第四話 東大陸―グリーンズグリーン― Ⅲ
「何が騒がしいんですか?」
グリーンズグリーンの町中で人々がざわめき始めた、その騒ぎに花屋の店番をしていた一人の少女がエプロン姿のまま路上に出てきた。
黒髪で肩より少し上の方で短い、身長は百五十ちょっとの普通の少女だった。その少女の目の前で隣の店の叔母さんがシフトパーソルを持って店から飛び出してきた。
「ちょっと、マーグレスさん。そんな物騒な物持ってどうしたの?」
「あらアリスちゃん、実は今中央から来た船と帝国の連中がドンパチやってるって話じゃないか、この御時世帝国に喧嘩売るなんて凄い奴等だろうね。もしもだよ、そいつらが町中で暴れたりでもしたらこれで撃ち殺してやろうと思ってね」
「相変わらず過激ですね、私なら……」
「アリスちゃんなら?」
「その人達を助けて一緒にこの町を出たいかな?」
「また始まったよ、本当にアリスちゃんは旅が好きなんだね」
「まぁ、この御時世ですからね、色々とやってみたい事は有るんですよ」
「そうだね、でも――」
マーグレスの言葉が中断した、中断と言うより遠くの方で大きな爆発音が聞こえてそれがマーグレスの言葉に重なった。
「うわー、本当にやってるんだ」
爆風で短い髪の毛がサワサワと揺れる、路上の誇りが舞い上がりエプロンの下のスカートをばたばたと揺らした。
船上では激しい炎が上がっていた、ガズルは身体毎吹き飛ばされアデルも同じようにして奥の方へと飛ばされた。
「ててて、ちきしょう。あの時戦わなくて正解だったな」
「アホ、今だって同じだ!」
アデルとガズルは互いに起きあがり今目の前にいる敵を睨んだ。
「次は見逃さない、そう言ったでしょう?」
レイヴンが楽しそうに笑う、冗談じゃねぇとアデルが苦笑いをしてから両手に構える剣を逆手に持ち変える。
「律儀な野郎だ」
アデルが飛びかかる、綺麗に剣の軌道を残しながらレイヴンの身体すれすれの所を切る。別にアデルが手を抜いてるわけではない、レイヴンが微妙な所で避けているだけだ。
そして両者の剣がぶつかる。
「それにしても良い剣さばきですねアデル君。――師は誰だ?」
「……カルナック、『カルナック・コンツェルト』」
その名前にレイヴンが驚く、暫くの沈黙が続いた後アデルの顔を熱い眼差しで見る。
「あの人ですか、ならば一層手を抜く事は出来ませんね」
ニヤリと不気味に笑いアデルの剣をはじき飛ばした、アデルはその勢いのままガズルの方へ飛ばされる。
「あんた、おやっさん知ってるのか?」
「勿論知ってますよ、あの人は親友です。ただ、特殊な意味でのですけどね」
「どういう意味だ!」
「……そうですか、あなた方は何も知らされていないようですね」
つかつかと足音をたててゆっくりと歩き出した、茶色い髪の毛が周りの炎にてらされてより一層深みを増す。次第にその髪の毛の色は茶色い色から深紅の赤色に変わった。
「貴方がカルナックの弟子というのなら勿論この法術は学んでいますね?」
「何!?」
また一つ笑みを零すとレイヴンはアデル達の目の前から消え、音もなく後ろに回り込まれた。
「な!」「はぁ!?」
首を後ろの方へと向きを変えるとレイヴンが左手を大きく振りかぶっていた。
「遅い」
振り下ろした手から炎が吹き出しアデルとガズルを反対方向へと吹き飛ばした。そして大きな爆発音が聞こえ爆風と共に衝撃波が二人を襲う。
身体中軽度の火傷が数カ所見受けられる二人は、その場から立つ事も困難な状態になっていた、アデルは唇をかみしめガズルは大声でちきしょうと叫ぶ。
「強すぎる、これが特殊任務部隊中隊長の力かよ。中隊長と言う事はまだこの上が居るって事じゃねぇか!」
「アデルにしちゃぁ上出来だ、でもまずはこの状況をどうにかして逃げ出さないと話にもならんぜ」
ガズルは何とか立ち上がるとなにか法術を唱え始めた、真っ正面を睨みながら黙々と詠唱を続けるガズル。
「
大学で学んだ回復法術だった、回復性の高い光が二人を包み少しながら体力が戻った。だがガズルにはそれが何の意味も持たない事だと知っていた。
なぜならば運良くこの燃え上がる船から脱出できたところであのレイヴンの移動速度、攻撃力、そして何より判断力を前にしてこの二人だけでは敵うはずはなかった。
「さて、この後はどう出てくるつもりだ……」
「やれやれ、あなた方は敵の気配にも気付く事が出来ないなんて全く」
突如後ろの方から声が聞こえた、形相を変えてアデルは後ろを振り返るとそこには残念そうに樽にレイヴンが座っていた。
「何時の間に」
「そろそろ遊びも飽きました、ですが、アデル君。貴方を今殺してしまうのは少々惜しい、完全にカルナックからの教えをマスター出来ずにいる。マスターしているのであれば私が今何をしているのかがすぐにでも解るはずなのに……君は全くと言っていいほど分かってはいない」
「んだとぉ!」
「逃げなさい、今回も見逃してあげます。ですが、本当に次はありませんよ、あの青髪の青年にもそう伝えておいて下さい」
ゆっくりと立ち上がるレイヴンを睨み続けるアデルは何時しか髪の毛が逆立っていた。
「最後に一つだけ教えろ、お前とおやっさんはどんな関係だったんだ!」
立ち去ろうと歩き出したレイヴンは髪の毛の色を戻して階段を下りようとしていた。アデルに呼び止められて立ち止まる、そして後ろを振り返りにこっと笑うと
「私は――君の兄弟子になりますかね?」
そう言った。
また歩き出すレイヴンの後ろ姿を睨みながらアデルは舌打ちをする。完璧な敗北だった、そしてアデルが生まれて初めて負けた事を知る。
「アデル!」
後ろからガズルが背中を突き飛ばした、そして海へと落ちる。海面に浮かび上がった時上からガズルも落ちてきた、船は積み込まれていた火薬に炎が引火し、大きな爆発音と共に木っ端微塵と化した。
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