ホワイトデーのクマ

宙色紅葉(そらいろもみじ) 週2投稿中

ホワイトデーのクマ

 去年までの俺は三月十四日が来てもホワイトデーだということに気づかず、のほほんと時を過ごしていた。

 だが、今年は違う。

 なにせ、今年のバレンタインデーには密かに片想いをしていた女性からチョコレートを貰い、恋人になれたのだ。

 俺の中でホワイトデーという存在がバレンタインデーよりも大きくなる。

 三月は受験の関係で高校は休校が増えるのだが、三月十四日も例にもれず休みだ。

 三日か四日もすれば学校で会えるが、その時に、

「あ、何日か過ぎちゃったけど、これ、ホワイトデーのお返しね」

 と、プレゼントを贈るのも野暮だろう。

 せっかくなのでデートをしようと誘い、駅前で待ち合わせをした。

 ぶっちゃけ彼女と会って話をすることが目的なので向かう先はどこでもよかったのだが、この寒空の下、目的もなく外を練り歩くのは辛いものがある。

 温かくて長居ができ、かつしゃべっていても周りからとがめられない場所、と考えるとチェーン店のカフェが良いだろう。

 俺たちは駅前のカフェ、タリー○コーヒーでお茶をすることにした。

 店内に入ると彼女がダッフルコートを脱ぎ、椅子に掛ける。

 彼女はクリーム色のセーターに薄茶色のジャンパースカート、厚手のタイツに踵の低いブーツと可愛らしい格好をしていた。

 温かそうな格好をしている彼女がホットコーヒーを啜っているのを見ると、なんだか胸がほっこりする。

 そして、つい胸に目が行く。

 ジャンパースカートは危険だ。

 胸の大きい人が着ると布が大きく持ち上がる上に、すぐ下にあるベルトがキュッと締められる影響で胸だけが膨張し、はち切れんばかりになってしまう。

 なんかもう、布が悲鳴を上げて「……シテ、コロシテ……」と語りかけているような気すらしてきた。

『露骨におっぱいを見たら蔑まれる!』

 脳裏によぎるのは、下ネタで盛り上がる男子の群れを冷たく蔑んだ目で見つめていた女子集団だ。

 どこかのネット記事も言っていた。

 下心満載で胸をガン見したら三秒で振られて、その後一生、彼女ができないと。

 だが、何度目線を変えても圧倒的な存在感を放って彼女の巨乳が俺の視界に飛び込んでくる!

 たまに揺れる!!

 まさか、楽しいデートで危険物と激しい攻防戦を繰り広げる羽目になるとは。

 俺が人知れず疲弊していると、彼女がお手洗いに席を立った。

 この隙に俺も気持ちを静める。

『落ち着け、俺。今日は彼女の隠れ巨乳を眺めに来たんじゃない! プレゼントを、そう、プレゼントを渡しに来たんだ。おっぱいに惑わされるな、おっぱいに惑わされるな……』

 平静を取り戻すのに加え、彼女に円滑にプレゼントを渡すべく、俺は椅子の上に置いていた紙袋から布製のラッピング袋を取り出した。

 中には真っ白いクマのぬいぐるみが入っている。

『喜んでくれるかな?』

 いくつも雑貨店を巡って選び出した、とっておきのプレゼントだ。

 彼女はぬいぐるみ集めが趣味で、特にクマを見つけると置き場所がなくても部屋にお迎えしてしまうと言っていた。

 きっと喜んでくれるだろう。

 彼女の嬉しそうな表情を想像して人知れず心を温めていたのだが、不意に耳に飛び込んできた男女の会話で一気に体温を奪われた。

「うーわ、彼氏のプレゼント、うさぎのぬいぐるみなんだけど! しかもショッキングピンクの奴! マジだっせー! デケー袋だから服とか期待してたのに、よりにもよってぬいぐるみってなんだよ、ぬいぐるみって。ガキじゃねーんだぞ。マジ舐めてるわ。きめーし、マジ、アイツと別れよっかな」

「うわっ、本当じゃん。女の子にぬいぐるみとかキモすぎ童貞パパ活おじさんの発想っしょ。マジ終わってるわ。そんな彼氏、ぬいぐるみと一緒に捨てちゃえばいいんじゃねー?」

「マジそうしよっかな。つーかアイツ、パパ活みてーなもんだろ。アイツんち金持ちだからさ、ちょっと強請ればブランドとかメシとかくれたし、たま~に小遣いもくれたから付き合ってやってたけど、最近なんか勘違いして束縛してくるし、うぜーし、きめーし、もういいわ」

 ギャハハハハと嗤う声が大変浅ましく聞き苦しい。

 彼女の巨乳と争っていたので気が付かなかったのだが、斜向かいには、とんでもないカップル? がいたようだ。

 男女は穏やかなカフェで人目もはばからずディープキスをすると、互いに品の無いヤジを飛ばしてギャハハと笑いながら店を出て行った。

『ベロチューしてる! ベロチューしてる! 怖っ!!』

 しかも、何が恐ろしいって、彼、彼女らは制服と思わしきものを着ている。

 つまり高校生なのだ。

 カモも同級生のようだし、見た感じ二人の関係性はセフレっぽい。

 同年代にして、ここまで荒んでいるとは……

『セフレって実在するんだ……荒んだ男女関係も、生で拝むのは初めてだ。というか、え? ぬいぐるみって駄目なの?』

 知らん人の性事情や人間関係はどうでもいいが、個人的にはそこが引っ掛かった。

『ぬいぐるみ好きでも、彼氏からプレゼントされるのは少し違うみたいな価値観ってあったりするのかな? え? どうしよ。ちょっと不安になってきた。ち、違うもんな! 俺のかわいい彼女はクマ五郎にケチつけたりしないもんな! そうだよな、クマ五郎!!』

 不安のあまり、つい袋の中のクマに縋ってしまう。

 俺が高速でラッピング袋を撫でていると、彼女が帰って来て席に着いた。

「ただいま、何か慌ててるけど、どうしたの?」

「あ、いや、ちょっと、その~、うん。ホワイトデーのお返しを用意したんだ」

 慌てて両手の動きを止めると、何とも決まらぬ態度でプレゼントを差し出した。

 他人の言葉にここまで動揺してしまうとは我ながら情けないが、どうにも心臓が鳴り散らかして仕方がない。

 冷や汗を掻く俺とは対照的に、

「わあ! いいの? ありがとう! 早速開けてもいい?」

 と、彼女が明るい表情で問う。

 頷くと彼女がワクワクとした様子で包みを開ける。

 そして、中に入っている真っ白いクマのぬいぐるみを見て嬉しそうな笑みを浮かべた。

「シロクマだ! 可愛い! 嬉しい! 私、茶色いクマは沢山持ってるけどシロクマってあんまり持ってなかったんだ! ありがとう、大切にするね」

 モフモフの毛並みを大切そうに撫でて抱き締め、頬をすり寄せる。

 彼の名前はクマ五郎なのだが、彼女に改めて命名してもらえるらしい。

 よかったな、クマ五郎。

 名誉なことだぞ。

 想像以上に喜んでいる彼女につられ、俺も安堵の笑みを溢した。

『かわいいな。心が浄化されるようだ』

 荒んだものを見聞きして荒んでいた心が回復する。

 冷めていた胸を再びホクホクと温めていると、今度は彼女の方が恥ずかしそうにラッピング袋を取り出した。

「あのさ、私もバレンタインデーにチョコ貰ったじゃない? だからね、プレゼント用意したんだ。でも、男の子の好きな物ってよく分からなくて、自分が貰った嬉しい物って考えたら、その、うん。ちょっと、ありがたくない物を選んじゃった、かも」

 ホワイトデーは彼女へのプレゼントを考えるばかりで、自分が貰うことなど微塵も考えていなかった。

 そのため、彼女のサプライズには驚き、感動するばかりである。

 だが、彼女はごめんねと謝り、妙にバツが悪そうだ。

 首を傾げながらラッピング袋を開けると、中から出てきたのは真っ黒いクマのぬいぐるみだった。

「クマだ! ありがとう、嬉しいよ。俺、可愛いの結構好きだし、部屋が和んでいいかも。それに、ほら、意図せずお揃いみたいになって良くない?」

 クマのぬいぐるみは両方ともフカフカの毛並みとつぶらな真っ黒い瞳を持っており、サイズも同じくらいなので色違いのように見えた。

 お揃いのぬいぐるみ。

 メルヘンの度合いが強いが、中々ロマンティックで良いのではなかろうか。

「ほんとだ! あのさ、私、———君ってクマっぽくて可愛いなって思ってたんだ。このぬいぐるみも———君っぽくて可愛いなって思いながら買ったし」

 彼女は照れて顔を赤くしながら黒いクマの両耳を揉んだ。

「え? 俺がクマ? そんなこと無いと思うけどな」

 クマっぽい男性と言われれば、体毛が濃くて恰幅の良い男性が真っ先に連想される。

 だが、俺は体毛が多い方ではないし太ってもいない。

 骨格はしっかりとしているし運動部だった名残で筋肉も残っているが、ムキムキという訳でもないはずだ。

『背は高い方だろうけど、俺、どっちかって言うと着やせするスマートな男子を自負してたんだけどな』

 はた目から見るとクマなんだろうか。

 彼女に褒められるのは嬉しいが、地味に傷つく。

 どの辺がクマなの? と恐る恐る聞いてみると、彼女は再度恥ずかしそうに顔を赤くしてモジモジとしだした。

「えっと、寝起きの機嫌が悪いところと、秋から冬にかけて食べるご飯の量が増えるところと、ドライフルーツの蜂蜜がけが好きなところかな」

 まさかの生態だった。

「あ、それと、その、大きい背中と豊かな雄っぱい……ゴメン、やっぱ忘れて!!」

 彼女は顔を真っ赤にしたままブンブンと両手を振り、慌ててぬるいコーヒーを一気飲みした。

 この慌てぶり、雄っぱいが好きというのは本当なのだろう。

 道理で水泳の授業の時にはよく目が合ったわけだ。

 女子も雄っぱいは気になるのか。

 まあ、そういうこともあるよな。

 いいよ、見ても。

 指の間からチラチラするんじゃなくて、ガッツリ見ても良いよ。

 俺の雄っぱいは、彼女にだけはフリー雄っぱいになるから。

「ちょっと揉む?」

 可愛い彼女に大変寛容な気持ちになり、俺は自らの雄っぱいを軽く持ち上げる動作をした。

 すると、分かりやすく彼女の視線が俺の胸に釘づけになる。

「え!? そ、そんな! そんな! お、おっぱ、雄っぱいが、揉める……!? もみもみできるの!? だ、駄目! お外でそれはハレンチすぎる!! ハレンチすぎるよ!! 偉い人に怒られちゃう! でも、お隣に行ってもいい?」

 コクリと大仰に頷くと、彼女は席を立って俺の隣の椅子に座った。

 失礼します、と声を掛けて横からピトッと抱き着いてくる。

 そしてそのまま、ごく自然に上体をスライドさせ、頬を胸にぴったりとくっつけた。

 顔を胸元に埋め、時折、深く息を吸って安どのため息を漏らしている。

「良い匂い。そして、良い雄っぱい。魅惑的な魔性の雄っぱい。ここに住みたい。ここで寝たいなぁ……」

 彼女はムニャムニャと口を動かして眠そうに欠伸をした。

 右側には俺の雄っぱいをダイレクトに堪能する彼女がおり、そして左側には二体のクマのぬいぐるみがいる。

 両手に花とはこのことだろうか。

 俺のホワイトデーは何ともかわいいハーレムだった。

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