第2章 最終節『努力と才能、可能性とその外延』

「ここね。」

 今4人は、ハンナが教えてくれた『スカッチェ通り』の脇に入り組むいくつかの裏路地のうち、35段の石段のある場所にいた。彼女の言う通り、狭い階段が下の路地から上の路地へと続いており、その段数は下から数えると確かに35段あった。上の路地には古びた集合住宅のような建物がひしめいているが、いまのところ商店らしいたたずまいは確認できない。

 彼女が教えてくれた、そこに至る魔法を実践する必要があるようだ。

「とにかく、ハンナが教えてくれた通りにやってみましょう!」

 ウォーロックの言葉に続いて、4人は石段を登り始めた。その石段は、狭い横幅に似合わず、その中央を不自然な亀裂が貫いており、各段は確かに左右に分離しているように見えた。最初は確か左端をのぼるのだ。

 慎重に数を数えながら登っていくと、それは確かに35段あった。次はそのまま左端を降りる。段数を数えてみるとのぼったときと同じ35段ある。ある意味当然だ。ハンナはもう一度、左側をのぼれといった。

 石段の中ほどに差し掛かったあたりから、こころなしか晩夏のこの時期とは思えない肌寒さを4人は覚えた。ほどなくして上の通りに到着する。問題は次だ。ハンナは、次にその石段の右端を降りろと言っていた。その際、慎重に数を数える様にと言い添えて。

 その通りに実践してみる。1、2、3…、慎重に足元の階段を数えながら下まで降りた時に、一同は顔を見合わせた。

「36段ある!」

 さきほど感じた肌寒さが一層強くなった。あたりがほんのりと霧に覆われてきたように思える。

「次でたどり着けるはずね。」ウォーロックはそう言った。

 4人の顔に緊張が走る。

「最近、こんなのばっかりだな。」とウィザード。

 ソーサラーは興味深そうにその黄金色の瞳を美しく輝かせている。

「さぁ、行きましょう!」ネクロマンサーが先導した。

 石段を登るにしたがって、肌寒さは一層ひどくなってきた。もう肌寒いというより明らかに寒い。

「くそ、えらく寒いじゃねぇか。」ウィザードがこぼした。

 いよいよあたりの霧も濃さを増してくる。足元も白く覆われ、階段の段差を目視するのが難しくなってきた。上の路地は真っ白で、そこに何があるのか、石段の途中からでは認識できなくなった。

 それでも4人は進んでいく。ついに上の路地に出た。あたりは濃霧に覆われて満足に状況が分からない。『スカッチェ通り』はさびれた地区だが、倉庫街などがあるためそれなりに人の往来やその声が絶えることのない場所だ。ところが気が付いてみると周囲は不気味な静寂に包まれていた。

 あたりを慎重に見まわす4人。

「あったわ。」とソーサラーが言う。

「ここのドアの上の小さな表札に『P.A.C.ストア』とあるわね。」

「どうやら、ここで間違いないようですね。」ネクロマンサーが確認した。

「みんな、心の準備はいい?行くわよ。」

 ウォーロックがみなを促して、そのドアノブに手をかけた。

「いつでも、いいぜ!」ウィザードは強気だ。

 押すのか?引くのか?

 そんなことを考えながら、ウォーロックは試しにドアを引いてみた。はじめてアーカムを訪れた時と同じように…。

 ドアノブがかちゃりと音を立て、思いの外新しいその木戸は静かに開いた。


 * * *


 店内は青白くぼんやりとした間接的な明かりに照らされていた。外観よりも店内はずっと広い。ちょっとした競技用フィールドくらいの広さはあるかもしれない。そのだだっ広い感じが独特の不気味さを演出していた。おそらくここも内部の空間を魔法的に拡張しているのだろう。


