花物語

花ケモノ

花物語・序の巻

衣の中へ天人あまひとを見たと話しても、世に花のある限りは誰も信じてはくれないでしょう。


雨雫あましずく、打たれても打たれても誇らしげに咲く、紫陽花の花はお友達にするには丁度良い。なんせ手に懐いてほころぶ様は、手鞠の格好をとって丸く愛らしい。だのに他所へ移れば別の顔。紫陽花の花はどこへ居て、どなたに可愛がられていても、雨雫、色を変えて人を楽しませるから。


芍薬の花のなんと艶やかな気品。あの舞衣こそ人の手には及ばぬ代物。南国の空に羽ばたく小鳥の羽毛と比べても、ひけを取らぬほどの鮮やかさ。技芸巧みな名工も、そのお膝元にひれ伏すばかり。芍薬と小鳥、一番の違いは何ですか?と問われれば、小鳥は一時たりとも留まらず、芍薬の花は、地べたへ根ざせば大輪の微笑みを、たたえてあとは風に揺れています。


 恋い慕う方々にとってはあばたもえくぼ、とは良く言ったもの。恋愛のさなかには歓びもあれば悲嘆もある。恋は、人生はまるで四季の折々のようだとは思いませんか。四季の折々に、美しさもさかりと咲き誇る女性には花の物語がよく似合います。

 

人も花も獣とおんじで、恋の季節には美しいもの。これら世にある自然は私たちへの賜り物でもあると私は考えます。空や大地へ畏怖を持って永きに渡り、美しさにあずかり、楽しみたいものです。さて、母なる自然にあるのは世に稀なる巧みな技芸を用いても叶わぬ美や歓び。人の手に神が御心など委ねるはずはありません。花より他に美しいものなど私たち人間に創れるものですか。ですから私がひとり、衣の中へ天人を見たと言ったところで、世に花のある限りは誰も信じてはくれないでしょう。


けれどもわたしは確かに見たのです。女の一生咲き散りゆくとき、彼女らの姿や、立ち居振る舞い、それが為揺れる袂の衣ずれや影の中に、天人が御髪を風に揺られ、双眼清らかに微笑んでおられるのを。


女の愛は花物語。紐解けると思ったら大間違い。真実を語れる者は在りません。そう、天人が衣の袂のようにね。





             花物語序の巻〆

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