可愛いあの子に恋をして~ホワイトデーの約束~

菜乃ひめ可

第1話 高校最後の朝


「行ってきま~す」


 わんっわんっっ!


 可愛い愛犬まるるが、寒さ感じる玄関まで見送りに来てくれた。僕は、ふかふか真っ白の頭をヨシヨシ~なでなで~最後にモフ顔を優しく「ぱふっ♪」、兄ちゃん学校行ってくるよ~と言いながら扉を開ける。


 ガチャリッ――。

「おぉ~、まだやっぱ寒いな……」


 そう呟きながら、温かな家から一歩、外の世界に足を踏み出そうとしたところで、優しい母の美声に呼び止められた。


「ちょっと待って、しゅう! 今日は卒業式でしょ?」

「そうだぞ! 柊。いつも通りじゃない、特別な日だ」


(おおっと! そうだった。しかも今日は父上様も見送りとは!)


「あはは~、ごめんごめん」


 そう返事をして、寒い空気を遮断するため一度、玄関の扉を閉める。そして二人の方へ向き直りしっかりと足を揃えると、玄関まで見送りに来てくれた父と母へ、朝の挨拶をした。高校生活最後、感謝の気持ちを込めて。


「父さん、母さん。行ってきます!」


「いってらっしゃい、柊」

「気をつけてな。無事に卒業してくるんだぞ」


「あっはは父さん、もう今更、卒業できないとか、なかなか有り得ない話だよ」


 たぶん? 僕の心配性は、この父からの遺伝と言えるだろう。そう思うと、一瞬ふふっと微笑んでしまった。


 くぅ~ん、わん♪


 そして再び玄関の扉を開け、家族に手を振りながら、笑って僕は家を出た。家族三人、まるるも一緒で四人だ。みんなで笑い合って楽しい朝。自分で言うのもなんだが、とてもうちは仲が良い家族だと思う。


 僕の名前は、籠宮かごみやしゅう

 髪は黒の短髪で、特別目立つところもなし。格好も普通でお洒落とも言えない、そんなどこにでもいる高校生だ。でも、よく意味もなく謝られたり勘違いされることがある。だから、人より少しだけ表情が不愛想で恐いのかもしれない。


 しかし、断じて怒っていない。


 あと、いつも無表情な僕が大人ぶって落ち着いているように見えるらしく、前に何度かクラスメイトに茶化されていた時があった。素のまま生きている僕にとっては迷惑な話だ。密かに人気があるんだろ? カッコつけんなよ~とか。

(あぁ~そうそう。去年のバレンタインの時とか、ね)


 しかし、別にカッコつけているつもりはない。


 性格は、何事も石橋を叩いて、たたいて、タタイテー! 渡るタイプで、思い付きや後先考えずに行動する事など、もちろん無い。というより、そういう結果の見えない事に挑戦するのが苦手なのだ。よく調べ、よく考え、納得してから動く。その用心深さが逆に様々な場面でチャンスを逃してきたのもまた事実。

(本当はこんな自分に、ほとほと困り果てているんですよ~)


 学校のある日は、毎日通ったこの道。近所のお店がいくつも並び、もっと行くと古い駄菓子屋、そして公園……。たまに友達と行ったゲームセンターにファーストフード店。


「みんな小遣い少ないのにな」


 よくもまぁ財布の中身が二百円になるまで遊んだよな、なんて思い出しながら、フッと笑いが込み上げてきた。そもそもなんで残す金額が、“二百円”だったんだ? と。

 僕はいつも歩いているはずの自分の街を見つめ、なぜか感慨深く感じていた。これから自分はどうしていくのだろう?


 親との話し合いもあり、とりあえず大学までは出ることにした僕。なので次の行く先は決まっている。


――でも、僕は。

 これからどんな人たちと、どんな仕事に就いて、どんな風に年を取って、どんな人生を送るのだろう? と。今になって……しかも卒業式の朝に!


 ふと、そんな難しい事を考えてしまった。


――あぁ~、考えない考えない。

「そう、そうだ! 今日で」


 はやる気持ちを抑えつつ向かった学校には、いつもより早い時間に辿り着いた。


「よっしゃー! 今日でこれも、最後だな」


 今日は階段二段飛び、大成功! 教室の前まではまるで瞬間移動だ!

(って、イメージだけど)


 ガラガラガラ~……。


 ギー、カタンッ。

「よっし! いっちばーん♪」


 椅子に座ると、鞄を机に置いた。その上に顎を乗せ、くた~っとだらしなく身体の力を抜き、目を瞑る。いつもと同じ行動、しかし今日はいつもより長く、十分じゅっぷん程の沈黙を過ごした。その静かな時間、早朝練習をする部活動の生徒の声や、窓のすぐそばにある桜の木が揺れる音、座る椅子がきしむ音。沈黙の中でも、学校ではいろいろな音が聞こえてくる。


 そして、可愛らしい小鳥の声も――。そんな心地良い時間。


「三年間、教室一番乗りで皆勤賞!」と、心の中で自己目標の達成に喜んでいた。


 ずっと飽きずにやってきた、教室への『早朝一番乗り!』独りゲームも、今日で終わり。入学時に単に思いついただけのくだらないことだった。しかし、それでも三年間休まずに続けたのだから素晴らしい! と、自分で自分を褒めていた。


「……♪ ……!」


(あぁ~可愛い小鳥の声ねぇ。やけに今日は鳴いてるなぁ)。


「……ぇ……ねぇってばッ! しゅーうーくーんっ! おはよぉ」


 ツンツン。トントンッ♪


――んっ??


 ガバッ!!


「うっぉおー!?」


「えーっ、驚きすぎだよ。ウッフフ♡」


 目を開け顔を上げると、可愛らしい無邪気な笑顔が僕の前に現れた。小鳥のような可愛い声、大きなくりっとした可愛い目、キラキラと潤んだ可愛い瞳、髪も地で茶色くてフワフワしてて、なんたって顔も可愛い!

 あぁ、可愛いという言葉しか僕の頭の中には出てこない。可愛いという言葉以外に当てはまる言葉が見当たらない(ていうか何回『可愛い』って言えば、僕は気が済むんだぁ!)


 そんな事を想いながら、ボーッと数秒見惚れた後に、ふと我に返った。


――ハッ! 今、どういう状況だ?!


「あっ……あーごめん。エッ? もしかして僕、寝てた?」


 目の前にいるその子は、ウン、ウン♪ と、楽しそうに頷いていた。


 今日は何としても一番乗りを達成したいがために、気合を入れて早起きした僕。おかげで寝不足だったのか。朝の誰もいないこの教室で、ついついうたた寝をしていたらしい。その僕を気分よく起こしてくれたのは、聞き覚えのある“あの声”。


――小鳥のように美しく高い声で、今日も僕の名を呼んでくれる。


 あれは今から半月ほど前。

(いやいや、ついこないだの事だし!)


 二月十四日のバレンタインデー。

 そう、その日は。こんな僕にも、初めての恋人が出来た日。


「目、覚めた? 起きた? えっへへ! おはよう、柊君♪」


 満面の笑みで、僕の瞳を見つめてくれるその子の名は、花咲りら。

 可愛くて、優しくて、男女問わず学年のみんなから慕われている人気者。そんな評判の女の子が、なぜ僕と付き合いたいと言ってくれたのか。そして今も、なぜ? 隣で笑ってくれているのか。夢のような話で……。


――そう! 夢だったのかもしれない!!


 いや。夢でない事は重々解っている。


 しかし僕は、毎朝起きるたびに思う「これは夢か?!」と。未だにこの現実が、信じられないのであった。

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