 店内には、その内周を取り囲むように商品棚が整然と並んでおり、各棚には怪しげな物品がところせましと陳列されていた。4人は2人ずつ二手に分かれて、店の中を見て回り始めた。干からびた黒い人骨のようなもの、なんとも不気味な色の光をほんのり放つ液体を詰め込んだ薬瓶、衣類や装具、その他には、きっと偽物であろうが法石のようなものも扱っているようだった。神秘というよりは不気味な感じで、どの物品も『アーカム』のものとは少し違っている。それは、いわゆる品物の級の違いであるように思えた。


 特筆すべきは、その店の一角に、最近誕生したばかりの『錬金銃砲』とその弾丸にあたる『法弾』の専用コーナーがあったことだ。それは非常に充実していて、それらがこの店の目玉商品であることに間違いなかった。特に法弾の種類が豊富で、一般の錬金法弾はもとより、『魔法銀の法弾』から、貴重な『炎鉄の法弾』まで各種が取り揃えられていた。さながら違法銃砲店といった装いである。


「あったぜ!」ウィザードが小声でそう言った。

 三人は、その声のもとに集まった。彼女が指さす先には、あのまがいものの『クリスタル・スカル』とまったく同じものがショーケースに収められていた。

「ここで、間違いなようだな。」

「そうね。あとは『ケレンドゥスの毒』を探し出さないと。」

 ウィザードとソーサラーがそんなことを話しているときだった。青白く不気味に薄暗かった店内がぱっと一気に明るくなった。


「いらっしゃいませ。お買い物ですか?」

 聞き覚えのない、何か軽薄でいやらしい感じの声がそのやたらだだっ広い店内の奥から聞こえた。まもなくして、その声が姿を現した。それは、やせこけた30前後の比較的若い男で、薄気味の悪い真っ黒なローブを身に付け、酒にでも酔っているかのような足取りで4人に近づいてきた。


「P.A.C.ストアへようこそ、今日は何をお探しで?」

 男は言った。

 刹那、ウィザードがとびかかりそうになるのをソーサラーが静止して、4人はその男と対峙する。


「『ケレンドゥスの毒』を探しに来ました。取り扱いはありますか?」

 ネクロマンサーが男にそう語り掛けた。

「それはそれは、ございますとも。そういえば、みなさんお若いのにずいぶんとこわばった表情をしておいでで。特にそちらのブロンドのお嬢さんは、どうにも怒りっぽくていらっしゃる。お疲れが溜まっているのでしょう。そんなみな様にあれはうってつけの商品でございます。」

