第6章 第2節『敗北』

 3人がアルフレッド・トワイライト卿の死の真相にたどり着き始めたころ、それは1月も半ばに差し掛かろうという時であった。またしても、魔法社会を震撼させる出来事が起こり始めていた。さまざまな辻々で、通り魔事件が頻発するようになったのである。犠牲者はみな、トワイライト卿と同じような惨たらしい姿で発見された。あるものは獣に裂かれたようであり、またある者は魔法の火で焼き尽くされ、中には、雷で撃たれたような者もあった。奇死団の一件以降、裏口の魔法使い、変死事件、そして今回の通り魔事件と、魔法社会の人々は息つく暇もないほどに続く災難に見舞われていた。3人は、またしても『アーカム』の依頼により、この通り魔事件についても調べることになったのである。


「しかし、こうも次々だとさすがに参るぜ。」

 そうこぼすのはウィザードだ。

「そうね。でも、あの犠牲者の殺害された様子からして今回の通り魔事件がトワイライト卿の一件と何らかの関係があるのは確かよ。」

 ソーサラーはそう分析した。

「はやく解決して、人々の不安を取り除かないといけませんね。」

 ネクロマンサーも焦りをにじませる。


 この通り魔事件については、アカデミーの治安維持部隊や漆黒の渡烏の他、各ギルドも一斉に調査に乗り出しており、特にウィザードのギルドである『全国魔術師生活協同組合』は精力的にその調査にあたっていた。しかし、その全容はようとして明らかにならなかった。増え続ける犠牲者に政府もアカデミーも業を煮やしていたが、その惨劇が、文字通り常にいずれかの「通り」で起こることだけは、明らかになりつつあった。

 そのため、深夜の辻々では物々しい警邏体制が敷かれるようになっており、3人も、ルートを決めて、毎夜警戒にあたっていた。


 1月中旬の極寒の時期である。深夜の警邏は困難を極めるものであった。雪深い中を、今夜も3人は、サンフレッチェ大橋から、マーチン通りを南に抜け、アカデミー前を通って、リック通りへと差し掛かっていた。


「それにしても寒いな。こうも冷えると体に堪えるぜ。」

「そうね。このところマークスについての新しい手掛かりも得られないし…。」

「確かに、手詰まり感が強いですね。」

 そんなことを話しながら周辺の警戒にあたっていた。


 雪はどんどんと降り積もり、魔法社会全体を真っ白に覆って、その一面の銀世界を月明かりが怪しく照らし出していた。遠くで犬の遠吠えが聞こえる。そのほかに耳に入るものといえば、雪を刻む足音だけであった。時間の経過とともに一層冷え込みが厳しくなる。


「それにしても、いくら『通り魔』だからって、こうも毎回どこかの通りでおこるもんかよ?」

 ウィザードが不思議そうに言う。

「まぁ、『通り』で起こるから『通り魔』って言うんじゃない?」

「でも、その指摘には一理あります。何かを探しているんでしょうか?」

 3人がそんな会話をしながら、リック通りを抜けて東に進路を取ろうとしていた時だった。

 漆黒の闇夜に大きな悲鳴がこだました。

「通り魔だ!」

 声のする方に駆けつけてみると、そこには何とも惨たらしい犠牲者の姿があった。礫を繰り出すような魔法で、何度も身体を打ち付けられたようで、全身に打ち身と傷があり、ところどころ骨は砕かれ、街路樹にもたれかかるようにしてその哀れな人物は息絶えていた。

