ささくれ
猫又大統領
ささくれ
我が物顔で部屋に入ってきた彼女に、不快感を押し殺して、私が椅子に座るように促したの。
「この椅子ちゃんと掃除してる? 便座より抵抗がある」彼女はそういった。
深いため息をひとつ。不満そうに、偉そうに、彼女が座った。その拍子に、カールされた茶色い髪がふんわりとゆれた。室内は、彼女の適量を優に超えた香水の香りが蝕む。ただでさえ、行き場のない私を部屋から追いやるように。
耐えきれず窓を開けると、「どうしたの? 自分の部屋のカビ臭さに耐えられなくなった?」そう言った彼女に無理やり作り笑いで答えた。
「父の温情でさあ、このボロアパートを取り壊さないの。ここの土地を欲しがってる企業があるのに、お前の体調がよくなるまで待つって。金を稼げない奴ってね。稼ぐ人に迷惑かけるよね。そして自覚は無い。体調だけじゃなくて……頭も悪そう。おまけに顔も。あ、悪気はないの。私って、思ったこといっちゃうの」そういってケラケラと白い歯を見せて彼女は笑う。
「てかさ、今日、美容院にいってさ、ネイルにもいったの。今無敵の状態なんだけど、あんたはなんで私を褒めないの?」そういって、手鏡を取り出し、リップを塗りなおす。
「ご、ごめんね。とっても素敵」
「褒められたこともない人間だから人のこと褒められないよね。ゴワゴワの髪とガサガサの手。爪のことなんて気に掛ける男は現れないよ。にしても、あんたってさ全然怒らないから逆に面白いね」こちらに視線を合わせずに今まで以上に大きな口を開ける。
私は飲み物を持ってくるね、といってキッチンに向かい刃物を探し――。
「少し、いいかな」
男性の声。思い起こす作業は中断する。
簡素な室内。いわゆる取調室。
「何ですか刑事さん……気になるんだ……私のこと……」
「え、ああ……まあ」
「じゃあ、見せてあげる。私の指……見てよ」
「ネイル……ですか?」
「違うよ」
刑事さんは首をかしげて思考を巡らせているようだった。
「……ささくれ」
ささくれ 猫又大統領 @arigatou
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