第2話 告白
窓からの日差しと小鳥の鳴き声で僕は目覚めた。
思いの外熟睡していたらしい、時計の短針は十時を指している。先に起きて下に降りたのだろうか、隣に詩織はいなかった。軽くなった体を起こしてベッドから降り窓から外の景色を眺めると、昨日の雪が結構積もっていたようで、辺りには銀色の世界が広がっていた。
その美しさに夢中になって景色を眺めていたところに、詩織がやってきた。ドアから顔を覗かせている。
「朝ごはん、食べる?」
「頂こうかな」
一階に降りると、バターの香ばしい匂いがした。テーブルに置かれている皿に目をやる。
バターの匂いの正体はフレンチトーストだった。
「適当に作ってみたやつだけど、食べてみて」
上機嫌な声で詩織はそう言った。見た目はありきたりなフレンチトーストだったが、人と同じで見た目だけで決めつけてはいけない。
まずは一口。口の中いっぱいにバターの香り。美味い。
「美味しいでしょ。コツは愛情だよ。あ・い・じょ・う」
また馬鹿なことを言う。しかし美味しいのに変わりはない。昨日のパスタもそうだったし、愛情というものはこんなにも不思議なチカラを持っているものなのか。あまりのおいしさに舌鼓を打っているところを詩織に笑顔で見つめられていた。
「だから、そんなに見つめるなって言ってるだろ」
詩織はふふん、と鼻を鳴らしてコーヒーを啜っていた。明らかに馬鹿にされている。ほんの少しだけ苛ついたが、ここは顔に免じて許してやろう。
「ねえ、外みた?」
詩織の上機嫌の正体が現れた。あまりにも嬉しそうにそう聞く詩織は、僕の返答なんか待たずに「すごい綺麗だよね」と呟きながら窓の外の景色に目を輝かせていた。
「雪が積もるなんて久しぶりだよ。外、行ってみない?」
先に朝食を食べ終えた詩織は、そそくさとパジャマの上にジャケットを着て外へ飛び出して行ってしまった。もう少し味わいたかったフレンチトーストを口に詰め込み熱いコーヒーを我慢して一気に飲み干し詩織を追いかける。
ドアを開けて外に出た途端、僕の視界は真っ白になった。顔が冷たい。顔を拭うと、手のひらには雪の塊。そのまま顔を上げると、詩織が僕を見てにやにやしている。雪玉を投げつけられたのだ。
「このやろっ」
僕はすぐに雪玉を作り詩織に投げつけた。放り出された雪玉は放物線を描き詩織の顔面に命中。詩織は言葉にならない声を発して顔を拭っていた。鼻が赤くなっている。
「やったな!」
負けじと詩織もまた僕に向かって雪玉を投げつけてくる。ついに戦いの火蓋が切られた。それから投げられては投げの白熱した戦いが繰り広げられていた。
勝敗がついたのは小一時間程雪玉を投げ合った時だった。詩織が雪玉を僕に投げてきたところを華麗にかわし、すかさず予め持っていた雪玉を投げつける。見事にカウンターが決まり、もう一度詩織の顔面にクリティカルヒット。
詩織はその場に大の字で倒れ込みぴくりとも動かなくなった。僕の勝利だ。
あまりにも動かないので心配になり近づいて詩織のそばにしゃがんだ瞬間、詩織の手がぴくりと動いた。その手は地面の雪をつかみ取り、それが僕の顔面に直接叩きつけられた。
「隙ありだね」
詩織はそう言うとにしし、と笑った。結局、この勝負は詩織の逆転勝利で終わってしまった。
お互いに雪まみれになってしまった服を払い、家に入った。外はかなり寒かったので詩織がもう一度コーヒーを淹れてくれた。椅子に腰かけ二人でコーヒーを啜っている。
「あんなに楽しかったの、初めてだよ」
僕はそう呟いた。詩織が「なんで?」と聞くので、僕はその理由を話した。
「僕、兄弟も親もいないんだよ。兄弟はもともといないけど、親は小さいころに亡くしたんだ」
僕が3歳の頃だった。
家族みんなで青信号になった横断歩道を渡った時、信号無視の車が突っ込んできた。僕たちは救急車で大学病院へ搬送されたが打ち所が悪かったようで母さんと父さんは死んでしまって、運がいいのか悪いのか僕だけは奇跡的に生還した。
それから僕は児童養護施設に引き取られたが、施設では友達は出来なかったし、皆で遊ぶ事の楽しさを知らなかった。ずっと孤独だった。
18歳で自立してからこの町にやってきたわけだけれど、職場の人ともうまくコミュニケーションが取れずついに耐え切れなくなってしまい先週退職してしまった。しかし2年弱仕事を続けることが出来たのは誇らしく思いたい。
失うものが元から無かった僕は、繰り返す暮らしの中で生きる意味を見失ってしまい、電車に轢かれてさっさと人生を終わらせてしまおうという凶行に走った。正直、自分でもよくわからなかったけど、多分そうだと思う。
「そこで、君に止められて今に至るってわけ」
詩織は僕の話を黙って聞いていた。少し長い沈黙の後、詩織が少し笑って口を開いた。
「よくある話だよ。親がいないなんてね」
その言葉に僕は強い憤りを覚えた。そんなことを簡単に言うなんて、あまりに失礼じゃないか。
「ふざけんなよ。知ったような口ききやがって!僕の気持ちなんか分からないくせに!」
気づけば体を乗り出して声を荒げていた。
知ったような口をきかれるのは大嫌いだ。ましてや昨日知り合ったヤツなんかは余計に。
「分かるよ」
何が分かるって言うんだ。そう言って皆分かったようなふりをしているだけじゃないか。
施設にいた職員だってそうだ。そいつらの事を思い出して反吐が出そうになる。
詩織は真剣な顔で僕を見ていた。
「一緒だからね」
「仕方ないから見せてあげる。私の秘密」
「えっ…?」
詩織はそう言うとパジャマのボタンに手を掛けた。ボタンは一つ、また一つと外されていく。
僕は息を飲み、その光景を眺めていた。
全てのボタンが外され詩織の肌が露わになった時、白い下着より先に目が行ったのは、真っ白の肌にいくつもある禍々しい痣だった。
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