第3章 第1節『決戦!ウィザード対ソーサラー』

 あれからちょうど1年が過ぎた。


 ハンナの回復は目覚ましく、かつてのような異常性を見せることはなくなって、すっかり落ち着きをとりもどした。むしろ、以前よりも素直になり、克己心を強めて他者への配慮を見せられる強さを獲得したようですらある。思わぬことに、今ではリズと親交をあたためるようになった。もちろんそこに、リズの献身と慈愛があることは言うまでもないが、ハンナもまた、自己の弱さと欠点、寂しさと劣等感を受け容れながら、しかし懸命に明日に向かっていこうとする強い決意を見せているのだろう。服薬はまだ続いているが、いつか彼女が、彼女らしい生き方を獲得する日は、決して遠くない。


 幸いにも、みな、初等部の修了試験『魔術と魔法に関する一般教養試験』に合格し、中等部へと駒を進めることができた。学内では、ソーサラーが修了試験で1位を獲るであろうとの専らの評判であったが、主席を獲得したのは、ウィザードであった。彼女の懸命な努力は、徐々に、しかし確実に形を成してきているようである。ネクロマンサーもまた優秀な成績を収めて両科の過程を終えた。唯一、勉強嫌いのウォーロックだけは、教授の温情による追試によってかろうじて進級を得たが、彼女の名誉のためにも、その詳細は伏せておくべきなのかもしれない。


 今日は、中等部として初めての『全学魔法模擬戦大会』の当日である。『学年別トーナメント』の準決勝において、ウィザードとソーサラーが、今あいまみえている。彼女たちは中等部1年にして、すでに空中戦を演じるようだ。両者ともに、反重力作用をもつ『虚空のローブ』をしっかりと着こなし、競技フィールドで試合開始の合図を待っていた。


 * * *


「よう、ついにこの日が来たな!あたしらが当たるにゃ、カードが1枚早いけどよ。」ウィザードが不敵に笑う。

「そうね。まずはここで試験の借りを返させてもらうことにするわ。」

「さて、それはどうかな?今のあたしは一味違うぜ!」

「あらそう?私のとっておきを皆に披露する絶好の機会になるのかもね。」

「あれはもう見飽きて済んだ。」ウィザードが強気を見せる。

「言ってくれるわね。その続きは私に勝ってからよ。」負けないソーサラー。

 ふたりの間に健全な緊張感が高まる。この1年でふたりは本当の意味での好敵手となった。特にウィザードの成長には目を見張るものがある。


「競技者準備!位置に付け!」

 審判の声がこだまする。いよいよだ!

「学年別トーナメント、中等部1年、準決勝!1本勝負…。」

「はじめ!!!」


 ついに火蓋が切って落とされた。

 高度を変えながら、速度に巧みな緩急をつけてフィールドを旋回するウィーザード。ソーサラーは空中の1点で体を回転させながら彼女の動きを追っていく。


 この競技大会の出場選手は、本当に魔法をぶつけ合うが、あくまで模擬戦であるため『競技採点の制服』をローブの下に身に付けている。それは、被弾した魔法を身体的ダメージから点数へと変換する魔法媒体で、それにより高等術式が直撃したような場合でも、選手自身が身体的損傷を負うことがないよう工夫されている(なお、『競技採点の制服』は双方が着用していなければ効果はない)。そのため、各出場選手たちは、互いに手加減をすることなく、全力でぶつかりあうことができる、文字通りの『模擬戦』なのだ。そして、先に相手に100ポイント分の損傷を与えた方が勝利を得る。


「どうくる?」

 ソーサラーは身構える。ウィザードの力はほんの1年前とは比べ物にならないものだ。あらゆる領域の術式を身に付け、最近では錬金術もこなすようになったと聞く。旋回しながらなにかぶつぶつやっているようだが、そんなことは関係ない。模擬戦はスピードと手数、仕掛けてみるか!?

『水と氷を司る者よ。我が呼び声に応えよ。水流を圧して力と成せ。いまそれを解き放たん!加重水圧:Hydro Pressure!』

 ソーサラーは高圧の水砲を、ちょうどその頭上に差し掛かったウィザードを待ち構えるようにして撃ち放った!

