第5話 弱キャラ神無くん

互いに無言の時間が流れる。

部屋の時計の秒針の音と外からの環境音が部屋を埋める。


いつもどおり冗談で返そうと思ったが、こちらに向けられたその目は

それを許さない。


ほんの秒数にしてみれば数秒の間だが永遠のように感じられた。


そんな僕を見ながら彼女は優しく笑う。


「人生はあなたの書いている小説のような物なのよ」


目線を外して独り言のように呟く。


「多分もうそろそろ時間がないのね、楽しい時間はいつだってあっという間ね」


何を言っているのだろうか。

どうした、もう酔っているのか?と問いかければ良いのだが、言葉に出せない。

目の前にいるのは本当に僕の知っている琴音か?


「どこまで琴音の物語を伝えるべきかしらね」


「…全部教えてくれよ」


何とか声を出して言葉を吐き出す。


「それはダメ、女の子の秘密は知らないから価値があるの」


言葉使いも表情も僕の好きな彼女その物だが、この言葉の重みや凄みはいったい何だろうか。


「秘密が気になって文化祭の小説が間に合わなそうだ」


「それは困るわね」


少しうーん、と考えるしぐさをしてから答える。


「小説が進むごとに質問に答えてあげる、もちろん答えれる範囲だけどね」


「流石にちょっと…エッチなことは困るけどね」


顔を赤らめて恥ずかしそうに笑う。


その顔をみるとざわついていた心が落ち着いた。


安い男だ、その笑顔を見れるだけでいつも色んな問題がどうでも良くなるんだ。


「神無はゲームは好きだよね」


「あぁ、好きだけど」


「じゃあゲーム形式にしよっか」


そう言い彼女はパチンと指を鳴す。

その瞬間に目の前に調理済みのオムライスが現れた、いや元からあったと言うのが正しいのか。


僕と彼女の目の前にオムライスが並んでいる、しかもそれは湯気や卵の見た目から

作り立てだろう。

これがマジックの類なら彼女は世界を取れるだろう。

呆然としていると彼女は当たり前のように話を続ける。


「まずは説明ね、まずはこの世界が作られた物なの」

「ケチャップの絵柄は何がいいかな、星かな?それともハート?それとも好きなアニメのキャラクターがいいかな?」


絵柄を話すたびにケチャップの絵が変わる。

変わるたびに前の絵の痕跡は無く、まるで初めから書かれていたみたいだ。


「これで信じられた?」


「君と僕の5畳半のアニメ2期の主人公に恋心を意識して、髪型を変えたバージョンのアリスがいいな」


「もうちょっと驚くと思ったんだけどな」


呆れぎみに笑うと絵はそのキャラクターの物に変わった。


「十分驚いてる、ただ驚きすぎて逆に冷静になってるだけよ」


このアニメは琴音は知らないはずだし、増してやこの髪型になってからのヒロインの登場は減る。

これが夢であろうが現実だろうが今は凄いことが起きている事実を受け取めるしかないだろう。


「それは分かるかもしれないわね」

「あ、スプーン忘れてたわね」


そう言うとこんどは歩いてスプーンの入っている棚の前まで行き、2人分のスプーンを持ってくる。


「今度は魔法で出さないんだな」


「魔法みたく都合のいい物じゃないのよね」


自虐ぎみに笑うとオムライスをスプーンですくう。


「頂きます」


手を合わせるとスプーンを口に運び美味しそうに食べ始める。


「大切な話はまずはご飯を食べてからね」


この言葉は僕の母の口ぐせだ。

良くない考えは寒さ、空腹の順番でやって来る。

だからまずはこの2つを大丈夫にしてから我が家では大切な話や決断をするのだ。


「分かった、頂きます」


食べることに抵抗はあったが、これまでの彼女を見るに悪いようにはならないはずだ。


意を決して口に入れるとそれはいつもの彼女が作る美味しいオムライスだった。


「美味しい?」


笑顔で聞く彼女の笑って答えた。


「美味しいよ」


そこからはいつもどおりの会話が続いた。

あの教授は話が長いや、サークルの話。

アルバイトで後輩が出来ただったり、明日何食べようかだったりいつもの日常だった。


さっきまでのあの得体の知れない会話は噓だったのではないかと思う。


食べ終えて一息つくと彼女は冷蔵庫に向かった。


「レモンとグレープフルーツどっちがいい?」


「レモンで」


そう言うとレモンサワーを1つと、ビールのロング缶を一本持ってくる。


「今日はそんな飲むのか?」


「これから重くて嫌な話をしなきゃいけなないからね」


「ならお酒は辞めた方がいいんじゃないか?」


「酒の前では人はみな平等よ、酔った勢はだいたい許されるわ」


「新手の宗教みたいだな」


「それに私酔えないのよ、いつも酔ってる振りをするだけでね」


サワーを手渡すとビールを開けて飲み始める。


「じゃあ俺も飲むか」


缶の蓋を開けて飲み始める。

レモンの酸っぱい風味とアルコールの味が口を埋めた。


「じゃあ説明続けるわね、この世界は文化祭が終わるまでしか持たないわ」


こんどはいきなり、世界が終わるとかいい始めるのか。


「それを回避する為にはあなたが彼女を作るらなきゃいけないの」


「待て待て、何で俺が彼女を作らないと世界が終わるんだよ?」


「それを知る為に小説を書いてこの世界を知って行くのよ」


「なんで今教えてくれないんだよ?」


「簡単に言えばパラメータ不足ね、魅力に学力、度胸の諸々が足りてないわ」


「ここで急にディスられるとは思って無かったよ」


「神無は優しいからきっと何とかなるわよ」


「こんどは急に褒めるじゃん」


「とりあえず今出せるヒントは、小説が書けなくなったら周りの人に相談ね」


「分かった、そうするよ」


まあ、経験者に聞くのは当たり前だけど大切だよな。


「クリアボーナスは、あなたの欲しい物を1つあげる」


「マジか、なんでもいいのか?」


「まあ、限度の中でならね」

「車とかダイアとか、物ならたぶん大丈夫よ」


「まあ、彼女が出来て欲しいのが貰えて世界を救えるなら嬉しいこと尽くしだな」


世界が終わるとしても終わらないとしても、やらないデメリットが無い。

でもこれだけは、はっきりしなくてはいけない。


サワーを飲み僕は彼女を見た。


「なあ、お前は誰なんだ?」


そんな僕に彼女は優しく笑って答えた。














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