 そう言って男はにやにやと笑った。

「こちらでございます。」

 男についていくと、そのだだっ広い店内の中央に配置された大きな陳列台の真ん中に、いかにも目玉商品でございという体でそれは陳列されていた。

「おいくらほど、ご入用で?」そのにやにや声が問うてくる。


「全部よ。」ウォーロックが毅然と言い放った。

「おやまぁ、それは何とも景気のいいお話しで。よいですとも、この棚の上のすべてをお譲り申し上げます。」

「そういう意味じゃないわ。」ウォーロックが声を厳しくする。

「そう、おっしゃいますと?」

「金輪際、それが市場に出回らないように、原料の残りかすまで、全部いただくわ!」

「なるほど、なるほど。そういう御用で…。」男の声の調子が変わった。

「みなさまは、治安警察かなにかのお方ですか?それにしてはずいぶんとお若くいらっしゃるようですが。」

「違うわよ。そんなんじゃないわ。」ウォーロックは続けた。

「へぇ?それじゃあまたどうしてそのようなご注文を?」

「友達のためよ。あと、そうね。あなたのそのイライラする口を黙らせるためかしら?」ウォーロックが挑発して見せる。

「左様でございましたか。私どもも商売でございますので。その邪魔しようという方々にはそれなりのおもてなしをしなければなりません。」

 そう言うと、男は店の奥を振り返って、指笛を鳴らした。

 それを聞いて、奥から7人の用心棒らしきのが姿を現した。

「おい、こいつらを始末しろ!」今までとは全く異なる攻撃的な声色で、男は命じた。


 連中が襲い掛かってくるが、そうなることは織り込み済みだ。互いに少しずつ距離をとって、4人はさっと身構えた。


 男たちは手に光るものを抜いた。

「どうやら、魔法使いではないようね!それなら!」

 そういうが早いか、ソーサラーは詠唱を始める。

『水と氷を司るものよ。この手に氷の礫を繰り出す力を与えたまえ。氷礫:Ice Balls!』

 さすが天才と言われるだけのことはある。1回の詠唱でその手が繰り出す氷礫の数はハンナの魔法の比ではなかった。20個近い氷礫が、2人の男をに襲い掛かり、その身体や頭を矢継ぎ早に強打する。氷礫に急襲された2人は、その場に伸びた。

「やるじゃねえか!じゃあ次は私の番だ。どうせこんな店、ぶっ壊しちまっていいだろ!」そう言うとウィザードは詠唱を始める。

『天候を司るものよ。水と氷を司るものとともにしてわが手に雲を成せ。空気を振動させ、風を巻き起こせよ。周囲を飲み込め!竜巻:Tornade!』

 店内を大きな竜巻が駆け巡る。陳列棚はひっくり返り、商品は舞い上がる。その後、ガラガラと耳の裂けるようなけたたましい音を立ててそこら中に散らばった。その竜巻は、更に2人の悪党を捉える。彼らは竜巻に飲み込まれ、そのなかでもみくちゃにされながら、左右の壁に激しく打ち付けられて、そのまま動かなくなった。あと3人だ。用心棒をけしかけたその男は、最奥のカウンターに身を潜めている。

「私たちも負けてはいられないわね!一気に片付けてやるわ!」

『水と氷を司るものよ。その水を穢して毒を成さん。霧に変えて我が敵を蝕め。毒の霧:Poison Cloud!』

 ウォーロックはその両手から濃緑の毒々しい霧を発生させ、残る三人の悪党どもを包み込んだ。男たちは、初めはその霧を払おうと手にした剣やらその他の武具を懸命に振り回していたが、次第にその動きは緩慢にになり、やがてもがき苦しみ始めた。毒が効いたようだ!なすすべなくその場に倒れ込んでいく。

「ざっとこんなものね。」ウォーロックがそういうが早いか、別の詠唱が始まる。

『現世に漂う哀れな霊の残滓よ。我と契約せよ。我が呼び声に応えるならばその彷徨える魂に仮初の影を与えん!魂魄召喚:Summon of Ghost(s)!』

 詠唱を終えるとネクロマンサーは5,6体の霊魂を召喚し、店の最奥に身を潜めていたあのにやにや男にけしかけて取り囲み、ついに追い詰めた。


「くそう、役に立たねぇ野郎どもだ。」男は悔しそうに舌打ちしている。

4人は男に詰め寄った。

「さぁ、ありったけの『ケレンドゥスの毒』を出してもらうわよ。

「さっさとしやがれ、さもねぇと…。」

 ウォーロックとウィザードが距離を詰める。

「なめやがって。これで終わりだと思うなよ。」

「なによ?これ以上、どうするっていうの?」

「へへ、こうするのさ!」

 そういうと男は詠唱を始めた。

『呪われた者どもよ、わがもとに集え。その穢れた力を用いて我が敵を滅ぼせ!Summon of P.A.C.!』

 大小様々の魔法陣が床に幾重にも描き出され、そのひとつひとつから全身黒づくめのおぞましい存在が姿を現した。


 ウォーロックとネクロマンサーには、その異形の姿に見覚えがあった。信じられないのはその数で、ざっと30は下らないだろう。

 4人は素早くそれらとの間に距離をとった。相手はいまやちょっとした軍団という様相を呈している。やられた!

