慈愛の天使リシア・ヴェセリー。やさぐれ、ささくれ、みんなあの子が癒してくれる。~終焉の謳い手~

柚月 ひなた

やさぐれ、ささくれ、みんなあの子が癒してくれる

 エターク王国——ボクはこの国に仕える騎士の一人。

 この春、晴れて騎士になった新米だ。


 ボクの名前は……まあ気にしないでいい。


 それより、知ってるかな?

 騎士団本部の救護室、ここに週一度、慈愛じあいの天使が舞い下りる事を!


 …………。


 え、知らない?


 ならば教えてあげよう、素晴らしき〝彼女〟の魅力を!


 まずは彼女の名前。

 慈愛の天使の名はリシア・ヴェセリー。


 リシアちゃんだ!


 ……本当は現実でも気軽にリシアちゃんと呼びたいけど、あまり馴れ馴れしくして彼女に嫌われたくない。


 だからリシアちゃんと呼ぶのは心の中でだけ。

 公の場では〝ヴェセリーさん〟と呼んでいる。


 名前だけ聞いても可愛いと思えるけど、見た目もとっても可愛いんだ。


 肩上で切りそろえられ、丸みを帯びてふんわりとした亜麻色あまいろの髪。


 パッチリ、クリっとした大きな瞳は夜を思わせる黒。

 涙でうるおって漆黒しっこくのような光沢が差している。


 綺麗というよりは愛らしさを感じさせる容姿で、化粧はしているのかわからないほど自然。

 唇にはつやがある。


 身長は女性の平均くらいかな?

 体形は出るところはちゃんと出て、柔らかそう——っと、ごほん。


 女性のそういった部分に言及するのはセクハラだね。


 自重自重……。


 話題を変えて、次は彼女の経歴について話そう。


 彼女は平民、孤児院の出身なんだけど、優れた治癒術師としての能力を見出されて王立学院に推薦すいせん枠で入学・卒業してる。


 王立学院といえば、王侯おうこう貴族も通う名門中の名門。


 治癒魔術は適性のある者にしか使えない上、平民でありながら名門校を卒業する聡明そうめいさ。


 王立学院は本当に厳しいんだ……。

 毎年必ず落第・留年する生徒が出るんだけど、リシアちゃんはそんなこともなく卒業してる。


 勤勉きんべんで努力家である事の証。

 これだけでも彼女の素晴らしさがわかるだろ?


 だが、しかし!

 彼女の真の魅力みりょくはそこではない!


 彼女の最大の魅力は——笑顔!


 きつーい訓練で打ちのめされ、先輩騎士への不満からやさぐれてささくれた心が洗われるような……屈託くったくのない笑顔こそ、彼女の魅力だ!!


 普段は気弱で、おどおどして小動物みたいな愛らしさのある彼女だけど、治療の時に見せる治癒術師ヒーラーとしての顔——しんの強さをうかわせる面差おおざし。


 そこから一転して、治療の後に見せるあの笑顔!


 はっきり言って反則だ。


 痛みにもだえて治療を受けに行った先で、あんな、あんな……。


「もう大丈夫ですよ」


 と、こんな風に優しい声をかけながら、清らかで一点のくもりもない、彼女の心根の美しさと包容力を表すかのような、花咲く笑顔を見せられたら……!


 わかるだろ!?


 これこそ慈愛じあいの天使、リシアちゃんの魅力なんだ!!


 ボクは勢い余ってその場に立ち上がり、ガッツポーズを決めていた。


「——さん?」


 自分の名前を呼ばれて、意識が現実へ。


 すると、今まさに素晴らしさを語った、リシアちゃんが小首をかしげて目の前にいた。


 ——そういえば治療を受けに来たんだった。と、思い出す。


 奇怪な行動を見せてしまった事を恥ずかしく思いながら、座っていた椅子へ腰を下ろした。


「訓練とはいえ、怪我には十分気を付けて下さいね」


 リシアちゃんが再度微笑む。

 天使の微笑みに心臓が跳ねた。


「あ、は、は、はい! あっりがとうございますッ!」

 

