第45話
和弘の目はあの時と同じように赤く光り、周りにはいつか見たように、青白い炎が取り巻いて浮かんでいる。和弘もまた、鬼羅の魂を受け継いで、鬼の力を持っていることを示していた。
和弘は手にナイフを取り出した。さっと龍由が舞白を背後に庇い、前に出る。絵里が叫んで和弘の腕を引くが、振り払われてしまう。
「絵里、邪魔するな!」
「カズくん!」
「おぬしはまた人を殺めるのか? それを緋波が喜ぶと思うのか?」
「お前が居るから何時までも俺は彼女を手に入れられない……っ! お前なんか居なければいいんだっ!!」
冷静な龍由の言葉に逆上した和弘がそう叫んで、龍由に向かった。龍由が舞白を手で後ろへ半ば突き飛ばすような形で追いやる。和弘の突き出したナイフは身を翻した龍由の体と腕の間をすり抜け、龍由が体を反転させる。
勢いあまってナイフを持ったまま砂利の上に手を付いた和弘は再び起き上がり、龍由に対峙した。ギラギラと赤く光る目はまるで異形だ。
「おのれ、こざかしい真似を……っ!!」
吠えるように叫んだ和弘の口には大きな牙が生えていた。鬼のようなそれは、過去に緋波を喰い殺したそれであり、その鋭さに舞白はぞくりと背筋を凍らせる。
じゃり、と和弘が小石を踏んで、そこから勢いよく龍由に向かって跳躍した。
「龍由さん!」
ダン! と龍由を仰向けに倒し、その上に馬乗りになった和弘はその大きな牙で龍由の肩に噛みついた。ブツリ、と牙が皮膚を破る音がして、和弘が顎をグイっと振ると、メリメリと音をさせて龍由の肩の肉を喰いちぎった。あたり一面に青い血が飛び散る。
「く……っ! 鬼の力か!」
龍由は顔をしかめて自分と和弘の間に腕を差し入れると、力任せに和弘を投げ倒した。ドオン! という音と共に吹っ飛んだ和弘が拝殿の階段に打ち付けられる。それでも痛みを感じないのか、和弘はすぐさま立ち上がり、腕を体の前にだらりとたれ提げると、今度こそ持っていたナイフを握り直し、獣のような速さで立ち上がったばかりの龍由に向かって突進した。
シュっと空気を切る音がする。
驚異的な速さで和弘の腕から突き出されたナイフは今度こそ龍由の腹部に突き刺さった。
「嫌ああああ――――!!」
「カズくん!!」
ゴフッと青い血を口から吐き出して、龍由がその場に頽(くずお)れる。舞白は泣きながらその場に倒れた龍由の横に駆け寄り膝をついて肩を揺さぶった。
「龍由さん! 龍由さん! しっかりして、龍由さん!!」
しかし怪我の状態は酷く、素人の舞白にも分かるくらいに龍由の傷から流れ出す血の量は多かった。
倒れた龍由の腹部からどくどくと流れ出す青い血は、もう、水たまりのようになってしまっている。
龍由の顔は血の気もなく、真っ青を超えて真っ白だった。
怖い。龍由を失うかもしれない。
その恐怖に、舞白は自分の本当の気持ちをやっと認めた。
龍由に死んで欲しくない。
生きていて欲しい。
生きて、舞白と一緒に時を歩んで欲しい。
緋波は関係ない。舞白の心が、龍由ただ一人を求めているのだと、この時はっきりと分かった。
「龍由さん! 龍由さん!! 目を開けて!! 龍由さん!」
青い血で血まみれになった龍由に涙することしか出来ない舞白の肩に和弘の手が食い込んだ。
「立て。お前は俺のものだ、緋波」
無理やり立たせようとする和弘の頬をパシンと叩く。
「馬鹿! 私は緋波じゃない! 舞白よ!! 過去に捕らわれたまま私を見ないで!!」
激しい感情の渦に舞白の中の龍神の力が反応して、天から雷が落ちた。パシンと地面に叩きつけられたそれは、和弘を衝撃で吹き飛ばした。
「龍由さん! 龍由さん!!」
生気のない顔の龍由に縋りつく。過去のしがらみの所為で龍由を失うくらいなら、最初から会わなければ良かった。だけどもう遅い。舞白は龍由と会ってしまった。そして龍由もまた、舞白に出会ってしまったのだ。
――『舞白』
不意に頭の中に声が聞こえた。
「なに!? 誰!?」
頭の中に聞こえているというのに、舞白はその場であたりを見渡した。声の主を探したのだ。
再び頭の中に声が聞こえる。
――『私は緋波。龍由さまを助けるために、貴女の力を貸して』
舞白の力だって? そんなものがあって、龍由が助かるなら、何でもする。
――『貴女(・・)の(・)力(・)で(・)龍由さまの中の波を引き寄せて』
波? 波って、あの占いの時のような感覚だろうか。兎に角、やれることはなんだってやる。舞白は龍由の傍らに膝をつき、手を体の上にかざした。精神を集中して、龍由の力の波を探り当てる。
(流れてる……。龍由さんの『器(からだ)』から力が流れ出て行ってしまってる……。そっちは駄目! こっちよ!)
流れ出て行こうとする神力の流れを、念じて引き戻す。頭の中で神力を手繰り寄せるイメージをして、大きな塊を、ぐっと引き寄せ、『器』に戻す。
――『今よ! 龍由さまから頂いた力、全部を、龍由さまにお返しして!』
緋波がそう言うと、舞白の体の奥底にあった力の塊が、ぐぐっと喉元までせりあがって来た。
舞白はそれを逃すまいとして、人工呼吸の要領で龍由に送り込んだ。見る見るうちに自分の中から『波を読む』力が無くなっていくのが分かった。
……ああ、これで私の中にあった龍由さんの力は、全て龍由さんに帰ったんだわ……。
緋波に与えられていた分も、舞白に与えられた分も、最後のひとしずくまでが龍由に帰った時、龍由が閉じていた瞼をふうっと持ち上げた。
「龍由さん!」
舞白が首に抱き付くと、龍由は一度ゆっくり瞬きをして、呟くようにこう言った。
「そうか、緋波は逝ったのだな……」
そう空気を震わせて、舞白のことをいとおしむように抱き締めた。
……雨は舞白たちを避けるように振り続けた……。
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