 その軌道は見事で、狙い通りにウィザードに命中する!

 やった!?…いや…違う!点が入らない、シールドだ!

 ウィザードはただむやみに旋回運動を続けていただけではなく、的を小さくしながら、実に巧みに魔法障壁を周囲に展開してた。


 ずいぶんやるようになったものね!

「へへ。」ウィザードが笑って見せる。

 それを見守る場内がらひときわ大きな歓声を上がった。

 それならば!

『火と光を司るものよ。水と氷を司るものとともになして、わが手に力を授けん。火と光に球体を成さしめて我が敵を撃ち落とさん!砲弾火球:Flaming Cannon Balls!』

 詠唱と共にソーサラーは矢継ぎ早に複数個の大型の火球をウィザードに向かって繰り出した。その速度は非常に速い。さすが天才と言われるソーサラーだ。相反する属性の術式でもその力を十分に引き出している。


 ウィザードは飛ぶ軌道を鋭く変えて回避行動をとるが、多角的に動く火球の方が巧みで速く、回避が間に合わない。そのうちの幾つかが命中した!今度こそ!…、!?、どういうことだ?やはり点が入らない!

 ウィザードはなんと氷壁(火と光から身を守る障壁)をも同時に展開していた。すなわち、彼女の空中旋回には、対戦相手と距離をとりながら、属性の異なる障壁を二重に展開するという戦術的意味があったわけだ。


 この魔法世界における魔法障壁は、どれもその障壁の属性と相反する属性の攻撃(及び物理的な干渉)は防ぐが、同じ属性の攻撃は貫通してしまう特性をもっている。ウィザードはソーサラーが火と光の領域の魔法を行使するであろうことを予め計算に入れていたのだ。


 この私を読んでいたというの?あの子が!?ふふっ、見事ね!


 さしものソーサラーも、そう何度もむやみに大技を繰り出したのでは、魔力が続かない。競技中の魔力枯渇は相手に100ポイントが入る。すなわち負けだ。

 冷静なソーサラーは、ウィザードが空中を移動するその軌道を慎重に観察した。ふと、あることに気づく。


 おかしい…。男子学徒側の観覧席の間近を通るときにだけウィザードは何かに気をとられているように見える。空中移動の制御に不自然さがあるのだ。なんだろう?さらに注意深く観察すると、そのタイミングでウィザードはスカートの裾をしきりに気にしていた。なるほど!そこでは例の名物教授が、光学魔術記録装置を手にうろうろしている。取り巻きたちも同様だ。そういうことか!相手の隙を突いて攻めることはもちろん考えたが、それでは面白くない。そう思って声をかける。


「ねぇ、そんなことを気にしながらじゃ、私には勝てないわよ!」

 ウィザードを挑発する。

 バレたか、という顔をするウィザード。

「うっせぇ、別にそんなんじゃねぇよ。」

 スカートの裾をしっかり押さえて高速移動しながた、ウィザードが強がって見せた。

「大丈夫よ。誰もあんたのなんか見えたって喜びはしないから!いつまでもそんなことをしてるのなら、そろそろとどめを刺すわよ!」


 このソーサラーには『氷刃の豪雨:Squall of Ice-Swords 』という切り札がある。これは数多の氷の剣を一気に相手に向かって繰り出すという高等術式で、その数と威力が桁違いであるために、少々の障壁ではとても防ぎきれない。お互いにそのことは織り込み済みだ。


「うっせぇ、やれるものならやってみやがれ!」

 どうやら雑念から解放されたようだ。それでいい。ここからが本番だ!ウィザードが下から上までまっすぐ、矢のような速さで移動してくる。しかし加速が単調で動きがまるわかりだ。今よ!

『閃光と雷を司りし者よ。我に力を!厚い雲を幾重にも積み上げよ。そこから光と稲妻を放ち我が敵を蹴散らさん。招雷:Lightning Volts!』

 上空から無数の閃光と稲妻の束が、ウィザードを網にかけるように降り注ぐ。ウィザードは錐もみ状に旋回して回避を図るが、閃光と稲妻の数が多すぎる。そのうちのかなりの数がウィザードの身体をとらえて打った。ウィザードはひるみながら防御行動をとっている。決まった!

