藁人形工場勤務

葉野ろん

工場の人々

 藁人形を作る工場で働いている。

 月の始めに、工場長の高柳さんが藁の買い付けをしてくる。その場で金銭の受け渡しをすると差し障りがあるとかで、売主の不在のときを見計らって謝礼を置いていくらしい。

 藁の乾燥がひととおり済んだら、結束のラインにのせる。コンベアに広げられた藁は、ボールペンほどの太さの束にまとめられてコンテナに落ちていく。片岡さんは事務職だが、いつもコンテナを運ぶのを手伝ってくれる。書類仕事などあってないようなものらしい。

 束を7本ほど手に取って、針金でくくりながら折り曲げていく。枝切り鋏で余剰分を切り落としながら形を整える。手足の太さは2束分、頭は3束分。手足や頭の結節点を、木槌で叩いて均す。ここで強く叩きすぎると、ささくれから藁が抜け落ちていく。少しでも抜け始めると、針金が緩んで端から崩れていってしまう。

 組み上げられた藁人形は、表面にニスを軽くスプレーし、しばらく置いてから段ボール箱に詰め込む。搬出口のパレットに積んで工程は終了する。中村さんは引渡しのとき、絶対にサインはしない。安物の印鑑を使うが、わざと字画の欠け落ちているもので捺すのだそうだ。

 誓って言っておくが、生き物の血だとか髪の毛だとか、いかにも呪いじみたものが入る余地はこの工場のどこにもない。ここで作っているのはあくまで藁でできた人形で、それ以上はなんの意味ももたないものだ。

 初めは、手作りのものをネット上で売ってみただけのことだったらしい。それがどうしてか、出品するたびにすぐに買われていった。いたずらか偏執狂だと思ってはいたが、どれだけ作っても売れ残ることはなかった。値を釣り上げても買われ続けた。気がついたらひと財産が積み上がり、作る工程を機械化していって、この工場ができるに至った——というのが、高柳さんの語るいきさつだった。

 片岡さんの家は二反ほどの水田をもっている。脱穀を終えて籾は農協に預け、藁は刻んで田に鋤き混み腐熟させる。肥料として用いるものだから、工場には納めていない。以前、懇意にしていたところに火災があったとき、片岡さんが軽トラで自宅から藁を持ってきたことがあった。後から聞いた高柳さんは、ずいぶん考え込んでから、中村さんに特別手当の手渡しを頼んでいた。

 この工場に来る前には自分は、運送業で糊口を凌いでいた。就業から日も経っておらず、仕事のほとんどは同乗者としてこなしていた。その仕事先のひとつに、この工場もあったのだ。なんの工場かは知らなかった。工場に着いて、積み込みを終えて、倉庫に運ぶ。倉庫に納められた荷物はいずれ、より大きな倉庫に運ばれ、それより前とそこから先は知らない。

 中村さんは昔に一度、藁人形を買ったことがあるらしい。中村さんの高校の先輩もこの工場で働いていたという。彼はときどき、製品の藁人形をくすねては知り合いに売りつけていたそうだ。断る気力がなかったから、と中村さんは言った。成り行きで買ったその藁人形を、中村さんは当然に持て余していた。疲れの抜けないまま過ごすうちに、バイトリーダーか採用担当か、あるいはその先輩だったかもしれない、誰かを呪うのもいいかと思った。釘を刺すんだったか、とやってみるけれど、わりに刺すのも難しい。今ならわかるが、藁人形はそこそこ丈夫に作られている。金槌まで持ち出して、逆に擦り傷を作ったその時のささくれがずっと治らず、どころか広がっていくようにまで感じられた。だからここに来て今も働いているのだ。

 そう中村さんから聞いた時には「だから」という物言いに違和感は感じなかった。自分も……と言いかけたが、やめた。ここでは自分たちはただの工員にすぎない。呪いとか恨みとかとは関わりなく、作業をこなしているだけのことだ。そうあったほうがいいように思って、右手のささくれは隠しておいた。

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藁人形工場勤務 葉野ろん @sumagenji

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