恋愛ゲーム-修羅場編-

@tsutanai_kouta

第1話


某月某日、風が強い満月の夜。

わたくし事カンタは、友人であるアベの部屋でぼけーっ、とモニターを眺めていた。モニターの中ではピンク色の髪をしたアニメ絵の女の子が恥ずかしそうに微笑んでいる。それは一昔前の恋愛シミュレーションゲームのイベントムービーであった。

そう、わたしとアベは今、肩を並べてギャルゲーに興じているのだ。

・・・かなり”痛い”風景であるが、これには訳があった。

 

話は数時間前にさかのぼる―――。

わたしはアベから、ネット上で拾ったある噂の検証をしたいので付き合ってくれという旨の電話を受けた。その噂とは恋愛シミュレーションゲーム『クリスマスは君と』にまつわるもので、このゲームを特別なルートでプレイすると攻略本にも載ってないようなバッドエンドが見られ、しかもそのバッドエンドを見た者は不幸にみまわれると言う。いわゆる都市伝説である。個人的には、そんな嫌な噂には関わりたくないのだが、アベの「一人じゃ怖い!」と言う泣き落としに屈し、検証に立ち会う事となった。


尚、疑惑のソフト『クリスマス(以下略)』は既にアベが所有しており、わたしは長い付き合いのある友人の意外な嗜好しこうを初めて知った。ともあれ、アベはネット上の怪しげなサイトに掲載されていた攻略フローチャートを元にゲームを開始した。

蛇足だが、その攻略法をアップしたサイトは、その後一切更新が行われておらず、ネット上では「管理人は呪いで死んだ」と噂されてるらしい・・・。


簡単にゲームの概要を説明しておくと、プレイヤーは9月から12月までの4ヶ月の間に同じ学校の女の子達を攻略し、仲良くなる事が出来れば一緒にクリスマスを過ごせるというもので、その際には複数の女の子を同時に攻略する事も可能(要するに二股)なのだが、この事が女の子にばれるとプレイヤーに対する「愛情パラメータ」が下がり、逆に「憎悪パラメータ」が上がるらしい。そして、今回の検証の鍵はそのバラメータで、上手く「愛情/憎悪パラメータ」の2つを同じように上げていくと問題のバッドエンドを拝める、と言う事だった。


アベが検証に用いるヒロインは金髪縦ロールでキツイ眼差しをした「レイコ」というキャラクターで、腕組をした姿は、いかにも”気の強いお嬢様キャラ”と言う風体だった。因みにゲームの説明書には「言動はキツいが本当は淋しがりや」と記載されてあり、あまりのコテコテぶりにちょっと笑ってしまった。


わたしは説明書を閉じ、頬杖をつきながらアベの検証を生暖かく見守った。アベは先程の説明通り、レイコちゃんに何度もアプローチをかけ、相手の気持ちがこちらを向けば突き放し、デートを重ねながらも弓道部のアユミちゃん、生徒会書記のヒトミちゃんと三股をかけるという悪行を着々と重ねた。わたしは心の中で(現実では合コン頭数要員のくせしてヤルじゃん)と突っ込みを入れつつ、大きく欠伸あくびをした。

 

アベがゲームを始めてどれくらいの時間が経ったのか分らないが、わたしは何時しか眠り込んでおり、アベから体を揺すられて起こされた頃には、空が少し明るくなっていた。わたしが眼をこすりながらモニターを見ると、ゲームはエンディングを迎えようとしていた。プレイヤーが操る主人公キャラと”生徒会書記のヒトミちゃん”が校庭の隅の樹の下で抱き合っており、”お嬢キャラ・レイコちゃん”がそれを遠くから恨めしげに眺めるというムービーが流れている。わたしは、ぼんやりとそれを眺めながらアベに聞いた。


「なぁ?レイコって、こんなキツい表情だったっけ・・・?」


アベは、目の下にくまの出来た顔をこちらに向けボソボソと答えた。


「なんかさー、浮気を続けてるうちに、こんな顔になっちゃった・・・」


そこにはキレイ・清潔・無機質である筈のアニメ絵からは懸け離れた、リアルな嫉妬と怨恨を浮かべた女の顔が描かれていた。わたしが「そうか、これが通常なら見れないバッドエンド・・・」と言いかけた瞬間、ムービー画面は、突然、画像の荒い実写映像に切り替わった。それは画素数の少ない白黒の映像で、古い映画フィルムのように何本もの横線が画面にある為に、何が映り込んでいるのかは正確に把握はあく出来ないが、どうやらアスファルトの車道を映しているようだった。そして画面を時折、砂嵐が覆い、その度に画面は切り換わった。アスファルトの車道から、自動ドア、階段──。

わたしとアベが物も言わず画面に見入っていると、唐突に部屋の呼び鈴が鳴った。わたしとアベの肩が、ビクッと震える。

こんな時間に訪問者?まだ午前5時を回ったばかり、なのに? 二人は息を潜めたまま顔を見合わせる。どちらの脳裏にも「バッドエンドを見た者は不幸にみまわれる」と言う噂の一文が浮かんでいた事は、言葉を交わさなくとも分った。アベは声を殺したまま、身振り手振りでわたしに「玄関に出てみろ」と告げた。わたしはビクビクしながら玄関に近付き、ドアの覗き穴を覗く。・・・何も見えない。誰かが手のひらで覗き穴を抑えているようだ。その推測は、ますますわたしを怯えさせた。しばらくドア越しに、相手の気配を伺ったが、物音ひとつしない。呼び鈴が、また鳴った。わたしは何時までもこのままではいられない、と覚悟を決め、ドアチェーンが掛かってる事を確認すると、そっとドアを開けた。するとそれを待ってたかのように、僅かに開いたドアの隙間を、細くて白い腕が、するりと入ってきた。それはまるで白い蛇を思わせ、わたしの心臓をぴょんっ、と跳ね上げた。白い腕が、器用にドアチェーンを外す。

ゆっくりと開いていくドアを、わたしは凍り付いたように見詰めた。そしてドアが開ききると、そこには安っぽい金髪のカツラをつけた小柄なマネキンが立っていた。マネキンは赤いロングスカートに、袖や襟を白い毛皮が彩った、サンタ仕様とでも言うべき装いに身を包んで、左手には赤い薔薇の花束を抱えていた。わたしは茫然ぼうぜんとマネキンを見詰める。なんだこれ?嫌がらせ?これがゲームの呪い???


その時、奥の部屋のアベが「あ・・・」と声を漏らした。わたしは思わず振り返る。

アベは泣きそうな声で続けた。


「カンタ~、お前がモニターに映ってる・・・」


その瞬間、わたしの脳裏に、さっきの画像が蘇った。あれは、この部屋に辿り着くまでの途中経過の映像だったんじゃないか?つまり、あれは、このマネキンの「視界」だった・・・?


わたしが視線をマネキンに戻すと、複数の情報が一気に視界に飛び込んできた。

床に落ちた花束、散らばった薔薇の花びら、右手を大きく振り上げたマネキン、その右手に握られた刃渡り30㎝はある包丁─。


包丁が振りおろされた瞬間、最期にわたしが見たものは、艶然と微笑むマネキンの顔だった。





 -Fin-

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