第3話 異世界でやりたいことは

 アシュクロフト家から追放されて、馬車を乗り継いで、何日か。


「ようやく、アシュクロフト家の領地を抜けたみたいだね」


 僕とアクラのふたりは、馬車に揺られていた。

 どこまでも続いて見える白い道と、平原の端に広がる森は、まさしくゲームや小説、漫画の中でしか見たことがないファンタジーの世界。

 いや、ファンタジーというなら、この鬼や僕の存在自体もファンタジーじゃないかな。

 なんて自分ツッコミができるくらいには、僕もこの世界に馴染み始めてた。


「お、どしたん? メランコリックになっちゃった感じ?」

「まさか。むしろワクワクしてるよ」


 アクラに肩を叩かれ、僕は首を横に振った。


「お別れも、悲しいものじゃなかった。あれだけ派手に見送られたら、寂しさなんてたちまち吹っ飛んじゃうね」


 僕が笑うとアクラも笑った。

 というのも、屋敷を出ていくとき、アシュクロフト家は総出で旅立ちを祝ったんだ。


「「いってらっしゃい、ユーリ坊ちゃま!」」

「「1年後を楽しみにしてますよーっ!」」


 召使いやメイド、屋敷の近くの街に住む皆。


「わあああぁ~ん! ユーリ、街に着いたら手紙をおくれ~っ! 何かあったらパパが飛んでいくから……あっ痛い、アマンダ痛い、お尻を叩かないで!」


 ひんひんと泣く父上と、手を振りながらもう片方の手で尻を叩く母上。

 そして隣で、小さく微笑んで親指を立てた兄上。

 僕から屋敷が見えなくなっても、まだ聞こえてくる声が耳に届いていると、アシュクロフト家に転生してよかったって心から思えたよ。

 それに、お金は屋敷を出る時にたっぷり渡されたんだ(父上が山ほど渡してきた)。

 道中立ち寄った小さな村で、元居た世界で羽織っていた着物に似た衣服も手に入れたし、旅に心配はないね。

 こんなものがあって、陰陽師や道術がないのは、少し不思議な感覚だったけど。


「ファンタジーの世界を、あっちの世界の小説や漫画で読んで憧れたんだ。それと同じ光景が広がっているんだから、僕だって気分が上がるね」

「アゲアゲならもっとアゲてけー! ウェイウェーイ☆」

「縦ノリって雰囲気じゃないけど……まあいっか! ウェーイ!」

「パリピ~、FOOO~フゥ~!」


 コロナサインを作って僕とアクラがはしゃいでいると、御者ぎょしゃが振り返った。


「あー、坊ちゃん。馬車ではあんまり騒がんでくれ」


 ごめんなさい。鬼と僕が騒いだら、馬車がミシミシときしむのも無理はないよね。

 申し訳なさそうな顔をしつつ、馬車の外を眺める僕に、アクラが聞いた。


「ところで、ちょっち聞けてなかったんだけど、目的地は決まってる系?」

「うん。まっすぐ進んだ先にある、時計台の町――ベルヴィオだ」


 馬車に乗ってここに来るまでの間、方々でいろんな話を聞いた。


「道中で聞かせてもらったんだ。ベルヴィオにはギルドがあって、そこで冒険者登録ができるらしいよ」

「ボーケンシャ?」

「ありていに言うと『何でも屋』かな。王都にある冒険者ギルドからクエスト……様々な依頼を預かり、それをこなして報酬を得る。危険な仕事だけど、僕の憧れだよ!」


 冒険者。

 ファンタジー小説を読んでいれば、誰もが一度は夢見る仕事だ。


「ライトノベルを読んだなら、一度は冒険者になりたいと思うものなんだ」

「ふーん。そんなのに憧れるの、分かんないね」


 アクラはあんまり興味がないようで、馬車にごろりと寝転がった。


「あたしはさ、港町に寄ってみたいかも! すっげーキレイな海で、ぜーたくなランチとかショッピングとかするのって、チョー楽しそうじゃん☆」

「それも面白そうだね! せっかくの二度目の人生だし――」


 そんな風に思いながら、僕は連なる森をぼんやりと眺めた。




「――嫌な感覚だ」


 ――そして、ぴりりと鋭く尖った気配を感じ取った。

 髪の先に静電気がはしるようなそれは、陰陽師としての邪気や怒気どきを感じ取る能力だ。

 しかも今回の場合は、明確な敵意や悪意、恐怖もはらんでいる。


「あたしも感じた。あそこに見える森、あの奥からじゃん」

「誰かが襲われてるかも。しかも、随分と気配の数が多いな」


 現代でも何度か、人が妖怪に襲われていた時には僕の感覚センスが教えてくれた。

 極限まで研ぎ澄ました霊力は、レーダーの役割を果たしてくれるんだ。


「あの、馬車を停めてくれないかな? 僕達が戻ってくるまで、ここにいてほしい」

「そ、そりゃ構わんが……あんたら、まさかあの森に行くつもりかい?」


 御者さんは僕の頼みを聞いてくれたが、その顔には不安が浮かんでいる。


「モンスターがうようよいる、危険な森だぞ。行かんほうがいい!」


 あの森に棲んでいるのがファンシーな生物なら、気のせいで済ませてたよ。

 でも、モンスターの棲み処なら、そこにいる人間は間違いなくろくな目に遭っていない。


「なるほど、だったらなおさら行かなきゃね!」


 何よりあそこにモンスターがいると聞いて、僕が興味を抱かないわけがない。

 どれだけ強いのか、鬼や悪霊より強いのか――僕の『魔改造陰陽道』が通用するのか、試してみたくなるってものだよ!


「カラリンチョウ、カラリンソワカ! 『式神しきがみ人形ひとがた』!」


 馬車を飛び出して呪文を唱えながら、僕は腰のポーチから人型の紙を取り出す。

 そして手のひらをばん、と押し当てると、人形は命が吹き込まれたかのように自我を持ち、とてとてと僕の前を駆け出した。


「式神、邪気の出どころを追うんだ!」


 これが陰陽道の術のひとつ。

 術者の命令を聞く斥候せっこう、式神だ。

 人間よりもずっと邪気の探知に優れる人形はぺこりと頷くと、馬が走るのと同じくらいの速さで、森の中へと入っていった。


「行くよ、アクラ!」


 鬼が頷くのを見て、僕は人形を追いかけて森へと足を踏み入れた。

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