「へへ、お嬢さん方。いかがなさいました?先ほどの威勢はどちらへ?」

 男と異形がじりじりと近づいてくる。

「形勢逆転だな!」

 確かにその通りだ、先の戦いでそれほどの魔力を消費したわけではないが、更にこれだけを一度に相手にするというのはどう考えても無理だ。しかも店内が無駄に広いため、効率よく逃げ出すということも難しい。そうこうにらみ合っているうちに4人はじわじわと店内の一角に追い詰められ、退路を断たれてしまった。万事休す。だれもがそう思って覚悟を決めた。

 その時だった!

『水と氷を司る者よ。我は汝の敬虔な庇護者也。わが手に数多の剣を成せ。氷刃を中空に巡らせよ。汝にあだなす者に天誅を加えん!滅せよ。氷刃の豪雨:Squall of Ice-Swords!』


 まばゆい光に包まれ両手を掲げるソーサラーの周囲にはおびただしい数の氷の剣が形成されていた。その瞬間、それらの氷刃は雨のようにして異形の集団に降り注ぎ、瞬く間にそれらをすっかり切り刻んでしまった。そのただなかで、あのへらへらした店主と思しき男もまた、全身を切り裂かれて息絶えていた。


 その場に、静けさが戻った。

「すげぇ…。」ウィザードはその茜色の瞳をこれ以上ないくらい大きく、丸くしている。ウォーロックとネクロマンサーも驚きを隠さない。

 銀髪の天才はその身に発散魔力の残滓をまといながら静かにたたずんでいた。

「今のって、高等術式ですよね!」

「しかも、大規模集団攻撃魔法だわ。」

 ウォーロックとネクロマンサーは顔を見合わせる。ウィザードはただポカンとしているだけだ。若干、初等科6年にして高等術式の大規模集団攻撃魔法を使いこなすとは、ソーサラーは評判以上の本物の天才であった。


「勘弁してくれ。」ウィザードがそうつぶやいた。

「あんたいったい何者なんだ。なんであんなのができんだよ!?」

「私のとっておきよ。今度あなたにも使ってあげるわ。」

 すずしい顔で、しかし親しみのこもった声でソーサラーはそう笑った。

「いや、勘弁してくれ…。まじですげぇ天才だ…。」あの勝気がすっかり黙り込んでしまう。


 いずれにしても、4人は危機を脱することができた。あまりの衝撃にしばらくぎこちない空気がその場に流れたが、しかしやがて4人は当初の目的を思い出す。

「『ケレンドゥスの毒』を持ち帰りましょう。」ウォーロックがみなを促した。

「そうですね。」ネクロマンサーも続く。

 ウィザードの竜巻とソーサラーの氷刃によって店内はすっかりめちゃくちゃだったが、幸いにして『ケレンドゥスの毒』はすぐに見つかった。

「とりあえず、在るだけ全部持って帰りましょう。」

「そうですね。」

 4人はあちこちに散らばったその毒の小包をあるだけ全部拾い集めて、一つの大きな荷物にまとめた。

「それじゃあ、とりあえずこのまま『アーカム』に向かいましょう。」

 ウォーロックの提案にみな賛同し、その狂乱の法具屋を後にした。帰り方がよくわからなかったが、1度石段の左側をそのまま降りるだけで、気温は元に戻り、霧はすっかりはれていった。どうやら、完全に同じ逆順を辿る必要はなかったようである。

 そのまま4人はマーチン通りまで移動して、そこからいつものようにマークスをたどって『アーカム』を目指した。


 * * *


 今日の扉は押し開けだった。そんなわけで、4人を少年アッキーナが出迎えてくれる。いつものアーカムのカウンター。


「おかえりなさい。首尾よく『ケレンドゥスの毒』は手に入ったようですね。」

 その姿を初めて目にするウィザードとソーサラーのふたりは大いに混乱している。お決まりの場面だ。どういうことかをネクロマンサーがかいつまんでふたりに説明している。

「ええ、手に入ったわ。これよ。」

 ウォーロックが荷物を開いて、その中の『ケレンドゥスの毒』をアッキーナに渡して見せた。

「確かにこれです。これがあれば治療薬を作れますよ。ちょっと待っててくださいね。とりあえずの分だけこれから作ってきます。あとは在庫を置いておきますから定期的にここに買いに来てください。」