 3人はすぐさまあたりを見回った。

 ネクロマンサーは、死霊まで繰り出して一帯を捜索したが、残念ながら犯人の足取りを追うことはできなかった。

「どうやら、これは魔法使いの仕業ですね。」

 ネクロマンサーが見解を述べた。

「そうね。どうやら『転移:Magic Transport』の術式で移動しているようだわ。」

 ソーサラーも同意見のようだ。

「しかし、そうだとすると厄介だぜ。文字通り神出鬼没の通り魔ってことになりやがる。」

「とにかく、この件について当局に通報しましょう。」

 そういって3人は、アカデミーの治安維持部隊と連絡を取り、臨場した部隊員に今起こったことをわかる範囲で報告した。


「悲鳴が聞こえて駆けつけると、このご遺体があったということですね?」

「ああ、あたしたちが駆けつけた時にはもう犯人の姿はなかったぜ。」

「見た範囲では、魔法による危害のように感じられます。また、犯人のその素早い移動の状況から考えて魔法使いによる犯行ではないでしょうか?」

「しかし、『スカッチェ通り』で事件を起こした裏口の魔法使いはすでに処刑されているはずです。新手が現れたという情報は今のところないのですが…。」

 しばらく隊員と情報を交換した後、3人はアカデミーへと帰寮した。その夜はそれ以上のことは何もつかむことができなかった。


 翌日も、そのまた翌日もこれといった手がかりは得られないままに、犠牲者の数だけが増えていった。犯罪は次第に大胆になり、深夜帯のみならず、明け方や夕刻など陽がある時間帯にも起こるようになってきた。被害者に共通点はなく、完全な無差別犯罪で、魔法社会全体が大きく戦慄していた。政府およびアカデミーは一層の人員を繰り出してより厳重な警邏体制を敷いていたが、犯人にたどり着くことは容易でなかった。


 それから一週間ほどが過ぎた、雪が降りしきる特に寒い夜のことである。3人はその日も独自に調査と警戒にあたっていた。その日は、アカデミー前から西に進路をとって、マーチン通りを北に進み、サンフレッチェ大橋を抜けてスカッチェ通りへと向かっていた。北風が強く、上空でひょうひょうと空気が鳴いている。

「寒いぜ。」

 ウィザードがこぼす。

「本当ですね。この寒さはちょっと異常です。」

 ネクロマンサーも耐えかねているようだ。

「ねぇ、あれを見て!」

 そう言ったのはソーサラーだった。

 彼女が指し示す方向をみると、ちょうどスカッチェ大橋に差し掛かろうというところに、怪しげな魔法光を放つローブの人物の、何かを探すような姿たがあった。

 3人は、その人物に声をかけた。

「こんばんは。どうかなさいましたか?」

 ネクロマンサーがさりげなく切り出す。

「ご存じかと思いますが、通り魔が頻発していますから、安全な屋内へ移動してください。」

 ソーサラーがそう勧めた。

「おい、聞いているのか?」

 ウィザードがその意思を確かめるも、その人物は、何かぶつぶつと呪文のようなものを唱えながら、しきりにあたりを見回している。明らかに様子がおかしい。


「私たちは『南5番街22-3番地ギルド』の者です。お話を聞かせていただいてもよろしいですか?」

 ネクロマンサーがそう話しかけた時だった。

 その怪しいローブの人影は、さっと姿勢を変えて3人の方を振り向くと詠唱を始めた。攻撃術式だ!

 その手から炎が3人に向かってほとばしる。咄嗟にその場を離れて身をかわす3人。

「おい、てめぇ、何をしやがる!」

「暗号を…。」

 その人影はしきりになにかを呟いている。

「抵抗はやめなさい。あなたの身柄を当局に引き渡します。おとなしくしてください!」

 ネクロマンサーが警告をするが、聞く耳を持たない。その影は『転移:Magic Transport』の術式を繰り返して小刻みに瞬間移動しながら、3人に向かって襲い掛かってきた。

「おい、どうするよ!?」

「どうするって、やるしかないんじゃない?」

 ウィザードの問いかけにソーサラーが答えた時だった。今度はその手から稲妻がほとばしる。

「あぶない!」

 そういって、ウィザードがソーサラーの身体を横倒しに押しのけた。間一髪である。どうやらこいつが通り魔の犯人に違いない。警告に応じないのならば、撃退するまでだ。そう思い定めて3人はその人物と正面から対峙する。相変わらず、北風が上空でか細い鳴き声を上げていた。


 * * *


「しょうがねぇ、やってやるぜ!」

『火と光を司る者よ。我が手に炎の波をなせ。我が敵を薙ぎ払い、燃えつくさん。殲滅!炎の潮流:Flaming Stream!』

 ウィザードが火と光の高等術式を繰り出す。その手からは炎の潮流がほとばしり、その人影を包み燃やし尽くそうとする。

 直撃であった。しかし、その人影はその炎をものともせず、反対に『氷刃の豪雨』を繰り出してきた。

「障壁を!早く!」

 ソーサラーの声に呼応してウィザードが『炎壁展開:Fire Walls』の術式を行使して3人の周囲に障壁を展開する。しかし、襲い掛かってくる氷刃のいくらかは防ぐことができたが、障壁は瞬く間に破られ、3人はその刃に組み伏せられた。致命傷でこそないが、相当の傷を負っている。

