九尾様の異世界転移

幸運招来

転移編

九尾の狐

 「んぁ、、、」

 

 木々の間から差し込まれた光で本来必要ないであろう催眠をむさぼっていたその者は覚醒する。


 「んーー......」


 比較的小さく古めかしくも堂々たる威容を保つ神社の本殿から身を乗り出し伸びをしながら辺りを見回す。

 昨夜の雨の影響だろう、地面に出来た水たまりに自らの容姿がうつる。


 収穫期の小麦を思い起こさせる黄金色の髪にどこか神性を感じる整った顔立ち、背丈は170後半といったところか、着ている袴によく似合う。

 街へ行けば羨望の眼差しを向けられることだろう。


 ここまでの情報だけなら容姿に恵まれた人間という認識である。

 しかし、彼の身体にある異物が人間であることを否定する。


 彼の頭と臀部でんぶに目を向けるとそこには狐の特徴を思わせるような少し尖った耳と横にボリュームのある尻尾が生えていた。


 このまま街に繰り出そうものなら向けられるのは羨望の眼差しではなくカメラのレンズだろう。


 「(......寝ぼけて出したか?)」


 彼がそういうとそれまで存在を主張していた耳と尻尾は幻のように消えてしまった。


 普通の美男子の完成だ。

 とはいえ正確には性別はないのだが。


 「それにしても、随分懐かしい夢を見たなぁ... どのくらい前だろう...?」


 彼は記憶を遡ろうとするが、いかんせん長く生きているため昔の記憶に頓着とんちゃくがなく、余程大きな事で無ければ思い出せない。


 それもそのはず、彼は悠久の時を、存在の格が神に近づく程に生きた続け、それはとても大きな存在として世に知られていた。


 時に気まぐれに人を助けたり、逆に逆鱗に触れた人間に鉄槌を下したり、暇があれば突然行動を起こし、時には神にさえ噛み付いたりした。


 その結果、彼は神の使い、またある時には邪悪な怨霊として、ーー神獣、大妖、神使......ーー様々な名を冠して生きてきた。


 その中でも彼を冠する名として最も有名なのはやはり"九尾"だろう。

 そしてそんな大きな存在である九尾様は今___


 「暇だなぁ......」


 大きな退屈を感じていた。


 「(少し前までは人間も来て、退屈しのぎのイタズラも出来たんだけどなぁ......それに僕が気に入ってた近くの村もいつの間にか無くなってるし、ホントにやる事がない!)」


 九尾は娯楽のない現状を嘆いていた。

 とはいえ九尾の"少し前"は何十年単位である。

 神社が廃れたり村一つ無くなったりするのも道理である。


 「まぁいっか、新しく探すのも楽しそうだ」


 嘆くのは一瞬だった。

 基本九尾は気楽な性格をしていた。

 すると九尾は己の妖力から独特な形をした紙のようなもの、形代とよぼれるのを創り出した。


 「これも久々使うな、たしか......こうして...」


 すると九尾の元から何十枚もの形代が飛び出し、空は上がり、それぞれの方向へ散開した。


 形代を視点とし、九尾へとその情報を流す術式だ。

 今九尾には何十もの視点からの情報が絶え間なく流れ込んでいる。

 常人なら到底捌けない量の情報だが、そこは大妖怪九尾、このくらいの情報処理は児戯である。


 「(いやぁホント便利だよねぇこの術。当時の人間には感謝感謝♪)」


 "陰陽術" 今九尾が行使しているものはそう呼ばれるものである。

 当時九尾が悪性の妖怪であると恐れられていた時代、人間の持つ少ない魔力や妖力と呼ばれるもので人より強大な怪異を倒すため編み出されたものである。


 当然九尾もその怪異の中に入っていたため当時の名だたる陰陽師たちが決死の覚悟で挑んだが、九尾は歯牙にもかけず、更にその陰陽術まで自らのものとしてしまった。


 「これ狭い場所の探し物とかにも便利なんだよねぇ。」


 なんと残酷な事だろう。

 平和のために人々が命を削り生み出した秘技は今やその怪異の便利グッズとかしていた。

 生み出した最初の人間たちはその事実を知る事なく亡くなっているだろうことが唯一の救いだろうか。

 そして九尾は探索を続け... 。


 ーー数時間後ーー


 「......ない!」


 何もなかった


 「えぇ......何もないんだけど...そんなことある?数十キロ単位で探したんだけど...此処こんな森々してたっけ?」


 結果はほとんどが木であり、所々に廃村があるだけであった。


 「はぁ...なんか気が落ちたよ...」


 九尾は本殿へ踵を返す。


 「(あの頃は楽しかったなぁ...やっぱり人間は愚かしさが目立つけど居た方楽しいと感じる。......どっかから連れ去る?...いやいっそのこと創るか、幸いな事に此処には多くの動物がいる...それらを繋ぎ合わせて最終的に脳の方を_____.....)」


 退屈さのあまりマッドなことを考える九尾だが次の瞬間____ 。


 「.........っ⁉︎」


 大きな揺らぎ、力の本流、あまりに大きいそれを前に空間が軋み出す。


 突然の脅威、数千年ぶりの危機感に九尾の機能はこれまた数千年ぶりにフル稼働する。

 これは何か、どんな事象か、対処が必要、又可能か。

 時間にしてコンマ1秒、九尾の全力にしては膨大な時間を使い、大体の解析を終える。


 「なるほど...これは、座標のずれ...空間の歪み?どちらにしろ何が起こるかは分かった、対処も可能......いやしかし、そうだな...」


 この事象を理解し、考え、そして雪解けのように愉快そうな満面の笑みを浮かべた。


 「退屈しのぎには丁度いい...‼︎」

 

 次の瞬間、九尾は神社ごと光に飲まれ、数秒後_____。

 神社のあった場所は何かに削り取られたかのようにして無くなっていた。

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