第3節『共闘』
一夜が明けた。冬の張りつめた早朝の空気の中で太陽が光を放っている。
あと6日。急がなければならない。『奇死団』の到着予定と進路はあくまで見込みであって、完全に予測し得るものではないからだ。幸いにして、南に展開する『アカデミー特務班』とは現在も通信機能付携帯式魔術記録装置を通して連絡が取れている。「受け入れ態勢は順次整っているにつき、速やかに移動されたし」、それが彼らからの応答だった。
断固として自らこの村落を守るという避難移動反対派が11世帯と無視できない数に上ることから、賛成派をキャンプまで護衛しつつ、反対派とともに村の防衛にあたる二方面の分割作戦を実施することで話は決まっていた。
村人の誘導と護衛をネクロマンサーとウィザードが、村の防衛をソーサラーとネリー村長が担当する。本来であれば、対峙すべき敵がアンデッドであることを考えると、対アンデッド効果に優れた魔法特性の使い手であるウィザードを防衛に残す方が合理的であったが、しかし、万一における、作戦の要である護送中の村人への襲撃のことを考えると、やはりそちらの方にウィザードを回さざるを得なかった。また、護送するキャラバンに怪我人や病人が出た時、回復治療ができるのはネクロマンサーしかいない。したがって、彼女を護送班に回すのは自然な判断であった。
事程左様に、対アンデッド防衛戦において、それを最も苦手とするソーサラーが残ることになったわけである。ソーサラーは、本当にやりきれるのか不安であったが、貴婦人が貸してくれた対アンデッド効果を極めたという、例の呪いの剣もある。また、腐肉を残すアンデッド相手であれば、水と氷の術式も効かないわけではない。作戦全体の成功を考えれば、この選択が最良である、そう自分に言い聞かせて準備にあたっていた。
ネクロマンサーは力の強い霊体を数体召喚して、そのうちのひとつを物見やぐらに配置し、残りを周囲の警戒にあたらせている。極度に不足する防衛側の戦力をアンデッドで補強する手段もないではないが、召喚されたアンデッドと召喚者の間の距離があまりに開くと、制御が不安定になる危険があることから、その案は見送られた。見張りの霊体についても、ネクロマンサーと一定以上距離が離れた時には自然に冥府の門に戻るようにあらかじめ設定されている。結局、ソーサラーと、ネリー村長率いる村人だけで防衛戦を展開しなければならないことになるわけだが、それはあきらかに無謀であった。今日もまた、その事実を告げて反対派の説得を試みたが、彼らは「先祖の眠るこの地で死す」の一点張りで、3人の説明にも、ネリー村長の言葉にも一切耳を傾けなかった。
なにゆえに彼らがそうまでしてネリー村長に非協力的なのか、その理由をソーサラーが訊ねてみたところ、なんでも、昨日ネリー村長を露骨に無視した反対派の頭目であるハインダスという男は、かつてネリー村長の父親と村長の座を争った経験の持ち主で、その公選に負けて以来、ネリー村長を家族ごと敵視しているのだとのことである。特に、村長の父親が不慮の事故で亡くなってからは、その敵愾心を強め、ことあるごとに村長の決定や意見に対して敵意をあらわして露骨に反対するらしい《なお、ネリー村長の父親の死後の公選でも彼は得票でネリーに負けている》。「あんな小娘より、俺の方が村長にずっとふさわしい」というのがハインダス氏の言い分であるそうだ。彼に付き従った反対派の残る10世帯は、いわゆる彼の取り巻きで、村長選のときにもハインダス氏を支持した人々なのだということだ。
いずれにせよ、反対派の人々が避難移動に賛成しない以上、彼らを見捨てて賛成者だけで避難するということはできない。無謀な分割作戦なのは言うまでもなく、他にできることは奇死団がここを避けて移動してくれることを祈るのみ、もはやそんな状況に追い込まれていた。
* * *