 そういうといつもの調子でカウンター裏の台所らしきところへいそいそと姿を消しっていった。しばらく時間がかかりそうなので、めいめい店内を散策することにした。ウィザードとソーサラーは興味津々である。ウォーロックは以前の経験を踏まえて、商品に触れるくらいはよいが、絶対に身に付けたり手に取ったりしないようにふたりにきつく忠告した。ここの商品はどれもそれくらい危険なのである。


 30分もしたであろうか、それぞれがそれぞれの興味に任せて店内を見て回っていたところに、アッキーナがカウンターに姿を現した。

「お待たせですよ、っと。」

 その声を聞いて4人もカウンターに集まる。

「これが治療薬です。朝昼晩、日に三回、欠かすことなく服用してください。最初は治療薬の方に副作用があって、不安が強くなったり、気分が悪くなったりすることがありますが、その症状は慣れればすぐにやみます。ですから、絶対に勝手に服用を中止しないでください。」

「ええ、わかったわ。」ソーサラーがその薬瓶を彼から受け取る。


「とにかく大事なのは、現在の自分を否定しないこと、将来の希望をもって治療に当たることです。実はこれが本当に難しくて、薬に限界があるというよりこれが出来なくて治療がうまくいかない場合が多いんです。きっとみなさんの助けが必要になると思いますよ。」

「わかってるよ。任せとけってんだ。」ウィザードが返事する。

 ソーサラーも何か意を決したような表情をしている。


「ところで…。」ネクロマンサーが口を開いた。

「アッキーナ、P.A.C.という召喚魔法について聞いたことがありますか?」

「P.A.C.ですか。なるほど。みなさんがこれを手に入れたのは P.A.C.ストアだったわけですね?」

 アッキーナはその店を知っているようだ。

「そこはある組織が裏金を稼ぎ出すために営業している『裏路地の法具屋』のチェーン店だということが最近分かりました。詳細は今調べてるところなんですが、どうやらそこそこ面倒な連中みたいです。まぁ、それでもお話を伺うに、どうやら今日その本店をみなさんが潰してくれたようなので、しばらくは静かにしているでしょう。僕もあの方も目を光らせておきます。それで、P.A.C.の召喚術についてですが、その術式で召喚されたモノを間近でみましたか?」

「それが…」

「こいつがすげえ魔法で跡形もなくずたずたにしちまったんで、ろくすっぽ見てねぇよ。」

「そうですか。ひとまず、ちょっと特殊なアンデッドの集団を召喚する術式ぐらいに思っていてください。これからもそれを使う連中がきっと現れるでしょう。」

「まじか!あんなのとしょっちゅう顔を合わすなんてごめんだぜ。」

 ウィザードが今の自分ではどうにもできないというような面持ちで言う。

「私が召喚するアンデッドとは違うのですか?」

「そうですね…。」アッキーナが言葉を濁す。

「ちょっと訳あって今はお話しできないんですが、普通のアンデットとは違います。その証拠に水と氷の術式でも十分な効果があったでしょ?」

 確かにそうだ。肉体を残している、残していないに関わらず、アンデッドは水と氷には強い。殲滅魔法でも殲滅しきれずに犠牲者がでることがあるくらいだ。しかし、今日の相手に、ソーサラーの水と氷の魔法は極めてよく効いた。

「とにかく、その術式で召喚される存在は、アンデッドではあるけれど、もう少し人間に近い異形の存在。そんな風に思っていてください。説明できる時がきたら話します。ところでみなさん、お茶でもいかがですか?」

