心のささくれ

帝国妖異対策局

高津有紗

 私、高津有紗は私立如月学園に通う花も羨む女子高生だ。父は帝国海軍の護衛艦フワデラの艦長を務める高津祐司。母は元帝国陸軍鬼曹長で、今は専業主婦。私もお兄ちゃんも、両親のことはいつでも誇りに思っている。


 今日も朝から慌ただしい。


 制服に着替えて、リボンを結び、鞄に教科書を詰め込む。キッチンでは母が朝食の支度をしていて、焼きたてのトーストとベーコンエッグの匂いが二階の部屋まで漂ってきた。


「おはよう、有紗。朝食できてるわよ!」


「ありがとう、お母さん! いただきまーす!」


 トーストにマーガリンを塗りながら、私は父のことを思い出す。艦長としての任務で、父は長期間家を空けることが多い。


「お父さんから連絡は?」


「昨日は無かったわ。もしかして、もう寂しくなっちゃった?」


 私は近づいて来た飼い犬のペコちゃんを抱き上げて、わしゃわしゃする。


「まさか! お父さんがいなくてもペコがいるもんねー!」


 ペコちゃんを撫でながら、私は春風くんのことを考えていた。三浦春風くん。私のクラスメイトで、口数の少ない男の子。いつも一人で過ごしている感じの春風くんが、何となく気になっていた。



~ 学校 ~ 


 登校して教室に着くと、まず春風くんの姿が目に入った。窓際の席で、いつも外を眺めている。朝日に照らされた横顔が、どこか寂しげに見えた。思わず見とれていると、春風くんがこちらを向いた。慌てて視線をそらす。


「おはよう、有紗!」


 親友の佐藤麻耶が声をかけてくる。


「麻耶、おはよ!」


「三浦って相変わらずだよね。クラスの男子ともあんまり話さないんだもの」


「うん……」


 私は曖昧な返事をしながら、春風くんをチラリと見る。彼が友達を作らないのは、何か理由があるのだろうか。そんなことを考えていると、ホームルームが始まった。


 放課後、いつものように春風くんは一人で教室を出ていった。それは単に私の思い込みかもしれないけど、春風んくんの後ろ姿が寂しそうで、私の胸にささくれのようなチクリとした痛みを残す。


 春風くんのことが、どうしても気になってしまう。


「三浦、また一人で帰っちゃったね」


隣で麻耶がつぶやく。


「ねえ麻耶。春風くんって、どうして友達を作らないのかな?」


「分からないけど、きっと何か理由があるんじゃない? そんなに気になるの?」


 ニヤニヤする摩耶の笑顔がとてもウザい。



~ 転校生 ~


 ある日、私たちのクラスに一人の転校生がやってきた。ブラウンの髪をポニーテールにまとめた、青い瞳が印象的な美少女。ハーフなのかな?


 先生に連れられて教壇に立った彼女が自己紹介を始める。


「初めまして、田中ライラです。今日からこのクラスでお世話になります。よろしくお願いします」


 そういって彼女はペコリと頭を下げた。


 女の私から見ても惚れ惚れするような美少女。その美しさに教室全体がざわめく。特に男子共!

  

 思わず私は春風くんの方を見る。


 彼はずっと窓の外を見つめていた。


 美少女転校生に対してまったく関心を持っていないような春風くんに対し、美少女転校生は正反対の反応を示した。


 田中ライラは、春風くんの姿を見つけると目を見開いて、その表情をまるで太陽のように輝かせる。

 

 田中ライラは、春風くんの席に駆け寄ると、とんでもないことを口走った。


「ハル! はじめまして! 私、あなたのママです!」


 彼女の言葉にクラス中がどよめいた。


 春風くんの母親? あの美少女が? 


 信じられない光景に、私も目を丸くする。


 春風くんは明らかに戸惑っている。


 そりゃそうだ彼女の言ってる言葉の意味が全く分からない!


 春風くんが顔を引きつらせながら転校生を見つめている。


「あの……えっと……田中……さん?」


「そうです! あなたのママです!」


「えぇ……」


 春風くんの困惑は続く。しかし、彼は田中ライラを完全に拒絶する風でもなかった。やはり美少女だからか? 転校生ほどの美少女は何をしてもゆるされるのだろうか。


 ざわめく教室を先生が抑え込んで、その場は何とか治められた。


 だけど私は、モヤモヤした気持ちを抑えきれずにいた。


 ママってどういう意味だろう? 