それから2日が経った。奇死団の到着予定まであと4日。避難準備はおおよそ整い、翌日から南下開始の運びとなった。見張りの霊体の報告によると、差し迫った危険はまだないようである。少なくとも、避難誘導は無事に完遂できそうだ。問題は村落の防衛作戦の方で、これまでに、集落を囲む柵の補強と、正面入り口へのバリケードの設置はどうにか終わった。今は反対派世帯に対する護身術等の教練を行っている。中には、かつて魔法使いや術士だった者もいるにはいるが、戦力というにはあまりにも乏しかった。ハインダスは『錬金銃砲』を使えるらしく、『魔法銀の法弾』を所持しているとのことで、「アンデッドは全部俺が始末してやる」と息巻いていたが、それは不安解消の材料にはならなかった。
こちらの戦力は、11世帯およそ40名弱。そのうち、女性と子どもだけでも避難させるようにどうにかこうにか説得に成功したため、実際には20名前後、それにソーサラーとネリー村長を加えたのが現有戦力となる。強力な霊体であるレイスが5体いるにはいるが、ネクロマンサーとの距離が一定以上離れたところで召喚は解消されるので、数のうちに入れておくことはできなかった。
避難準備はいよいよ整い、ネクロマンサーとウィザードは出発の準備を着々と進めていた。こちらは100名近い大所帯となるため、その誘導は大ごとである。しかし、賛成派の村民が協力的な姿勢を示してくれたため、その翌日には出立できる見通しとなった。
ネクロマンサーが戦力不足を懸念して、召喚者の距離と関係なく使役できるメダリオンによる屍を生成しようと提案したが、残念なことにこの村の風習は、土葬ではなく火葬であった。メダリオンによる屍の生成には、形をとどめる遺体が必要なのだ。非常に心もとないが、奇死団に襲われた時には、玉砕戦を覚悟するしかない。
その翌日、冬の朝露が明るい陽の中でまばゆい光を放っていた。霜が降り、寒さが一段と際立つ朝である。奇死団の到着見通しまであと3日となっていた。
ネクロマンサーとウィザードは避難賛成派の住民とその家族、および反対派に属する女性と子どもたちを集会場に集めて、移動準備の最終段階に入っていた。
「みなさん、準備はよろしいですね。これから、村の裏戸を出て、南に向かいます。本来は歩いて半日から1日ほどの行程ですが、この人数ですから、おそらく倍はかかるでしょう。順調にいけば明日の昼頃から夕方にかけて、アカデミーのキャンプに到着できる見通しです。そこまでいけば安全は確保されますから、とにかく慎重に、それでも急いで南下しましょう。」
ネクロマンサーが住民にこれからの説明を行っている。ウィザードは周囲の警戒に余念がない。
朝10時を迎えた。
「それではみなさん、出発します。」
ネクロマンサーの誘導で避難移動が始まった。一行は村の裏戸をぬけ、そのまま道沿いに南下を始めた。死霊たちからは特段の報告はない。どうやら避難は間に合いそうだ。
それでも、100名を超える集団の移動は容易ではない。そのすべてがようよう裏戸を抜けて南に向かった後、ソーサラーたち防衛組はそこにもバリケードを設置し、いよいよ籠城戦の構えとなった。幸い、村落の中には川が流れ込んでおり、また井戸もあるため、水に困ることはなさそうだ。ほとんどが穀物ばかりだが、食料も当面の分はある。どのみち、奇死団と邂逅してしまえば、飲食の心配など必要なくなるわけではあるが…。
避難組の移動が終わったその日、各村民の配置が決定された。物見やぐらにソーサラー、入り口のバリケードにハインダス氏ほか錬金銃砲を取り扱える者数名を置き、その他は鋤や桑で武装して、ハインダス氏らの背後を護衛するという段取りに決まった。実際、なんとも心もとない布陣であるが、これで対抗するしかない。その日の夕刻にも、「今ならまだ間に合うから」とネリー村長とともに反対派に最後の説得を試みてはみたが、結局徒労に終わった。
冬の陽が暮れるのは早い。寒さに張り詰めた透明の空気がちりちりと肌を刺す。空には、夏のそれとは異なる色とりどりの星座が、思うままに美麗な軌跡を描いていた。運命の日はそう遠くない。ソーサラーは静かに覚悟を新たにしていた。
