第43話 夜会から戦闘へ

 街の中にゴブリンと魔術師が出現した頃合いに前後して、トゥンサリル城の内部でも不穏な動きが始まっていた。


 まず、夜会が舞踏会へ切り替わった頃、一人の若者が、テーブル席に着いていたグリトニル辺境伯のところへ、スーッと近寄って来た。


「やあ、セーデルリンド兄さん、久し振りですね。」


 その若者は、現ブリーデヴァンガル属領主アルビン・オルソファン・ファン・ミズガルズ侯爵の長男

  フレデリク・アルビヌス・ファン・ミズガルズ子爵

であった。

 現属領主のアルビン侯爵は、ミズガルズ王の弟であることから、フレデリクはイザベラ姫の従兄に当たり、グリトニル辺境伯とも遠縁の間柄で、幼少の頃の遊び相手でもあったため、グリトニルを「セーデルリンド兄さん」と呼んでいた。


 もっとも、グリトニル辺境伯は、本来はフレデリクが継ぐべき属領主に、5王国間の政治的思惑から就任することになっており、かつ、自分には縁談の一つもないのに、グリトニルはイザベラ姫との婚約が決まっているなど、フレデリクの心境は、複雑であった。


「兄さん、婚約者を僕に紹介してくださいよ。」


 フレデリクが言うと


「姫は君の従妹じゃないか。改まって紹介することもないだろう。」


 グリトニルは苦笑しながら答えた。


「そうよ、フレデリク兄さん。昔は3人で遊んだじゃない。」


 イザベラも苦笑している。


「なあに、言ってみただけのことさ。とにかく婚約おめでとう。言いたかったのはそれだけさ。」


 フレデリクはそれだけ言うと、一礼して立ち去った。


 そして、まるでそれが合図でもあったかのように、城内各所に置かれた木箱や樽から、あの厭らしい多数のゴブリンや魔術師が現れ、さらに地下の下水道からは、胸甲とヘルメットと剣を装備した、軽装の騎士が数十人、現れた。


 物置や物陰から出現したゴブリンと魔術師は、あちらこちらで合流しながら集団を作り、夜会が開かれている大広間を目指した。

 途中、出会った衛兵は奇襲して瞬殺し、執事などは気絶させ、メイドについては、気絶させた後、妙齢の者だけを選んで手足を縛り猿轡を噛ませ、意識が戻っても動いたり声を出せないようにしてから、空き部屋に放り込み、引き上げの際に連れ去る用意をした。


 ゴブリンと魔術師、騎士らの侵入者集団が大広間を目指している頃、夜会の給仕をしていたメイドが一人、会場の隅でカーテンの陰に隠れ、懐からタクトを取り出すと、呪文の詠唱を始めた。


 会場の誰もがその様子に気付かなかったが、唯一、朝日大尉だけが


「何じゃ、あれは。」


と目を付けていた。


 そのメイドから目を離さないでいた朝日大尉は、カーテンの中から魔術師の右手がタクトを突き出し、天井の方を向いたところで


「そこの女給、待てッ!」


と言って軍刀を抜きながら駆け寄り、バッとカーテンをめくった。


 そこには、目つきの鋭いメイドがタクトを構えており、今、詠唱した呪文の締め括りをして、魔術を完成させようとしているところであった。


 朝日が、タクトを持った右手を軍刀の峰打ちで叩き、そのメイドが堪らず取り落としたタクトを、右足で蹴り飛ばしてから、今度は軍刀の刃をそのメイドの喉元に当て


「動くな、女ネズミ。」


と言って凄んだが、その女魔術師は、不敵な笑みを浮かべながら動じなかった。


 大広間の出入口の外側が俄かに騒がしくなり、男の怒鳴り声や女の悲鳴のほか、剣が交わる金属の音や銃声まで聞こえて来るようになった。


「何事?」

「反乱か襲撃では?」


 招待客たちがざわつき始めた。

 女性たちが、不安気に


「どうしましょう、ゴブリンなんかが出たら。怖い。」

「女性は、拐われると聞きますわ。」


などと言っているが、今一つ真剣味に欠ける話振りである。


 そこへ、出入口ドアが少し乱暴に開かれたかと思うと、女騎士メルテニス勲爵士が駆け込んで来た。


「何事か?」


 グリトニルが詰問すると、彼女は恭しく騎士の礼をした後に


「城内に侵入者でございます。ゴブリンの畜生めらに幾何かの魔術師のほか、潜り込んだ敵兵もおる様子にございます。只今、臣のほか、守備の衛兵が防戦中でございますが、日本陸海軍の皆様が助太刀くださっております。」


と、報告した。


「うむ、大儀である。して、敵の数は?」

「ゴブリンがおよそ50匹、魔術師が数人と敵兵が50人ほどと思われますが、地下下水道から新手が出て来ている趣にございます。」

「あい分かった。客人方に手を触れさせるな。」

「はっ、承知仕りました。では御免!」


 簡単な遣り取りの後、メルテニスが戦闘へ戻ろうとしたところへ、鉄帽を被った清田上等兵曹以下の立検隊4名と、豊平少尉に同行の、陸軍歩兵1個分隊10名のうち、軍曹が率いる半数の5名が、完全武装で現れた。