 そもそも二人はどんな関係なの?


 田中さんは春風くんのことを知ってるみたいだけど、春風くんはそうじゃないみたい。もしかして、そうじゃないフリをしてる?


 もやもやする思いで頭がグルグルと周り続けて、


 気が付くとお昼になっていた。



~ お昼休み ~


 休み時間になると、田中ライラがさも当然のように春風くんに話しかけていた。


「ハル! 一緒にお弁当食べましょう」


 彼女は大きなお弁当箱を手に、春風くんの机に椅子を寄せた。


「えっ? でも……」


「ママが愛情を一杯込めて作ったお弁当よ。はい、あーん」


 そう言って田中ライラは春風くんの口元に箸を運ぶ。春風くんは顔を赤らめながらも、おずおずと口を開ける。


 ざわめくクラス。特に男子!


 だけど私の心は盛り上がっているロックコンサート会場以上に騒がしかった。


 というか春風くんは、初対面で自分のことをママとか言う変な女の弁当を食べるのか!?

 

 美少女だから?


 美少女は何をしても許される法則発動なの!?


 胸の奥がチクチクと痛むのを感じる。


 あんなに親密な様子を見せられたら、誰だって嫌な気分になる。けれど、なぜか春風くんのことを思うと、もっと胸が苦しくなる。


 放課後も、田中ライラは春風くんに付きまとっていた。


「ハル、一緒に帰りましょう!」


「えっ……でも……」


「ママと一緒に帰ろう!」


 そう言って田中ライラが春風くんの腕にしがみついた!


 春風くんは困ったような表情を浮かべるが、田中ライラを振り払おうとはしない。結局、二人は一緒に教室を後にした。


 ざわめく教室。


 特に男子!  泣くほどのこと!?


 というか春風くん……。


 なんで拒絶しないのかな。


 私はぼんやりと二人の後ろ姿を見つめる。胸の奥のささくれが、どんどん大きくなっていく。


 春風くんが他の女の子と一緒にいるのを見るのが辛い。


 もしかして私、嫉妬してる?


「どうしたの、有紗? 春風くんの様子が気になる?」


 麻耶が不思議そうに私を見た。


「ううん、何でもない」


 私は曖昧な返事をしながら、胸のモヤモヤを抑え込む。春風くんへの思いに蓋をするように、私は鞄を手に取って教室を後にした。


 帰り道。


 春風くんと田中ライラの姿が頭から離れない。彼女が本当に春風くんの母親なのか、というかそんなわけないけど、二人の姿を思い出すと私の心がかき乱れる。


 今になって、私は春風くんのことが、ただの気になる存在ではないことに気づき始めていた。


 それ以降、私は田中ライラと春風くんの仲睦まじい様子を見るたびに、胸の奥がチクチクと痛むようになった。



~ 爆発 ~


 転校生が来てから一カ月。


 ある日の昼休み、いつものように教室で田中ライラが春風くんにお弁当を食べさせていた。


 私は少し離れた自分の席から、その様子を横目でチラチラと見ていた。


「はい、ハル! お弁当、美味しい?」


「うん、美味しい……」


 照れくさそうに答える春風くんに、田中ライラは満面の笑みを浮かべる。


「良かった! ハルのために、これからも毎日頑張って作るからね!」


 そう言って田中ライラは春風くんの頬にキスをした!


 えっ!?


 はっ!?


 はぁぁぁぁあぁぁ!?


 なんということでしょう……。


 次の瞬間、私の感情は大爆発してしまった。


「やめなよ! そんなことして、春風くんが困ってるでしょ!」


 私は思わず大声で叫んでいた。教室が一瞬でシーンとなる。春風くんと田中ライラも驚いた表情で私を見つめていた。


 正直、春風くんは困っているようには見えなかった。


 困っているのは私だった!