* * *
その翌日の昼前のことだった。予定通りならば奇死団到達までにまだ3日を残しているはずであったが、周辺警戒にあたっていた死霊の1つがけたたましい声を上げて戻ってきた。幸いにして死霊はまだ残っていた。しかしそれは、避難誘導が難航していることを意味するものでもあった。
死霊の言うところでは《腐肉を残す低次元のアンデッドには口を利く能力をすでに喪失しているものも多いが、召喚された死霊や幽霊などの霊体アンデッドとは意思疎通が可能である》、50体前後のアンデッドの一団が、こちらに向かっているそうなのだ。幸いにして、奇死団本体の姿はまだ確認できなかったと、死霊はそう告げて、再び周辺警戒のために飛び立っていった。
「アンデッドの集団がこちらに来ます!その数はおよそ50。みなさん位置についてください。」
ソーサラーが集会場付近でおのおの準備と訓練に勤しんでいた村人たちに声をかけた。そして自身は、物見やぐらへと駆け上がっていく。そこから見通すと、死霊の告げた通り、一塊の黒く蠢く集団がこちらの方に向かってきているのがわかった。おそらくは奇死団の先遣隊か、もしくはリッチー・クイーンの存在に誘われて合流を図る『生ける屍』の群れのどちらかだろう。いずれにしても、このままやつらが進路を変えなければ、この村に侵入してくるのは明らかだ。
村人たちもまた手に武具を携え、打ち合わせた通りに配置についた。アンデッドはゆっくりと近づいてくる。会敵まではおよそ20分というところだろう。村中に緊張が走る。
アンデッドの低い呻き声が耳に届くようになってきた。まもなくだ!ただ幸いにしてこの群れに、飛行可能なものはいないように見える。またそのほとんどが腐肉を残していた。これならやれるかもしれない、ソーサラーは一抹の希望を込めて、貴婦人が預けてくれた呪いの剣の柄を強く握りしめた。
その低く不気味に響く声がいよいよ間近に迫る。バリケードからでももう十分にその姿は見えていることだろう。
刹那、バリケードから何発もの銃声が響き渡る。そのいくつかはアンデッドの群れの数体に命中した。しかし急所を外したのであろう、それらはまたよろよろとこちらに向かってくる。やはり、20名ばかりの現有戦力でこれにあたるのはほぼほぼ絶望的であった。アカデミーが対アンデッド効果に優れるとしてその主張を譲らない錬金銃砲は、事程左様にほとんど役に立ちそうもない。
ついに数体のアンデッドが正面入り口に設置したバリケードにとりついた。銃声は続いているが、芳しい効果は得られていないようだ。このままではまずい…。しかし、相手が腐肉を残すアンデッドならば!意を決して詠唱を始める。
『水と氷を司る者よ。我は汝の敬虔な庇護者也。わが手に数多の剣を成せ。氷刃を中空に巡らせよ。汝にあだなす者に天誅を加えん!滅せよ。氷刃の豪雨:Squall of Ice-Swords!』
魔力枯渇を起こさないように慎重に出力を調整して、『氷刃の豪雨:Squall of Ice-Swards 』の術式を繰り出す。
形成された氷刃は文字通り豪雨となって、迫りくるアンデッドの群れを引き裂かんと飛来していく。やはり、相手が腐肉を残してさえいれば十分に効果はあるようだ。50体前後の生ける屍のうちのそのほとんどを蹴散らすことができた。バリケードの付近ではなにやら歓声が上がっている。
やった!そう思った時だった。
霊体と思しき黒い影が、物見やぐらに立つソーサラーの横をかすめる。飛べるアンデッドもいるのか!?反射的に右手に持った呪いの剣を振るってそれを薙ぎ払うが、その瞬間、右手に激痛が走る。みると、右手のひら全体から指の先まで血が色濃くにじんでいた。
「なるほど、マダムはこれを言っていたのね。確かにこれでは命がいくつあっても足りないわ。」
そう言って、ソーサラーは構えを新たにする。
「飛んでくるものもいます。気を付けて!」
物見やぐらの上から声をかける。バリケードの付近では、氷刃で倒しきれなかったアンデッドがいよいよそこにとりつき、乾いた木をたたき、それを裂く、けたたましい音を奏でていた。
銃声の位置が変わった。どうやらハインダスたちはバリケードから、村の中ほどに移動したようだ。いよいよ乱戦になる。木戸を打ち、裂く音がいよいよ大きくなり、ついに轟音とともにバリケードが破られた。数はそれほど多くないが、数体のアンデッドが、村落に侵入してきたのだ。ここからではだめだ!そう思い定めて、ソーサラーは一目散にやぐらを駆け下り、村人たちと合流した。相手の数は空飛ぶ霊体を含めて十前後。思う以上に霊体の数が多い。しかし、それさえなんかすれば、組せない相手ではなさそうだ。厳しいことに変わりはないが…。
「みなさんは、裏戸の方に移動して!そこに新しいバリケードを築いてください。早く!」
その声に従って、村人たちは後退する。
意を決してソーサラーは呪いの剣を構えて詠唱を始めた。
『生命と霊性の均衡を司る者よ。この法具を通じて汝の加護を求む。彷徨える魂に永遠の安らぎを与えたまえ。冥府の者を冥府に返せ。悪霊への危害:Harm Non Material!』
呪いの剣から虹色の光が潮流のようにほとばしり、不浄の者たちを飲み込んでいく。それに飲まれたアンデッドたちは、まるでその光と一体化するように消えていった。しかし、この術式は腐肉を残すものには効果がないようで、5体ほどの生ける屍を残してしまった。ソーサラーにとって手詰まりとなりつつあったその時、背後でかぼちゃの潰れるような音がした。振り返ると、ハインダスが狙撃銃型の錬金銃砲の柄でソーサラーの背後に間近に迫っていた生ける屍の頭部を叩き潰していた。
「嬢ちゃん、目はあちこちに着けとくもんだぜ。」
そういって彼は不敵な笑顔をして見せた。
「あの、ありがとうございます。」
そう言いかけた時、地を這うような亡者の呻きが聞こえ、なにかが崩れ落ちるように倒れこむ音がした。
「そういうあんたは、どこに目をつけてんだい?」
声の方を振り向くとネリー村長が手にした鋤で、ハインダスをその右後方から襲おうとしていた生ける屍の胴体を見事に貫き倒していた。
「こりゃあどうも、結構なことで。」
ハインダスは目を丸くしながら、そうおどけて言った。
残る敵はあと数えるほどだ。
「さあ、みんなあと少しだよ。こいつらをあたしらの村から追い出そうじゃないか!」
「へっ、いちいち格好をつけやがる。」
そういうハインダスの顔にはもう反抗心は見えなかった。
「いくぜ、野郎ども!この村は俺たちのものだ。」
そういうと、ハインダスとその取り巻きたちは手にした錬金銃砲を構えて正面から迫りくる残りの敵に照準を合わせた。
「あの世でまた会おうぜ。」
そういうと、何丁かの錬金銃砲が一斉に火を噴いた。
それらはことごとく頭や心臓といった急所に命中し、法弾を受けた生ける屍はほとんどバラバラに飛び散った。周囲に歓声がわきあがる。
「やったぜ!」
「それ見たことか!」
「俺たちの街を襲おうなんざ、100年早え。しっかり熟成して100年後にもう一度来やがれ。」
そんな声があちこちで上がった。
「あんたのおかげだよ、ありがとう。」
ネリー村長がそう言いかけたその時だった。
轟音とともに裏戸側のバリケード脇の柵が破られ、そこから大量のアンデッドがなだれ込んできた。
「なんだい、別口かい?」
ネリー村長が強がって見せる。
「どれだけ来たって同じだ。」
村長をかばうようにしてハインダスが身を乗り出した。
しかし、どう見ても多勢に無勢、おぞましく緩慢に地を這うその腐敗した黒い波に、ここにいる全員が飲まれる運命はもはや確定しているかのように思えた。終わりはいつか来る。早いか遅いか、それだけだ!そう思い定めて体内の魔力を振り絞り『氷刃:Squall of Ice-Swords 』を今まさに全力で放とうとした。
その時だった!
腐った黒い波の背後から、業火の波が覆いかぶさり、一気にその群れを焼き尽くしていった。その巻き上がる炎の先に、見知った顔があった。
「あぶねぇ、あぶねぇ、ギリギリ間に合ったってところだな。」
ウィザードだ!
ふたたび村落の中にどっと歓声が沸き起こる。
「なんでここにいるの?みんなと一緒にいったんじゃあ。」
あの天才の声が上ずっている。
「いやな、避難中もずっと死霊で監視をしてたんだけどよ、奇死団とは全然違う方向に『彷徨える屍』を見つけてな。どうやらそいつらもリッチー・クイーンに呼び寄せられているみてぇでさ。で、あとの事はあいつにまかせて、あたしはとんぼ返りしてきたってわけよ。村に迫るこいつらの群れが視界に入った時は、正直もう駄目かと思ったぜ。どうにか間に合った!」
そういってウィザードは肩を大きく上下させている。
九死に一生とはまさにこのことだ。
ソーサラーはその黄金色の瞳を潤ませて、おもわずその身体をだきしめた。
「ありがとう。」
「おいおい、よしてくれ。あたしにそんな趣味はねぇよ。」
照れくさそうにウィザードが言う。ふと見ると自身を抱きしめるソーサラーの右手が血にまみれているのに気付いた。
「どうしたんだよ、それ。痛くねぇのか?」
「ああ、これね。」
涙をぬぐいながらソーサラーが言う。
「あのソウル・セイバーっていう剣、本当に呪われているのよ。ちょっとうっかり一振りしただけでこんなになるんだから。」
「えげつねぇな、アーカムも。」
そういって、ふたたびふたりは固く抱擁した。
「青春だねぇ。」
ネリー村長がハインダスの方を見て言う。
「ちげぇねぇ。」
ハインダスは片目を閉じて返した。
時刻は夕刻に差し掛かっていた。長く伸びた冬の陽が赤くシーネイ村を照らしている。ひとまず危機は去った。しかし、先ほどこの村を襲ったのは奇死団の本体ではない。その到着は目前に迫っていた。いずれにせよ覚悟を決める必要がある。誰もがそう思った時だった。
おもむろに、ウィザードの通信機能付光学魔術記録装置に着信が入った。マジック・スクリプトはアッキーナのものだ。
* * *
「みなさん、ご無事ですか?」
その声はアッキーナ婦人だ。
「おぅ、なんとか、まだ生きてるぜ。といっても、奇死団本体が来たら終わりだけどな。もう手の打ちようがねぇぜ。」
「そのことなんですが、奇死団は当初の北上ルートをはずれて『ミレイの森』を抜け『アナンダ氷原』に集結しつつあるようです。」
「そりゃまたずいぶん東じゃねぇか!どうなってんだよ。」
「わかりません。ただ、どうやらそこが奇死団の最終目的地のようで、各地から彷徨える屍の集団が、呼び寄せられるようにして集結しています。」
『アナンダ氷原』とは、北方騎士団と国境を接する『ノーデン平原』にも連なる場所で、アカデミーなどが存在する中央市街区からみると北西方向、シーネイ村から見ると北東方向に位置する万年の氷原である。そこはかつてアカデミーの命で作戦に赴いた若いソーサラーが、それに失敗して命を落とした場所でもあった。その魔法使いは、齢17歳にしてその短い生涯を閉じたが、その事件が他の悲劇と大きく違っていたのは、アカデミー特務班が彼女の遺体の回収に行ったときには、それはすでに失われていて、ただ、彼女がいたであろうと思しき場所に、禍々しい残留魔力を放つ、魔法陣の跡が刻まれていたことであった。結局、その真相は伏せられ、その人物は作戦の犠牲になったものとして、しめやかに『アカデミーの葬送』が執り行われた。もちろん、その棺は空っぽであった。
