心のサイン
〇
心のサイン
ふと指を見ると、ささくれが出来ていた。人差し指の爪の根元、ぺろりと捲れたちいさな薄だいだい色が目立っている。
別に珍しいことでもないけれど、ささくれが出来る度にいつも思い出す言葉がある。
それは、ある友人がわたしがまだ高校生のときにくれた言葉だった。
―――
「心って喋らないからねー。その分、色んな方法でSOSを出してるんだよ」
ある日の休憩時間、チャイムが鳴り終えにわかに騒がしくなった教室で、わたしの手を握りながら彼女はそう言った。
「なにそれ。なんか詩人だね、きう?」
きう、そう。それが彼女の名前だった。ただ、どれだけ考えてもあだ名しか思い出せなくて、そのことが逆に彼女との関係の不思議な親密さを物語っているなと思う。
彼女は自分のかばんからポーチを取り出すと、主婦御用達みたいなでかくてださいハンドクリームを取り出した。ポーチは猫が散りばめられたかわいい感じな分、ギャップがすごい。
わたしは思わず吹き出した。
「なにそれ。どこで買うの、そういうの。ドラスト?」
聞いたわたしに、首だけで応える。
そっか。ドラストか。再びわたしの手に被せられた手を見つめながら、声は出さずに心の中でつぶやいた。
「で、なんて? 心がどうとか」
「んー。心はね、声の代わりに違う方法でたすけてくれーって叫んでるんだよ」
わたしの方は一瞥もくれず、キャップをはずして自分の掌にクリームを出していく。パンケーキの上の生クリームよろしく盛ると、そのまま指先でわたしの両の手の甲へとうつした。
「えーとこれ、多くない?」
人差し指のささくれに対してすごい量じゃない? と思ったわたしがそう言ったけど、彼女が顔をあげた。猫っぽくて勝気そうな瞳とばちっと目が合う。唇は不満げにすぼまされていた。
「だめです。お客さま? ささくれの予備軍がたくさんなので、これくらい塗って頂かないと。次々にささくれが出来ますよ。ささくれは心が疲れた証拠ですからねー。ちゃんと手入れしてあげてくださいね。心がかまってくれー。もっと休んでくれーって言ってるんですよ」
きうが急に店員化したので、わたしも少し考えて、
「左様でござるか」
侍になることにした。案の定、彼女は体を浮かして笑ってくれる。
わたしは彼女の全身を使って笑うところが好きだった。
「なにそれなにそれ。なんで侍? おもしろすぎるんだけどーー!」
言いながらも、手は止めない。
自分の手の上に誰かの手が乗っていて、更にふたりの手を挟むように乳状のものが挟まれている。
「はい、できた。ねぇ、今日放課後、ハンドクリーム買いに行こうよ」
今から思えばこれがはじめて、きうをそういう目で見るようになったきっかけだった気がする。
――――
ポロン。と、LINEが鳴った。
「今日、会える?」
うわさをすればなんとやらだ。わたしは「あんた御用達のハンドクリーム買いに行きたいから、付いてきてくれる?」と打ち込み、人差し指のささくれを見る。
ささくれは心のSOS。だったら、一番癒されることをしようじゃないか。
おわる。
心のサイン 〇 @kokkokokekou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます