ささくれにご執心

朱ねこ

彼も私も

 洗い物を終えてタオルで手を拭く。

 ひとつため息をついて、爪の近くを見る。


「明日はデートなのになぁ……」


 些細なささくれに憂鬱な気分にさせられる。

 ぴらぴらしてる皮をつまんで、剥いてやろうかと考える。しかし、剥いた後の痛みを思うと、勇気が出ない。


「地味に痛いんだよな……」


 どうにかしたいがどうにもできない。

 私は諦めて寝床に入った。



 彼との待ち合わせの時間に早めに着いてしまいそうだ。

 のんびりと歩きながら約束の場所へ向かう。


 今日は晴れ。あたたかく、オシャレをするのにもちょうどいい気温だ。


 彼とは、付き合ってまだ一ヶ月ほど。友達の紹介で知り合った。


「あ、たけるくん!」


 まだ待ち合わせには早い。それなのに、もう待っていてくれたということは、彼も今日のデートを楽しみにしてくれていたということだろうか。

 胸が熱くなり、きゅっとしめつけられるような感じがした。


「早いな。まみ」

「たけるくんこそ」


 お互い笑い合って手が触れる。

 手を握られて、ささくれのことをふと思い出す。


「行こう」

「う、うん」


 繋いだ手を一瞥する。

 気付かれたら女子力がないと思われるだろうか。一抹の不安が私を襲う。


 彼の趣味のアクション映画を見終えて、壁と暖簾によって仕切られている個室カフェに来た。

 人混みが苦手な私に気をつかって、彼が選んでくれたカフェだ。

 彼の優しさにますます惚れてしまった。


 私も彼も、パンケーキに蜂蜜をかけて、ナイフとフォークで切る。

 一口食べてみると、ふわふわで柔らかい。


「とってもおいしいね!」

「だな〜」


 たけるくんも満足そうに食べてたが、私を見て動きが止まった。


「どうしたの?」

「ささくれ」

「えっ、あ、ハンドクリーム塗ってるんだけどね〜」


 デートが楽しくてすっかり忘れていた。

 言い訳だけ何とか言えて、困り笑顔をつくる。


「貸してくれ」

「うん?」


 何をするのかと思いきや、手を受け取りささくれに唇を落とした。

 ぽかんとほうけて、置いてけぼりになる。


「がんばってるんだな〜」


 彼はささくれをよしよしと撫で始めて、ささくれを労っている。


 見えている状況がよくわからない。

 理解できない。


 彼はささくれが好きなのかもしれない。

 ささくれが好きって意味わからないけど。


 目の前の光景に驚きながら、欲に忠実な名案を思いつく。


(もしかして、ささくれをもっと作ればさらにべたべた沢山触ってくれる??)


 迷案とも言える名案を実行しようと心に決めた。

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ささくれにご執心 朱ねこ @akairo200003

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