鎖国心家

もにもに

美しい「コッカ」

いつも見ている夜の生放送ニュース番組の司会席から突然女性アナウンサーが居なくなった。

居なくなったというよりは消え去った、と言うべきか。

「え…??」

あんぐりと口を開け呆然としていると、テレビ画面に一瞬ノイズが走り、消えたはずの女性アナウンサーが再び表示された。しかし先程までと違い、彼女は顔を少し伏せ気味にしてカメラを一切見ようとはしない。そして手元に恐らくあるであろう原稿を読みながらこう言った。


「鎖国心家(こっか)へようこそ。こちらは鎖国する心の家と書いて(さこくこっか)です。あなたの心が閉じていく過程において、「コッカチケット」を1枚獲得することに成功しました!おめでとうございます!1枚獲得するごとに1日の間で1時間ずつ、貴方の住んでいる世界が鎖国心家に入れ替わります。こちらの世界には人間は存在していません。何をするにも誰とも関わる事なく快適に過ごせる「素晴らしい世界」となっております。25枚獲得した段階で、あなたは完全に元の世界には戻れなくなります。また「コッカチケット」の他の用途として、獲得したチケット5枚で鎖国心家で利用できる「コッカ食事券」1枚と交換することができます。あなたが鎖国心家で食事券を使うことが無ければ、割とすぐにこちら側へ「移住」することが可能でしょう。大まかな説明は以上です。それでは素晴らしい鎖国心家ライフをお過しください」


私の名前はエリカ(仮名)。26歳独身フリーターだ。幼い頃から両親は家にほとんどいなかった。会話などもほぼしないまま、私が高校生になったタイミングでどちらとも連絡がとれなくなった。夫婦仲も良くなく、お互いに別の恋人を作ってどこかへ消えたのだろう。そしてそのような家庭環境を学校で馬鹿にされイジメられた。机にチョークで落書きがある事など当たり前。隠された事がない持ち物などは1つも存在しなかったし、壮絶な思いも色々してきたと思う。そのような境遇が重なり私は人間という生き物が心底嫌いだ。そう潔く言い切りたい所だが、その本質を私は薄々自覚してきている。本当は「嫌い」ではなく「苦手」なのだ。それは恐らく、いつか人間のことを好きになれるのではないか。もっといえば、本当は好きになりたい、という淡い期待と希望が心の奥に潜んでいるからだと思う。過去にそんなことが起きても人間を嫌いになりきれない自分に腹が立つし、まぁなんともカッコ悪い。それにもう全く関係ないのに、なぜか「奴等」に負けた気持ちにもなる。


私はその後、アルバイトを始めては辞めるを繰り返したり、夜の街に出たりしてのらりくらりと生きてきた。が、それにも随分と疲れた。そして今のバイト先の人間関係も案の定上手くいっていない。心を開く勇気を誰も認めてくれない。このような経験は沢山してきたが、今回初めて「いっそ誰もいなくなればいいのにな」という感情が心の底から湧いてきたのが分かった。何故かそれが私は嬉しかった。やっとすこし心が濁ったのかもなって。正真正銘人間のことを「嫌い」になれるのかもしれないなって。


その矢先、前述の事が起きた。

とりあえず当初実感はなかったが、言われてみれば、すこし吹いている風以外の音がしない。例えば近くの幹線道路の音や下の道をあるく人の足音。周りの住宅などの生活音もしないし、それに人の気配すらも全くない気がしてきた。

「これ…マジ??」

気になった私は恐る恐る玄関の扉を開けた。マンションの蛍光灯などはしっかりとついている。インフラは機能しているようだ。

試しに隣の部屋のユウジさんのインターホンを押してみた。この時間なら65歳前後と思われる彼は、テレビを見ているか、最悪寝ていて「なんだい…?」と少し怒ってブツブツ言いながら、玄関のドアを開けてくるはずだ。が、うんともすんとも反応がない。そしてやはり外に出て、人の気配が本当に無いことにちゃんと気づいた。

「本当に人がいないのか?これが鎖国心家?」

さすがに怖くなり、すこし駅の方へ歩いてみる事にした。サンダルとパジャマに何故だか取り合わせの悪い帽子を被って最寄の駅に向かった。5分ほど歩くと、各停しか止まらない私鉄の小さな最寄駅についた。そして驚愕した。コンビニ、居酒屋。そもそも人っ気の少ない時間帯だが、何処ももぬけの殻であった。割と冷静沈着な私は鎖国心家という概念を受け入れられずに、どちらかというと「あー…ついに私の精神がぶっ壊れたのかなぁ」と客観的に考えていた。「いや、ただ変な夢を見ているんだ」と呟いた、次の瞬間だった。1時間前にテレビのなかで見たノイズが私の視界の中にも走った。すると先程までの静寂がまるでなくなり、終電間近の電車の走行音、幹線道路を勢いよく走る車の音、コンビニのドアを人が通過するときに鳴る独特のチャイム、スナックから聞こえる仕事帰りのサラリーマンの気持ちよさそうな歌声…。

「なんだ!人がいるじゃないか」と安心しかけたが、急にある事に気付き慌ててスマホの時計をチェックした。するとそこには日付が変わって、00:00と表示されていた。不思議な出来事から丁度ピッタリ1時間。

「ウ、ウソでしょ…?」すこし固まった後、通りすがりの人の目線を感じ、ハッと我に返る。パジャマにサンダルと帽子という、外にいるには明らかに変な格好をしているのを思い出し、すっ飛ぶように帰宅した。


疲れているのかもしれないし、これですらただの夢なのかもしれない。そう言い聞かせながらひとまず途中だった寝支度をやり直して終わらせ、瞼を閉じることにした。


そして更に言えば、明日の23:00にその答えがわかる。そこまではとりあえず落ち着こう。

複雑な気持ちを抑えながら私は眠りについた。


コッカチケット枚数

エリカ   現在1枚

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