 電光掲示板が青字(ソーサラー側)で40と表示する。


「ちきしょう、さすがだ!やりやがる。しかし!!」

 そういうが早いか、ウィザードは間髪入れず隼のごとく一気に加速してソーサラーのすぐ側面に迫った。うそ!しまった!

「いただき!『衝撃波:Shock Wave!』」

 衝撃波がソーサラーの脇腹に直撃する。彼女はようよう防御行動をとりながら、それでも体勢を立て直した。電光掲示板に30という字赤(ウィザード側)が灯る。接戦だ。


「やってくれるわね!」

「だから言ったろ。今のあたしは一味違うって。」

 そう言いつつ、ウィザードの高速旋回が続く。今度はどこから来るの?ソーサラーにも若干の焦りが見える。ほんの一瞬その姿が視界から外れたその時だった。男子学徒側の観覧席の直上から、ウィザードが『竜巻:Tornade』の術式を放つ。ちょうどそのときの位置関係から、ソーサラーにとっては死角になっていた。なによ!?まずい!!

 不意を突かれて回避行動がとれなかった彼女の身体は竜巻にもろにのまれ、帯電した激しい渦の中で、空気の荒波にもまれた。どうにか振りほどいて、再び体制を立て直すが、ダメージは大きい。奇襲を二度も成功させるとは、やるわね!


 電光掲示板が赤字で80を灯す。

 大歓声とともに、魔術記録装置の照明の瞳が矢継ぎ早に光を放った。


「へへ、あんたらしくないじゃないか。どうやら次で決まりだな。」

 余裕を見せるウィザード。

 肩で息をしながらもソーサラーは言う。

「どうかしらね?でも、ここで私にこれを使わせたことだけは褒めてあげるわ。終わりよ!」

『水と氷を司る者よ。我は汝の敬虔な庇護者也。わが手に数多の剣を成せ。氷刃を中空に巡らせよ。汝にあだなす者に天誅を加えん!滅せよ。氷刃の豪雨:Squall of Ice-Swords!』

 詠唱が終わるや否や、数えきれない数の氷の刃がウィザードめがけて降り注ぐ。急旋回と急加速を繰り返し、緩急をつけて飛ぶことで必死の回避行動を見せるが、あらゆる角度から矢継ぎ早に撃ち出されるその刃のすべてをかわすことは到底不可能であった。

「ちきしょう、やっぱかなわねぇ…。」

 そのうちのいくつかは展開していた障壁が阻んだが、多勢に無勢、立て続けにふりかかる後続の無数の氷刃に障壁は打ち破られ、直撃を受けたウィザードはそのままフィールドに落下した。電光掲示板が青字で100を灯す。


「わあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 観客席からは大歓声が巻き起こり、魔術記録装置の照明の目が波のようなまばゆさを放って輝き煌めく。ソーサラーの逆転勝利だった。

「あの子が私にこれを使わせるなんてね…。」

 少し悔しそうな、しかし、どこか満足そうな調子でソーサラーは呟いた。ウィザードはフィールド上で大の字になっている。

「やっぱ、天才はすげぇや。」その胸と肩は大きく上下していた。


「試合終了!100対80、勝者、ソーサラー科中等部1年代表!」

 再び大歓声と光の目の輝きの波が訪れた後、スタジアムには進行を告げるアナウンスが鳴り響いた。


 * * *


 決勝戦までに、中等部2,3年生の準決勝その他の試合が入るため、少し時間があった。競技フィールドから引き揚げてきたふたりは、観覧席に手近な空席を見つけて、並んで腰を下ろした。

「やっぱ、あんたすげえよ。でも、あれは反則だぜ。」

「あらそう?でも言ったでしょ。褒めてあげるって。あなたは十分強いわ。」

「よせやい。」ウィザードは照れくさそうに鼻の下をぬぐった。

「急接近しての『衝撃波:Shock Wave』とは考えたわね。まんまとやられたわ。」

「だろ?自分でもいい線行ってたと思うぜ。初等術式は詠唱がほとんどいらねぇからな。いけると思ったんだ!あんたの『招雷:Lightning Volts』だってすげえぜ。水と氷以外のソーサラーなんてそうそういねぇ。」

