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階段は狭く、小さかった。降りていく途中に何度も揺れに襲われ、倒れそうになったが、何とか堪え、少ししかない階段を降りていく。客室はもうすぐそこだ。僕は開ける前に自分の格好を見てみた。水が服から滴って、足元に水溜まりを作っていた。僕はそこで何度か足踏みをし、誤魔化すような気持ちになりながら、まあ仕方ないさ、と呟いた。そして扉を開けた。
「君、大丈夫なのかね」
入ってすぐに、暖炉の前のソファで家族を守っている人物に声をかけられた。お客は三名で、その内の独りはまだ幼い少女だった。僕はびしょ濡れの服のまま、先ほどと同じように肩をすくめて言った。
「大丈夫かどうかは正直、分かりません。何せこんな嵐、初めてのことですから」
男がイキリ立ったように声を荒げた。
「だから私は反対だったんだ。イナリ諸島を経由するなと、何度言ったと思うんだ! 船長はどうしたのだね! 彼に文句を言ってやる! こうなった全責任は、彼にあるとね!」
そういえば、と僕は思い出していた。お客の一人、少女の父親は歴史家であり、探検家でもあった。そんな話を先輩の仲間の一人が話していたような。でもその人は確か、さっきの揺れと風で海の中に落ちていったように思う。
僕が思考に落ちていると、突然少女が大きな声を出した。切迫した口調だった。
「もういや! 帰りたい! グラグラする! 旅行なんて嫌い! 家に帰りたいよお!」
「帰れないんだよ、君」と僕が言うと、両親のキッとした睨みが帰ってくる。
「うちの娘に余計な事は言わんでくれないか。教育に悪い」
僕はまた肩をすくめた。仕方ないという意思を込めて。
「どうにも、嵐も人の感情も、思い通りにはいきませんなあ」
「君、名前を何というのかね。先程から無礼極まりないぞ。名を名乗りなさい」
「名乗るほどのものじゃありません。では、失礼」
そう言いながら僕は、綺麗に磨かれた床の上に潮水の水溜りを作ってから、踵を返した。「待ちたまえ!」と父親に言われ、僕は伝言を——嘘の物語を捻り出した。
僕の口は勝手に喋っていた。
「ああ、そうそう。副船長曰く、この嵐は一晩中続くそうです。僕はその賭けに乗りました。でも、副船長の見立ては良く外れるんですよ。意外でしょう?」
「君は……君は、さっきから何を言っているのかね? 自分が何を言っているのか分かっているのか?」
振り返ると、家族が男を中心に寄り集まって、皆が怯えた視線を僕へと向けていた。僕はその視線と表情が可笑しく思えて、少し笑った後、部屋を後にした。扉を閉めた後のことは、よく覚えていない。
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