よーし☆ そんじゃいっちょ、かましたろーじゃん☆」


 アクラに任せてもいいけど、今日の目的を果たすなら、後ろで震えてる彼女が適任だね。


「それもいいけど……コートニー、君の出番だ」

「え?」

「君に渡したその剣――俱利伽羅剣くりからけんで、モンスターを倒そう」


 そう、コートニーに『俱利伽羅剣』を使って自信をつけてほしいんだ。


「えええっ!? そ、そんな急に、できるわけないです!」


 ジャッカロープが諦めきれずに角で結界を破ろうとする中、コートニーは目を丸くして、手と首をぶんぶんと振った。

 コートニーはそんな風に言うけど、僕はちっともそう思っちゃいない。

 俱利伽羅剣を人が、使えないなんてありえないもの。


「いいや、君ならできる。僕が信じて剣を渡したのは、どっちの世界でも君だけだからね」


 震える彼女の手を握って、僕はじっとコートニーを見つめた。

 人を鼓舞こぶするのは得意じゃないけど、強くなってほしいって気持ちは本当だから。


「ユーリさん……」

「このシチュで口説いちゃうんだ、やるぅー☆」


 アクラのひゅーひゅーとかいう声を聞き、僕は危うくずっこけかけた。

 もう、僕は真面目に話してるっていうのに!


「だーかーら、そういうのじゃないんだってば! アクラ、次に茶化したら怒るよ!」


 主人の僕が怒ったところで、アクラはけらけら笑うだけだから意味はないんだけども。

 とにもかくにも――鬼ギャルは置いといて、実践するっきゃない。


「コートニー、剣を抜いて、刀身に書いてある文字を読んで!」

「……分かりました、やってみます!」


 コートニーも腹を括ってくれたのか、力強く頷いて、鞘から俱利伽羅剣を抜いた。

 あとは、異世界でも不動明王をあおぐ言葉が意味を持つか、読み上げる資格があるか。


「『ナウマク』……『サマンダ』……『バザラダン』……『カーン』ッ!」


 僕が見つめる中、コートニーは指でなぞりながら、剣の文字を読み上げた。

 すると、文字が赤く煌めき、剣から黒いオーラがほとばしる。


「よし! コートニー、思い切り剣を振るんだっ!」

「は、はいっ! ふぬぬ、ぐぬぬ……!」


 剣にかかる霊的エネルギーの負荷が強いのか、まるでハンマーを振りかぶるように、コートニーは必死に剣を持ちあげる。

 汗をかき、腕にありったけの力を込めて、攻撃をやめないジャッカロープめがけて――。




「――おりゃあああああーっ!」


 彼女は、剣を思い切り振り下ろした。

 次の瞬間、剣の先端から漆黒のを模したエネルギー体が飛び出し、雄叫おたけびを上げながらジャッカロープの群れへと突撃した。

 駆け抜ける黒い龍が、瞬く間にジャッカロープを切り刻み、食らい尽くしてゆく。

 その牙、角、鱗、ひげの1本すら、ザコモンスターからすれば致死の刃だ。


「これが憤怒尊のチカラ……やっば☆」


 想像の遥か上をゆく破壊力に、流石のアクラも目を丸くする。

 恐らく倶利伽羅龍王りゅうおうの攻撃を受ければ、アクラでもただじゃすまない。

 そんな凶悪極まりない斬撃の嵐に、ジャッカロープが耐えられるわけがない。


「僕の目に狂いはなかったね。コートニー・グリム、彼女は俱利伽羅剣どころか、それに宿る龍王すらも手懐てなずけられる、神剣使いの【剣士】なんだよ」


 ぽかんと口を開けたままのコートニーの前で、モンスターの群れは全滅していた。


「じゃ、ジャッカロープを全部やっつけるなんて……わ、私がやったんですか!?」

「そうだよ、君がモンスターを倒した。他の誰でもない、君の力でね!」


 ぽん、と僕が肩を叩くと、コートニーは剣を持ったまま笑顔で跳ねまわった。


「やった、やりましたーっ! 私、ついに冒険者として……あららら……?」


 だけど、はしゃぎ回る彼女の目の焦点しょうてんが急に合わなくなり、千鳥足になってゆく。

 とうとう呂律ろれつも回らなくなった時、彼女は白目を剥いて倒れてしまった。


「コートニー!」


 僕は慌てて、彼女を抱きかかえた。

 まさか魔力どころか生命力も持っていかれたのかと思ったけれど、幸い彼女は呼吸もしていたし、生命活動が弱まっている点はない。

 毎回俱利伽羅剣を使うのは大変そうだし、新しい剣を買った方がいいかもしれないね。


「ちょちょい、コトぽよダイジョブなん!?」

「気を失ってるだけだ。俱利伽羅剣は強力な分、消費する霊力、もとい魔力もすさまじいんだ。きっと、コートニーの魔力は空っぽのはずだよ」


 僕がふう、と安堵あんどすると、アクラも胸をなでおろす。

 もうすっかり、日本最強の鬼も、コートニーの保護者の気分みたい。


「彼女を背負ってあげて。ジャッカロープの角を回収して、町に戻るとしようか」


 ジャッカロープの角をぼきりとへし折り、アクラは荷物の上から、さらにコートニーを背負ってくれた。

 彼女の顔は、重さすら感じないほどの少女の潜在能力に驚いてると言っていた。


「あははっ☆ 人間って、わりとバカにできないよねー☆」


 鬼からすれば、人間なんて大した連中じゃない。

 でも、たまに出てくるんだ。

 鬼や神の想像を超える人間が。


「そうとも。人間は魔物や鬼が思っているより、ずっと強いんだ」


 僕にとって、コートニーがそうなんだよ。

 なんてひとりごちた僕は、アクラとコートニーを連れて林を離れた。

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