「じゃあ、今日は『アインストンの血涙』がいいな。」ウォーロックが言う。

「私もそれで。」ネクロマンサーもリクエストする。

「よくわかんねぇから、あたしらにもおんなじ物を頼むぜ。」

「おねがいします。」

 新参の二人もそれに決めたようだ。

「『アインストンの血涙』ですね。では少々お待ちください。」


「よっこらしょっ、と。」

 お茶を載せたお盆を携えてアッキーナが奥から戻ってきた。

「お待たせしました。『アインストンの血涙』です。」

「へぇ~、きれいなお茶ね。見たことないわ。」

 ソーサラーはじっとそのポットを見入っている。

 4人とアッキーナは、しばしの時間、アーカムのカウンターを囲んで楽しく談笑した。時の流れを忘れるようなひと時であった。


 その後、いつものようにコイルを逆順にたどってアカデミー前に戻った4人は、すぐにリズの部屋を訪れ、ハンナに薬を与えて、その夜はみなで彼女を見守った。


 夜空は一層高く、天球上になって美しい星々をその身にまとっている。ときおり吹き抜ける風には初秋の色が明らかに濃くなってきた。暑さはまだまだ残るが、それでも秋は着実に近づいている。

 いつまでも絶えない談笑の声が、晩夏と初秋を隔てる夜を彩っていた。


 * * *


 その後、ハンナは持病の悪化という名目でアカデミーの保健施設に入院することになった。その面倒はネクロマンサーと、何と驚くことにリズが見ている。リズはその役を自ら申し出た。ハンナは日々真面目に治療薬の飲用を続け、ずいぶん落ち着きを取り戻してきたようである。


 * * *


 さて、ところかわって今日は『全学魔法模擬戦大会』の当日である。

 結局今年の6年生は、ソーサラー科もウィザード科もどちらも選手権を辞退した。そのため、目の前で繰り広げられるダイナミックな模擬戦の様子にスタンドから大きな声援を送っている。初等部や、中等部低学年の模擬戦は、フィールド上を歩いたり走ったりするだけだけだが、中等部高学年や高等部になるとそれはそれは派手な空中戦も展開され、ちょっとしたスペクタクルとなっている。特に高等部の高学年同士の空中戦は人気の見ものとなっており、それが繰り広げられるとスタンド全体がどっとどよめく。繰り出される術式も洗練され、その繰り出し方もより戦術的になり、見る者を飽きさせない戦いが繰り広げられていく。


 そんな試合の行方を、ウィザードとソーサラーが、そしてリズとハンナが並んで熱く見守っている。


「まさか、あんたとこうして席を並べてこの大会を観戦することになるとは、思ってもみなかったぜ。」

「確かに、そうね。私たち、ずっと喧嘩ばっかりだったもの。」

「もうそれを言うなよ。悪かったよ。」

「ふふ、冗談よ。」

「それにしても、才能ってすげえな。初等部6年で、高等術式の大規模集団攻撃魔法とは恐れ入ったぜ。あんたにはかなわねぇ。」

「そんなこともないわよ。ウィザードのあなたがラファエルの術式を繰り出したときにはびっくりしたわ。自分の専攻科以外の領域を勉強するのなんて面倒だし、難しいし、普通はしないもんね。あなたが『努力の人』とみんなから呼ばれている意味がよくわかったわ。努力は可能性の外延を広げるのね!」


 ウィザードとソーサラーが談笑している。その横ではリズとハンナが隣りあって、迫力ある高等部の模擬戦に熱い視線を注いでいた。ハンナの座っている脇には治療薬の薬瓶が置かれていた。今もきちんと服用を続けているようだ。その薬瓶は、治療を終えて新しい人生をしっかり歩みたいというハンナの強い決意を象徴するかのように、秋の陽の光の中で繊細な美しい輝きを、静かに、しかし確かに放っていた。


 歓声と熱気は止むことがない。しかし、吹き抜ける風はすでに秋の色に染め上げられている。夏が終わりを告げる。新しい季節が始まっていく。


第3章へ続く。

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