出会い
第2話
*
龍川町(たつかわまち)は、かつては龍神が支配したといういわれのある土地だが、穏やかな気候ではあるが少雨で、農業を営む家々にとっては少し頭の痛い土地柄だった。それでも人はこの土地に家を建て、生活の根を下ろし、子孫を作って来た。そんな土地柄らしく、人々は根気強く、やさしい。渕上舞白(ふちがみましろ)も、この土地と人柄が大好きだった。
そんな町の町中にある、地元の食材をふんだんに使ったメニューを提供するカフェにひっそりと掲げられている看板には、小さく「水占い 第二第四土曜日のみ」と書いてある。舞白はこのカフェのオーナーである倉田夫妻の勧めで、二年ほど前から会社が休みのそれも第二第四土曜日にだけ、占いをやっている。
何の観光資源もない町だが、昨今パワースポット巡りが若い人の間で流行っていて、そのおかげかこの町の龍神神社にも参拝客が増えたという。
今日は丁度占いの仕事の土曜日で、参拝ついでにカフェに立ち寄ったと思しき女子たちを相手にしていた。
舞白はお客を前に、水を湛えた大きな瓶(かめ)に彼女に和紙を千切らせた白くて小さな破片を水面の中央にはらりと落としてもらう。彼女たちが見つめる中、舞白が水面に手をかざして紙の破片を見つめる。すると風のない室内で水面が揺らぎ、白い破片は彼女の方へとゆっくり動いた。紙の破片は彼女の前まで水の波紋に流されてゆっくり動いていくと、彼女の前で止まり、その場でくるくると回り始める。
「ええっ!? 風も吹いてないのに紙が動いた!」
「紙が回ってる!」
「貴女の願い事……新しい恋は、貴女の近くで起こります。普段から身近に感じている異性は居ませんか?」
驚いている彼女たちに舞白が真面目くさってそう言うと、彼女たちは興奮した様子できゃーきゃー言ってる。
「絵里、例の幼馴染みくんじゃない!?」
「そうじゃん! 絵里も幼馴染みくんのこと気に掛けてたじゃない!」
「え~、でもカズくんは私のこと、幼馴染みだと思ってるからやさしいんであって、女としてどう思ってるかは分かんないし……」
どうやら占った相手はやさしい幼馴染みの好意に半信半疑らしい。でも、彼女の心の『波』は彼女のごく近い距離にその『波動』を引き寄せた。その男性が彼女と近しい仲なのであれば、彼が彼女の新しい恋の相手だ。
「それにしても、手をかざしただけで水に波が起こって紙が動くなんてすごいですね。どういう仕掛けですか?」
仕掛けなんかがあったら占いじゃない。舞白は苦笑した。
「それは企業秘密なんで」
そう言うと、彼女たちも、そうですよね~、と笑っていた。
実は舞白は人の中にある『波』の流れを読むことが出来る。さざ波のように感じることも、大津波のように感じることもある。感じるのはその人の『気持ちの揺れ』だったり、『体調の波』だったり、いろいろだ。
最初にこの力に気付いたのは、まだ幼い頃。祖母が体調を崩して、その時に舞白には祖母から感じる『命の波』がか細く波打つ弱々しいものだったので、父に、兎に角祖母を病院に連れて行かなきゃ駄目だと訴えたことがきっかけだった。
あの時感じたものを、何故『命の波』だと理解できたのか分からない。でも実際にそれで祖母は一命をとりとめ、今も元気にしている。
あの時からこの、不思議な力について考えているが、理由は一向に分からない。ただ、この力が人の役に立つと分かって以来、舞白は請われるままに人を占ってきた。よく当たると評判になった占いは、倉田夫妻のカフェの売り上げにもつながり、なんの魅力もないこの町の、ちょっとした観光資源になっているらしい。
今日は午前中に一人の男の人がカフェを訪れた。アーモンド形のぱっちりした目に鼻梁はすっと高く、人懐こそうな甘い笑みを浮かべていた。着ているものが土曜日なのに上着にカチッとジャケットを羽織っていて、手首にはロレックスの腕時計をしておりお金持ちっぽいことが分かったけど、身なりに嫌味な感じはなく、むしろ清潔感溢れていて好印象だった。
その人はなんでも龍川町の龍神伝説について知りたいとかで、神社の宮司や地元の人に話を聞いてきたと言っていた。倉田夫妻にも伝説について知っていることがあったら教えてくれと頼んで、大まかなことを聞いていた。
「龍神伝説と関係あるかどうか分からないけど、舞白ちゃんの水占いは神秘的よ」
倉田夫人がその男の人にそう言って、舞白の水占いを勧めてくれた。その人はその時漸く舞白の方を見て、舞白の前におかれている大きな水瓶を見て驚いた顔をした。
「水占いっていうのは聞いたことがないですけど、この瓶の大きさは凄いですね」
男の人がカフェの隅に設けられている占いスペースに足を向けた。舞白は占いの説明をする。
「この瓶に湛えた水の動きで、その人に起こる未来を見るんです。今は恋占いが多いですね」
「恋占いか。僕にも良い出会いがありますかね?」
男の人がはにかんで笑うと、そんなことを言ったので驚いた。この甘い顔と身なりの良さから、モテるだろうと思っていたからだ。
「お客さん、理想が高いですか? 絶対モテると思うのに」
舞白がそう言うと、男の人ははは、と爽やかに笑い、頭を掻いた。
「理想が高いというわけではないんだけど、『この人』と思える女性に出会えなくて」
目を細めて笑うその人は、とても人が好さそうだった。舞白の占いで、その『この人』を見つけてあげられるかな、と思ったので、じゃあ、占ってみますか? と誘った。
「良いんですか? 是非お願いしたいな」
男の人はにこりと嬉しそうに笑って、舞白の正面の椅子に座った。舞白も心を静めて彼に向き合う。脇に置いている小さなテーブルの上に置いてあった和紙を一枚、彼に渡し、好きな大きさにちぎるよう言った。
小さくちぎった和紙を水面の中央に落としてもらう。そして舞白は水面に手をかざすと、水の動きに集中して水面を見た。
すると、水が波立ち、やがて水面が揺れ始めた。そこまではいつも通りだったのだが……。
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