 治療へのお礼を伝えないと……! と意気込んだら、緊張で声が裏返ってしまった。


 格好悪い……最悪だ。


 羞恥心しゅうちしんでいたたまれなくなっていると、リシアちゃんが口元に手を添えて「ふふっ」と笑った。


「——さんは、いつも元気があってにぎやかですね」


 リシアちゃんの笑顔は、やっぱり魅力的だ。


 〝慈愛じあいの天使〟とはボクだけの認識じゃなくて、ここを訪れた騎士の多くが思っている事だ。


 彼女は全然気付いてないけど、仲良くなりたいと思ってる男性騎士は多い。


 ボクもその一人。

 あわよくばお近付きになれたらって思ってる。


 そんな事を考えながら彼女の笑顔をながめていると「ゴーン、ゴーン」と正午を報せる鐘が鳴った。


 午前の職務が終わる合図、昼食時——。


「あ、お昼ですね」


 リシアちゃんがかねを聞き、時計を見て言った。


 これはチャンスだ。

 昼食にさそうしかない!


 ボクはのどを鳴らしてつばを飲みこみ、拳を握った。


「リ——ヴェセリーさん! 良かったら一緒に、食堂でお昼! お昼ご飯、どうですか!?」

「はい。丁度食堂で取ろうと思っていたので、一緒に行きましょう」


 ——あっさりオッケーされた。


 リシアちゃんは無邪気に笑っている。

 多分、誘った意図には全然気付いていない。


 けど……まあ……よし!!


 嫌がられていないのだから、ボクにだってチャンスはある!


 いつかリシアちゃんを振り向かせて見せる——!






 ——と、ガッツポーズを決めてそう思ったのだが。


「リシア・ヴェセリー! 君に……いや、ここではちょっと話せないか。悪いが一緒に来てくれないか?」

「ふぇ!? は、はい!」


 騎士団の建物内にある食堂へ来て、リシアちゃんと他愛のない会話をしながら注文した料理を受け取りに行ったら、その人はやって来た。


 あかい瞳に、襟足えりあしを一つにまとめた黒髪。

 眉目秀麗びもくしゅうれいで、王国の国民なら誰もが知る〝救国の英雄〟と呼ばれる騎士の青年。


 若くして特務部隊をひきいる団長、ルーカス・フォン・グランベル団長が!!


 食堂内は当然ざわついた。


 女性関係で浮ついた話を聞かないルーカス団長が……。

 冷静沈着れいせいちんちゃくで、デキる男の代表格である彼が!


 少し焦った様子でリシアちゃんを連れ出そうというのだから当然だ。


 何故、リシアちゃんを!?


 ここでは話せないって一体何の話を!?


 まさかルーカス団長も、彼女の魅力に気付いて——!?


「——さん、ごめんなさい。行って来ますね」

「あ! リ、ヴェセリーさん!!」


 走り去る背に手を伸ばすが、届かない。

 リシアちゃんは、ルーカス団長に連れ出されて、行ってしまった。


 嗚呼、ボクの慈愛の天使が……!


 ボクは床に崩れ落ちて、手を付いた。


 ルーカス団長なら、女性なんてよりどりみどりのハズなのに、何故!?

 よりによってリシアちゃんを!!


 さっきまで幸せいっぱいだった心がささくれていく。


「ボクの天使を、返せー!!」


 心の中で叫んだつもりが、思いっきり声に出ていた。


 周りから向けられる視線が痛い。

 顔面真っ赤になったのは言うまでもない。


「……くっ!」


 ボクは恥ずかしさと悔しさであふれそうになる涙をこらえ、食堂を飛び出した。


 こうなったら騎士なんてやめてグレてやる!






 ——なんてことには、結局ならなかった。


 人づてに聞いたのだけどリシアちゃんが呼び出されたのは、特殊な任務の辞令じれいだったらしい。


 ボクは胸をで下ろしてほっと溜息を付く。


 けれどそのあとに、当分、リシアちゃんが通常の職務から外れると聞いて……。


 任務なのだから仕方ない。

 ルーカス団長が悪い訳じゃない。


 頭ではわかっていても、彼をうらめしく思い、いやしを失った悲しみに、心はささくれていった。

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