13. 闇の奥


 話を聞いた俺は、どう反応したらいいか分からなかった。


 偉大な魔導士……七芒星の魔導士ドルイエが、かつての未熟さで俺の親父と、俺の人生を大きく狂わせたという事実に……


「何故だ……」


 やっと出てきた言葉は、今さらどうにもならないことへの虚しい問いだった。


「何故、あんたはクマラハの証言を否定してくれなかった……何故、すぐ領主の元へ向かい、事実を明かしてくれなかったんだ……」


「怖かったのだ……」


 ドルイエの声は地底ちぞこからわくような悔いの響きだった。


「レイ・ドの末路を知り、領民たちの怒りの激しさを知り、それが自分に向くことが心底怖かった……そして、逃げた。死んだことになっている名も無きわしを追う者などいなかった。わしは辺境の修魔道院で苦行の日々に飛び込み、力を身につけると最も過酷な戦いに身を投じた。永く続く呪詛王戦役に……」


 その後のことは俺もよく知っている。七芒星の魔導士の偉大な功績は……

 俺は聞いた。


「それが、償いか?」

「そうは言わん……わしが何を成そうと、レイ・ドの許しを得られるとは思わん。ましてや、いわれなき責めを引き継ぎ、負わされているお前さんに何の申し開きができよう……ここでこうしているのも、全ては皮肉な巡り合わせの結果だ……」


「俺は……」


 自分でも何を言おうとしているのか分からないまま、俺は喉から声を絞り出していた。


「俺は……あの子供の目が忘れられない……」


 岩肌から落ちた水滴が俺の足元を濡らす。


「何年も前……俺はささくれ巨人のあとを追って、ある村に立ち寄ったんだ。村の連中は気が良かった。俺がささくれ巨人の元凶、レイ・ドの息子と知っても、仇を討ち果たせと励ましの言葉までかけてくれた。そんな村を、ある夜ささくれ巨人が襲った。何の準備も出来ていなかった俺には、何もできなかった。ただ村が焼き尽くされるのを見ているだけだった……」


 ドルイエは息もしていないような静けさで俺の言葉を聞いていた。


「俺は、焼け野原と化した村から人目を避けるようにして立ち去ろうとした。その時、巨人のせいで親を失った幼い子供が……俺を見ていたんだ。涙をいっぱい溜めた目で……」


 そこまで言って俺は魔導士の襟首を掴み、その顔を力ずくで引き寄せた。

 

「あんたが……!」


 ドルイエが逃げたから……そう言おうとしても全て虚しかった。

 魔導士は何も言わずに、微かな光を映す瞳で俺を見返した。

 

 何を言おうと全て虚しかった。


 俺はドルイエを放すと立ち上がった。

 もう、因縁も理由もいらない。

 俺は一人の巨人狩りの戦士として、成すべき仕事を成せばいい。

 そのためには、ドルイエの知恵と力が必要だ。

 だが、魔導士の体は弱り切っていた。

 今しがたの、闇の奥を探るような問答の果てで、ドルイエはさらに力を使い果たしたようだった。

 だが、役に立ってもらわねばならない。


「この洞窟の奥に……間違いなく、巨人のぬしがいるんだな?」

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