 直撃を避けられたのは、ネクロマンサーが咄嗟に数体の霊体を召喚し、それらが身代わりになってくれたからで、非常に危ない局面であった。

「強い。」

 ソーサラーが呟く。

「もう一度!」

『慈悲深き加護者よ。我が祈りに応えよ。その英知と力をその庇護者に授けん。我が頭上に冥府の門を開き、暗黒の魂を現世に誘わん。開門せよ!暗黒召喚:Summon Drakness!』

 ネクロマンサーが霊体を召喚する。今度は数も多い。

「契約のもとに、我が敵を滅ぼせ!」

 彼女の命令で召喚された霊体は一斉に通り魔に襲い掛かる。その刹那!その手から虹色の光がほとばしったかと思うと、霊体はことごとく胡散霧消してしまった。相手は、耐アンデッド術式も心得ているようだ。

 それならばと、ソーサラーが『加重水圧:Hydro Pressure』の術式を繰り出す。通り魔はよけるそぶりも見せずにそれは直撃するが、やはり全く効果がない。

「そんなばかな!」

 ソーサラーも驚きを隠せない。

 またしてもそのローブの人影は詠唱を始める。今度は『衝撃波:Shock Wave』だ!とっさに防御行動をとるが、ほぼ直撃で、3人は後方に大きく吹き飛ばされ、橋の欄干に身体を強打した。衝撃で息ができない。痛みをこらえて相手を見据えるが、それはお構いなしに、次の詠唱を始めた。

「やられる!」

 3人は、目を固く閉じて、顔をそむけた。

 その時だった。

 あたりがまばゆい昼光の明滅に照らされ、通り魔に向けて稲妻がほとばしった。その稲妻には相当の威力があるようで、その影も身をひるがえして回避行動をとっている。あきらかに直撃を嫌っているようだ。その稲妻の出所を探すようにあたりを見回している。

 続けざまに、稲妻がほとばしる。その影は一歩、二歩と後ずさり、それを避けていく。なおも稲妻の襲来は続き、ついにあきらめたのかその人影は『転移:Magic Transport』の術式を行使してその場を去っていった。

 ようやくその場に静けさが戻る。雪は相変わらず降り続け、上空では風が鳴っている。

「助かったのか…?」

 ウィザードはあたりを見渡すが、雷撃で援護してくれた者の姿はもうあたりにはなかった。

「いったい何なの?」

 ソーサラーも慄いている。

「誰かわかりませんが、命を救われましたね。」

 ネクロマンサーがゆっくりと立ち上がった。橋の欄干に強打した身体が激しく痛む。氷刃による傷もあって、立っているのがやっとだった。

「なんてやつだ…。」

「あんなの相手じゃ、命がいくつあっても足りないわね。」

「そうですね。とにかくこちらの魔法が通用しないのが難点です。」

 3人は顔を見合わせて落胆する。

 ひとまずその場はネクロマンサーの回復術式でいくばくか傷を癒し、警邏中の治安維持部隊隊員に状況を説明して犯人の風体を伝えてから帰寮した。完全な敗北であった。

 

 雪はなおも降り続き、さながら吹雪の様相を呈してきた。風の鳴き声は一層するどくなり、耳の奥が痛いようにさえ感じる。相手は相当に強力だ。果たして対抗できるのか?3人の胸中には恐怖と不安が渦巻いていた。


 * * *


 翌日3人は『アーカム』にいた。昨晩の報告と、通り魔への対策を相談するためである。相手が高等術式をものともしないという事実は驚愕であった。

 今日のドアは引き開きで、少女アッキーナが3人を出迎えてくれた。

「いらっしゃい。」

 そういうとアッキーナは3人にお茶を勧めてくれた。今日は『ベルガモント』だった。


「アッキーナ、今日はマダムはいらっしゃらないの?」

 ソーサラーが訊ねると、少女はふるふると顔を横に振った。

「そう…。困ったわね。」

 そういうソーサラーに、アッキーナが言った。

「何があったのか話してください。できるだけ力になります。」

 実は…、そういって3人は昨晩の事情を彼女に説明した。それを訊いた彼女は小首をかしげてからこういった。

「基礎魔法威力の不足です。」

「それはわかってるけどよ。あたしたちじゃ高等術式までしか使えないんだ。それがああも効かねぇとなると手の打ちようがないぜ。」

 ウィザードが焦りをのぞかせた。

「どんな下着を着てる?」

 アッキーナがひょんなことを訊いた?

