ささのはさらさらくいつくし、あとのはもやもやくいのこし

あめはしつつじ

ささのはさらさらくいつくし、あとのはもやもやくいのこし

 インターホンが鳴った。

「ささくれ」

 ドアを開けると、ジャイアントパンダがいた。

「ささくれ」

 パンダはそう言った。

「ささくれ」

 パンダが三度そう言った。

 いきなりのこと。なんのことか、理解しかねていた。

 僕はようやっと、あの、爪の付け根の、皮膚の剥けたのを、思い浮かべた。

 両腕をだらんと、下げて直立するジャイアントパンダ。

 パンダは右腕を、ゆっくりと持ち上げる。

 爪。

 熊の、爪。

 押し掻く、太く黒い爪。

 やられる、僕はそう思った。

 パンダは、ただ、爪で、僕の家の、裏を指しただけだった。

 竹藪があった。

「ささくれ」

 パンダは言った。

 ああ、なるほど、パンダだもの。餌は笹だもの。わざわざご丁寧にどうも。ささ、お好きなだけ、どうぞ。

 僕は言うと、パンダは大きく息を吸い込んで、

「ささくえー」

 と叫んだ。

 すると、どどどどどどどど、という地響きとともに、パンダパンダ、パンダパンダパンダ。

 パンダの大群が僕の家の横を過ぎ去っていった。

 どすん、と僕の目の前のパンダも、四足歩行になって、僕にお尻を向けて、竹藪の方に走っていった。

 僕も追いかけ、見にいった。

 パンダだ。

 パンダで、竹藪は、すっかり覆われていた。

 パンダパンダ、パンダパンダパンダの、白黒山の人だかり。

 いや、パンダだかり。

 メキメキメキ、と、パンダは体重かけ、竹は倒され、折られ。

 バキ、シャクシャクシャク。

 ゴリ、シャクシャクシャク。

 竹が噛み砕かれ、パンダの唾液と混ざる音が、そこら中で聞こえた。

 僕は呆然と、立ち尽くしていた。

 日が翳ってきた。

 シャクシャクという音はごくわずか、聞こえるばかり。

 パンダは、寝てたり、転がってたり。

 一人(一頭とか一体とかいう言葉は、なぜか合わないと思ったので、こう表現する)のパンダが、のそ、と立ち上がり、

「ささくれ」

 と静かに言った。

 パンダたちは、そそくさと、どこかに、立ち去っていった。

 竹藪だったところに、夕陽が差す。

 たけやぶやけた、と思った。

 後に残ったのは、パンダたちが器用に剥いた、竹の皮。

 失敗した割りばしの、ささくれみたいだった。

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ささのはさらさらくいつくし、あとのはもやもやくいのこし あめはしつつじ @amehashi_224

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