「でしょ?」そういってふたりは笑った。


「そういえば、あなたでもあんなこと気にするのね?おっぴろげでも全然無頓着なのかと思ってたわ。」

「ばかいえ、あたしだって乙女だぞ。気にするさ。あんな馬鹿でけぇ『魔術記録装置』なんか持ってきやがって。気が気じゃねぇんだよ。なんだってんだ。」

「乙女!?乙女って言ったの!?だれ、だれのこと?」

 ソーサラーがいたずらっぽく詰め寄る。

「あたしに決まってるだろ。こんな乙女そうそういねぇよ。」

「確かに。」思わず吹き出すソーサラー。

「なっ!?どういう意味だよ、それ?」

「あなたが言ったんじゃない。」


 こうしてふたりは決勝戦の始まる少し前まで、眼前で繰り広げられる他学年の準決勝の行方などを見守りながら、しばし談笑した。

 ほんの1年と少し前までは、このような光景を目にする時がくるとは思われなかった。例の出来事は苛烈をきわめたが、しかしそれは結果的には様々な人の縁を取り持つ契機ともなったのだった。


 ウォーロック科のユリアという少女と対峙した決勝戦は、全く無難にソーサラーが勝利して、中等部1年の優勝を飾った。試験と大会、これで引き分けである。中等部の団体戦では、ハンナもチームに復帰し、それはそれは見ごたえのある戦いを披露した。しかしその準々決勝で、ソーサラー科のチームのメンバーのひとりが相手の術数にはまり、むやみに中等術式を連発したことで競技中に魔力枯渇を起こし、残念ながらそこで敗退となった。しかし、試合後、ハンナがその選手を責めることなどはなく、むしろ健やかな笑顔でチームメートの健闘をたたえていた。競技場から観覧席に移動してきたとき、そこには、例の解毒剤を持って彼女を迎えるリズがいて、昨年のことがまるで嘘のようであった。


 * * *


 ネクロマンサーは、看護科の救護班の方で大活躍しており、一日中忙しく救護・看護に奔走していた。熱中症や魔力枯渇はあとを絶たず、彼女たちもまた、この競技大会の裏方の主役としてその役割を存分に果たしていた。実のところ彼女が、看護科専攻の僧侶や聖女たちよりも、周囲の密かな人気を集めていることは公然の秘密となっていた。

 余談であるが、初等部4年生の時、彼女が死霊科の制服を着て看護学部の講義に出たときは、それが闇市の翌日であったこともあって、様々な憶測を呼んだ。制服の再支給申請はしてみたそうであるが、結局、汚損品との引き換えでなければだめだというアカデミー側の主張は曲げられず、初等部卒業まで彼女はずっと死霊科の制服で看護科の授業に出る羽目になったそうだ。それゆえ彼女には『黒衣の天使』という二つ名がある。しかし、それもまた、今となっては懐かしい日々の思い出である。


 ただ、ここにウォーロックの姿はなかった。どうやら今年は大会参加をサボタージュしたらしい。もしかすると、今日も『アーカム』を訪ねているのかもしれない。このところ彼女は、かなりの時間を『アーカム』で過ごすようになっていた。

 なお、彼女の進級試験について、少し詳細を明かしておくべきかもしれない。彼女は当初全くの無準備で試験に臨んでおり、知識を問う類の問題の出来は目を覆わんばかりであった。しかし、魔法学の理論と神秘の倫理に関する記述式問題の解答が、年齢不相応に極めて優れたものであったため、担当教授は彼女に追試の機会を与えたのであった。温情によって追試機会が与えれたというのは、実はレトリックにすぎない。追試についてはきちんと準備をして臨んだようで、その出来は実に満点に近く(一説には主席のウィザードより得点は高かったとも漏れ聞く)、彼女の進級会議では、その出来の良さに驚きを隠さないばかりか、絶賛する教授さえいたという。それほどの実力を秘めている彼女が、なぜ勉学とは違う方向に多くの関心を寄せるのか、果たして何がそれほどまでにその若い好奇心を捉えているのか、その時点ではまだ誰にもわからなかった。


 9月の風がさわやかにアカデミーに吹き付ける。

 少しずつ秋が深まっていく。


続く。

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