 立検隊は、軽機関銃手以外は100式機関短銃を装備しており、陸軍分隊の方は、やはり軽機関銃手1名を含んでいたが、軍曹以下は九九式歩兵銃(小銃。陸軍では「歩兵銃」と呼称した。)を装備していた。


「報告。侵入者の主力は城の南側から侵入し、中央回廊にて、先行し侵入していた怪物その他と合流を図っておりますが、城兵と陸兵半個分隊が防戦中です。なお、敵の数が多いため、防衛線を突破される可能性あり。」


 清田上等兵曹が、焦ってはいるのだろうが折り目正しく桑園たちに報告した。


「とりあえず、夜会の招待客の方々は、裏から安全な場所へお移りください。辺境伯殿下もお早く、さあ。」


 報告が終わり、清田上曹は、そう言って皆の避難を促した。


「私は逃げない。私も戦うぞ。私が逃げてしまえば、この夜会は仕舞いだ。それに来客も守らずして、何の領主代官たるや!」


 それに対して、グリトニルは勇ましく拒否した。


「困った殿様だな。」


 清田は思ったが、続けてイザベラに向かって


「では、姫様。安全な場所へおいでください。」


と言ったが、これに対して、イザベラも


「将来を誓い合った者が困難に直面しているとき、どうして私だけが逃げられましょうか。」


と答え、アニタが差し出した剣を手に取った。


「あーもう、面倒臭ぇカップルだなぁ。」


 殿様たちの意気込みはともかく、清田は、敵が来る前に陣地を構築したかった。

 これは朝日陸軍大尉も同様であり、桑園たちやその場にいた執事やメイドにも手伝ってもらい、テーブルを倒してバリケードを作り、椅子を用いた射撃台も作った。


 そこへ、陸戦隊の重機関銃分隊の下士官兵が飛び込んで来た。

 3名が九ニ式重機関銃を担ぎ、2名が弾薬箱の載ったリヤカーを動かし、5名の小銃兵がこれを守っている。

 駆け込んで来た機関銃分隊の指揮官らしい兵曹長は、桑園一行に敬礼し


「第51警備隊、機関銃分隊北郷兵曹長、救援に参りました。」


と申告した。


「うむ、よろしく頼む。」


「キカンジュウとは何でございましょう?」


 遣り取りを見ていたバースが、口を挟んだ。


「連続発射ができる銃のことです。」


 桑園が答える間に、機関銃分隊の下士官兵が、重機関銃をテーブルの上に持ち上げて据え置き、横倒しのテーブルを盾にした銃座に仕立て上げた。


 いつ、敵が大広間に進入して来ても射撃できる準備はできた。

 ほかの兵たちも、ある兵たちは、重機関銃と同じ様に横倒しのテーブルを盾にして九九式短小銃や百式機関短銃を構え、またある兵たちは、横倒しにしたテーブルの陰から伏せ撃ち姿勢で小銃を構えた。


「若殿様、お願いですから我々の後ろにいて、くれぐれも頭など出さんでください。」


 歴戦の強者らしい北郷兵曹長が、注意した。

 身分の貴賤など関係ない、戦場経験者の言葉の重みであろうか、グリトニルは素直に


「承知している。貴公らの邪魔はせぬ。」


と答え、イザベラを庇う様に後ろへ下がった。


 広間の外、回廊の奥では、戦いの声と刀剣が交わる金属音、それに銃声が響き渡っており、それらがだんだんと近付いて来るのが分かる。


「陸戦隊は、思う様に戦えておらんようだな。」

「7~80人はいるはずですが、回廊が狭い上、敵の小鬼が次々と湧いて来るので、思う様に戦えないのだと思います。」


 桑園の問いに北郷兵曹長が答えた。


「招待客の避難は済んでいますか。」


 北郷が確認すると、老齢の執事が


「ほぼ、完了してございます。今、ここにいる者たちだけが残っている全てでございます。」


と答えたので、北郷が周囲を見ると、後方に抜剣したグリトニル、同じく抜剣したバース子爵とケッペル男爵、回廊の戦場に戻り損ねたメルテニスがいて、その傍らに同じく抜剣したイザベラ姫とアニタ、魔術の杖を構えたアールトが立っていた。

 その周囲には、グリトニル直属の衛兵数人と、招待客の中で剣の腕に覚えがあるらしい貴族が何人か剣を構えていた。


 桑園少将以下の日本海軍士官も軍刀を抜いて構え、朝日陸軍大尉と清田上等兵曹は、銃嚢から拳銃を取り出して薬室に弾を込め射撃に備え、陸戦隊の重機関銃、軽機関銃、小銃をはじめ、陸軍部隊の軽機関銃と銃隊も弾込めを完了し、息を整えながら敵の出現を待っていた。


「こんなところで、文字通りの籠城戦とはな。」


 状況が、実に皮肉に思えた桑園であった。


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