 我に返った私は、皆の視線に耐え切れなくなり、そのまま席を立って教室を飛び出した。


 恥ずかしくて、情けなくて、涙が止まらない。私はどうしてしまったのだろう。


 校舎裏に逃げ込んだ私を追ってきた田中ライラが見つけた。


「高津さん、ハルのこと好きなの?」


 突然の言葉に、私は目を丸くする。


「……」


 私は黙ってうなずいた。


 ここで誤魔化すのはこの女に負けた気がするから。


「やっぱり! ハルも高津さんのこと、ずっと気になってたみたいだし! よかったわ!」


 予想しなかった彼女の言葉に、私の心は大きく動揺する。


「春風くんが、私のことを?」


「そうなの! 学校のお友達が少ないハルが、唯一高津さんのお話はするのよ。だから、もっと自信を持って。私は高津さんを応援するわ」


 そう言って田中ライラ……さんが私に向ってウィンクをした。予想遥か斜め上を行く状況に混乱しながらも、私は彼女の言葉に希望を感じずにはいられなかった。


「ありがとうございます、田中さん。でも、あなたは……いいんですか?」


「もちろんよ! だってハルのことを好きになってくれたのが、こんなにカワイイ女の子なんて、嬉しいに決まってる!」


 そう言って田中さんは私の背中を優しく押した。


 状況が全く理解できない。


 うーん。もしかして田中さんはママ役に徹していて、だから私が春風くんに好意を寄せていることを、本気で喜んでいたりする……のかな?


 私は勇気づけられたように感じた。



~ 数週間後 ~


 それから数週間、田中……ライラさんは春風くんと私の仲を取り持とうと、やたらと気を回すようになった。


「有紗ちゃん、ハルと一緒に図書館で勉強しない?」


「ハル、今日は有紗ちゃんと一緒に帰りなさい! ちゃんとお家まで送り届けるのよ!」


 こうしたライラさんの働きかけもあり、私は春風くんと過ごす機会が多くなった。二人で話す機会も増え、春風くんについて色々と知るたびに、私の想いは深まっていった。


 そしてある日、


 ついに私は春風くんに告白することを決意した。放課後、桜の木の下に来てくれた春風くんに大事な想いを告げる。


「春風くん、私……あなたが好……」


「ちょぉおおおおと待ったぁぁぁ!」


 勇気を振り絞って告白しようとした私と、それを聞こうとしていた春風くんの間に、ライラさんが飛び込んで来た。


「ダメよハル! あなたは男の子でしょ! ママの子で、偉大なタヌァカ皇帝の息子なのよ! しっかりしなさい!」


 そう言ってライラさんが春風くんの肩を強くたたいた。


 春風くんは戸惑いながらも、真剣な表情になる。


「そうだね……母さん。俺からちゃんと伝えないと」


 春風くんは私の前に立つと、深呼吸をして、真っ直ぐに私を見つめてきた。


「高津さん……。俺は君のことが好きだ。君の笑顔を見ると、胸がドキドキして……あの……その……君とずっと一緒にいたい。えっと……その……だから……俺と付き合ってください!」


 春風くんの真剣な眼差しと熱い思いに、私の心は溶けそうになる。


 というか心どころか顔まで蕩けて溶けてた。


「春風くん……私も、あなたと一緒にいたいです! 付き合ってください!」


 そのまま、私たちはお互い顔を真っ赤にして俯いてしまう。


 嬉し過ぎて、幸せ過ぎて、油断すると絶叫しそうだったから。


「二人ともおめでとう! ママ嬉しいわ!」


 ライラさんが私と春風くんの手を取って、お互いの手を重ねた。


 春風くんの大きな手が、私の手を優しく握りしめてくる。


 嬉しすぎて、幸せ過ぎて、もう私は死ぬかもしれない。


 嬉しすぎて、幸せ過ぎて、その後、どうやって家に帰ったのかも覚えていない。


 ちなみに、その日の夜――


 大好きな人から告白されたことを、私はついSNSに投稿してしまう。


 それを見た摩耶がすっごく驚いて、すぐに電話してきた。


 こうして――


 私と春風くんは晴れてお付き合いすることになった。

 

 そして――


 ずっとささくれ立っていた私の心は、春風くんによって完全に癒されてしまった。




~ おしまい ~



~ ちょうどその頃、護衛艦フワデラ艦内 ~


「艦長さん、すんません。そろそろ失礼するっす……」


「あ、あぁ、勤務中なんだったね。申し訳ない」


 そう言って高津艦長がSNSを閉じようとしたとき、最後の更新情報が目に入った。


『さっき告白されちゃった! ずっと大好きだった人から!』


 ブワン! 黒い空間と共に神ネコ配送の佐藤さんが姿を消した。


「ちょおおおおおおおおおおおい!」


 高津艦長は絶叫しつつ、ひとさし指に火が付くほどスマホの画面を上下に擦った。


「ちょおおおおおおおおおおおい!」




~ 今度こそおしまい ~



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★ 画像

田中ライラ

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