 3人はよくわからないという風に顔を見合わせる。

「あたしは、そこらの店で売ってる普通のやつだよ。」

 ウィザードがそう答えた。

「私は、ロコット・アフュームのです。」

「私は、今日はラヴィ・ムーンよ。」

 ネクロマンサーとソーサラーもその日の一着を報告した。

「それではだめです。」

 少女は、真剣なまなざしで言った。

「魔法使いたるもの、準備は重要です。特に着衣は魔法力の強化に重要な意味を持っています。」

「それは知ってるけどよ。だから、こうして『輻輳の手指』に『増魔のリボン』、『増魔の魔靴』にローブまで、最適なものを選んでるぜ。」

「基本がなっていません。」

 アッキーナは毅然と言い放った。

「基本っつてもよ。」

 ウィザードは動揺する。

「おしゃれの基本は下着です。魔法力強化の基本もまたしかりです。」

 普段口数の少ない少女アッキーナが今日は妙に雄弁だ。

「ちょっと待っててください。」

 そういって、彼女は店の奥へと姿を消した。

「どう思う?」

「さぁ?」

 そんなことを言っていると、奥からアッキーナが戻ってきた。両手いっぱいに下着らしきものを携えている。

「よっこらしょ、っと。」

 そう言って彼女はカウンターにそれらを並べて見せた。

「まずはこれ、『炎熱のビキニ』。これは火と光の領域の魔法特性を著しく高めます。これを着ていれば、相手に魔法が届きます。」


「といってもこれ燃えてねぇか?こんなの着られるのかよ?」

「着られる。熱いけど。」

「熱いのかよ!」

 少女がこくこくと頷く。

 続いてソーサラーの方を向いて別の下着を示した。

「これは『氷結のビキニ』。水と氷の力を大きく引き出す。ただ、冷たい。」


「もうひとつは、これ。『死霊のランジェリーセット』。冥府の門に直接アクセスできる力を得られる。対霊術式に耐性のある霊体を召喚できる。」


「これらを着て戦えば、きっと勝てる。」

 アッキーナはそう言った。

「でもよ、アッキーナ。この店の商品ってことは呪われているんだろ?」

 少女は当然という面持ちでこくこくと頷く。

「そこは否定してほしかったぜ。」

 ウィザードがうなった。

「それで、アッキーナ。これは実際にどう呪われてるの?」

 ソーサラーが訊ねる。

「『炎熱のビキニ』と『氷結のビキニ』は着ている者の体力を徐々に奪う。そして、『死霊のランジェリーセット』は長く着ているとレイスになってしまう。だから、どれも着ていられる時間は短時間。どんなに長くても3時間以内には脱がないといけない。」

 アッキーナはそう説明した。

「反対に言うと、3時間以内であれば、十分な魔法威力の向上を得られるってことだな?」

「そう。」

 少女はやはりこくこくと頷く。

「相手はたぶん人間じゃない。だから、相当に魔法威力を底上げしないと通用しない。準備が大事。肝心な時には勝負下着。」

「わかったわ。アッキーナ。試してみる。」

 ソーサラーが意を決したようにそう言った。

「ほかに何か気を付けることがありますか?」

「ない。とにかく3時間。時間だけ守って。」

 幼いアッキーナはそう言って、お茶を飲んだ。

「でもよ、そんなに魔法威力を底上げしたら、魔力枯渇を起こさないか?」

 もっともな懸念だった。

「大丈夫。呪われているかわりにその心配はない。とにかく時間。時間だけが重要。」

「わかったわ、アッキーナありがとう。」

「大丈夫。」

 そういって少女はふるふると首を横に振った。


 しばらく今後のことについて相談したのち、3人はアーカムを後にした。身を切るような寒さがあたり一面を覆っている。しかし、下着を変えたくらいで本当にあの強大な力に対抗できるのか?しかし、今はアッキーナの提案に乗るよりほかに手がないのも事実であった。


 3時間というのは思いのほか厳しい。というのも相手とすぐに遭遇できる保証はないからだ。警邏中にも時間は経過していくわけで、そのあたりをいかに調整するか、3人は思案した。そして、毎夜22時から翌1時まで捜索をすることに決め、万一の時にはその呪われた着衣をすぐにでも脱ぐことができるように、着替えを持参するということで話が決まった。


 雪と風は一層激しくなり、今夜は吹雪そうな気配だ。マークスを逆順にたどる3人をその雪と風が容赦なく襲った。今夜もう一度!3人は静かに逆襲を誓う。


続く。

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