* * *
その夜は宴会だった。奇死団がその進行ルートを大きく変えたことで、シーネイ村への脅威は去ったのである。奇死団の目的が明らかでない以上、この村が再び襲われる危険は皆無ではなかったが、アッキーナ婦人の連絡によれば、当面の危機を免れたことは間違いない。ネクロマンサーとも連絡が取れ、結局、避難を継続する人々はそのままキャンプ経由でアカデミーの災害救助施設に移動し、村に戻る選択をした人々は、明日ネクロマンサーとともに移動してくる手はずに決まった。
宴会の場では、あれだけ険悪な空気を醸し出していたネリー村長とハインダス氏が串焼きとビールの入ったコップをもって談笑している。きっと、完全に、とまではいかないまでも、しかし、互いに協力して助け合い、命を救いあったことで両者の間に連帯感のような情が芽生えたことだけは間違いないようである。きっと、今後この村をよくまとめていってくれるだろう。
そんなことを考えながら、ソーサラーはひとり葡萄酒の入ったコップを傾けていた。
「おい、食わねぇのか?」
両手に乗せた皿の上にこれでもかと料理を盛ったウィザードが声をかけてきた。
「あなたはおなかペコペコみたいね?」
「そりゃそうよ。もう半分も行った先から、全力で走って戻ってきたんだぜ。腹も減るさ。」
「そうね。本当にありがとう。」
そういうと、ソーサラーはウィザードの頭に手を回して、自分の額を彼女の額にそっとくっつけた。」
「よせやい。」
そういうウィザードの顔は真っ赤だった。
「さぁ、食おうぜ!」
ふたりは風車小屋の入り口に置かれていた古い木のベンチに腰かけて、料理をほおばった。そのあとに喉に送るビールが格別である。ふたりの談笑はいつまでも絶えることがなかった。
夜空はその透明感を一層増し、数多の星々が白く瞬いている。張り詰めた空気の冷たさを、村落のあちこちで行われている焚火の熱が和らげていた。ふと冷たいものを感じる。雪だ。美しい空に、ちらちらと粉雪が舞っていた。いよいよ冬が深まっていく。
翌々日の朝方、村に残る選択をした避難民を連れてネクロマンサーが戻ってきた。
「大変だったみたいですね。大丈夫ですか?」
「ええ、この通りよ。」
そういってソーサラーは村全体を見せるように腕を振った。
「防衛作戦、成功ですね。」
「おうともよ。」
そういう彼女たちに、ネリー村長が声をかけた。
「あんたたちのおかげで、この村を守ることができたよ。本当にありがとう。」
「嬢ちゃんたち、大したもんだ。見直したぜ。」
ハインダス氏がいたずらっぽく笑う。
「それでは、私たちはこれからギルドに帰還します。」
ソーサラーが別れを告げた。
「大変お世話になりました。」
続くネクロマンサー。
「しばらくは、警戒を怠らないでくれよ。」
と、ウィザードが締めくくった。
「こちらこそ。あんたたちも道中気を付けるんだよ。」
「この村のことは、俺たちに任せてくれ。何度だって守って見せるぜ。」
それから3人は帰路についた。アーカムまではここから約2日かかる。
「気長に行こうぜ!」
そういって笑うウィザードとともに、3人の姿は街道を取り囲む森の中に消えていった。
昨晩からの雪がしんしんと降り続いている。
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