第2話 前世は最強陰陽師

 ひとことで言えば、少女の印象は『明るいギャル』、ってとこかな。

 髪色は黒で、ふわふわのツインテールの付け根を、浅葱あさぎ色の鬼の角を模した髪飾りでくくっている。

 瞳は丸くて大きな淡い紫色で肌は真っ白。

 右耳に呪符を模したピアスをつけた、誰もが振り向く美女だ。


「ダメだよ、。人が来るかもしれないんだから」

「いーじゃんいーじゃん、ヤバくなったら姿は消すし☆」


 軽いノリで僕の隣を歩き、少女――アクラはけらけらと笑う。

 ただ、ここに姿を現したのは、単に僕を茶化したいからだけじゃないみたいだ。


「それよりさ、ホントーのこと、言わなくてよかったワケ?」


 アクラの言う通り、僕は家族にふたつ、隠していることがある。


 ひとつ。僕に何の能力もないというのが、誤りだということ。

 神官でははかり切れなかった力が、僕の中にはある。


「君はジョブがないんじゃない。すぎて神様が与えられるジョブもスキルもないってだけ。なんせ――」


 ふたつ。

 その証拠となる理由は、黒髪の少女がピースサインをしながら代弁してくれた。


「――ユーリの前世は、地上最強のなんだから☆」


 そう。僕の本当のジョブは、【陰陽師】。

 前世はありとあらゆる陰陽道、呪術、巫術ふじゅつを学んだ――歴代最強の陰陽師だ。


「そもそも、陰陽師なんてジョブは、異世界にはなかったみたいだね。だから僕は、何のジョブも与えられていないことになったのかも」

「いやー、そりゃ陰陽師なんて、異世界にないっしょ」


 それもそうか、と僕は心の中で笑った。

 ――陰陽師。

 陰陽道を用いて占いや悪鬼の調伏ちょうぶくを行う、神職のひとつ。

 物心ついた時から、僕は陰陽師として活動していた。

 親はいない。

 友人もいない。

 ただ僕にはあやかしや異界の存在が見える、陰陽師としての才能があったから、その道を選んだ。

 途中から民間事業じゃなくて、政府や豪族の末裔に仕事を任された。

 現代に復活した鬼を討伐したり、神器じんきを封印したりしたこと以外は、ごく普通の陰陽師だ。


「ちょいちょ~い、100を超える鬼を従えられる術師が、普通なわけなくなくない?」


 隣の少女が肩をすくめる。


「鬼の力があるからって、勝手に心を読まないでよ」

「めんごめんご~☆」


 僕がじろりと見つめてアクラをたしなめると、彼女が舌を出して笑った。

 こんな見た目だが、人知を超えたすさまじい能力を持っている。


 なんせ彼女の正体はあの大悪鬼、阿黒羅王あくらおうだ。

 あまたの伝承に残る鬼の大将、虐殺と略奪の限りを尽くした大悪党、人間の創造のおよびつかないほどの妖術で国を傾けかねない怪物、あるいはすべて。

 その阿黒羅王を調伏ちょうぶくするのは本当に骨が折れた。

 比喩ひゆじゃなく数十本は折れたし、東京の土地の1割が焼け野原になったんだ。


 勝てないと見るや、女の子の姿になって「人間4桁くらいぶっ殺したけど許してちょ(´;ω;`)」って言ってきた時は、魂ごと滅してやろうかと思ったよ。

 でもそうせずに、彼女を調伏して従えている理由は……いや、今はいいか。


 とにかく、鬼を従えて神器を操るほど成長した僕の存在は、日本政府からすればありがたい反面、他国からすればとんでもない呪術兵器らしいんだよね。

 やがて、国そのものから平和のために死を望まれるようになった。


 僕は彼らの決定に逆らわず、従った。

 無数の術士に囲まれ、大量の呪具じゅぐ邪鬼じゃき、神器が僕の中から出て行かないように細心の注意を払われながら、僕は聖なる火に焼かれて死んだ。




 ――と、元居た世界の人々は思っているよね、きっと。

 次に僕が目を覚ましたのは、このファンタジーの世界だ。

 計算通り、僕は異世界転生を果たし、生まれ変わった。


 もちろん偶然なんかじゃない。

 陰陽道を極めた僕は、泰山府君たいさんぶく――と契約し、邪悪な存在をあの世に運ばないのを条件に、別の世界へと転生させてもらった。

 自分で言うのもなんだけど、閻魔大王とタメ口で話せるって、すごくない?


 そんなこんなで、僕は15年前、アシュクロフト家の次男に転生した。

 あとは見ての通り、この異世界について学びながら、優しい家族に囲まれてすくすくと成長したってわけ。

 もっとも、言語や時間の感覚、年月の分割やその他諸々はほとんど僕が過ごしてきた前世の日本と変わらなかったから、勉強は主に国の歴史になった。

 例えば通貨の相場、金銀銅貨のレートとかね(10枚で1枚分、大貨幣は小貨幣5枚分)。

 隣でくるくる回りながらはしゃぐアクラが、人に見られないのをいいことにちょっかいをかけてこなかったら、もっと色々と学べたかもしれないのに。


「お、どしたん、こっち見て? もしかしてあたしの可愛さに惚れたか~?」

「まさか。その格好はどうしたの?」


 現代ならモデルにもなれる愛らしさの持ち主だが、僕が気にしてるのはそこじゃない。

 アクラのメイド服スタイルには、鬼らしからぬファンタジーさがあった。


「そりゃあ、異世界の貴族に付き従う美少女といえば、あたしみたいなチョー激カワ鬼ギャルメイドってのが相場っしょ☆」

「メイドらしいこと、できるの?」

「……み、見た目から入るのは大事っしょ! 中身はともかく!」


 鬼ギャルメイド+仕事はできない。

 いやいや、属性盛りすぎじゃないか。

 いつもは着物を羽織っているんだけど、今回はメイドの気分らしい。

 適応力が高いというか、ノリがいいというか。

 ただし、黒いファイヤーパターンのような模様の足と、長い爪はごまかせないけどね……と思っていると、向こうから召使いが歩いてきた。


「おっと……で、こっからどーすんの?」

「そうだね、せっかくのファンタジー世界だ。好きなように生きたいと思ってるよ」


 ふっと姿を消したアクラに、僕は小声で答えた。


 ――僕の前世に、陰陽師としての一度目の人生には自由がなかった。

 ――でも、今は違う。剣と魔法の世界で、のびのびと生きる機会をもらえたんだ。


 どうせなら、陰陽道で人を助けつつ、異世界生活を満喫しようじゃないか。


「前世で使命に縛られた分、何者にも囚われず――自由に生きたい。ついてきてくれるよね、アクラ?」

「いいね、それ! サイコーじゃん☆」


 振り返って笑う僕に、アクラも笑顔で応えてくれた。

 こうして僕の、異世界陰陽道ライフが幕を開けたんだ。

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