第42話 下品な魔術とゴブリン退治


 優雅な音楽が奏でられる中、夜会では、主催者であるグリトニル辺境伯の席へ、貴族や有力者たちが、余り優雅とは言えない様子で、先を争い挨拶に詣でていた。

 彼は、今のところ次期属領主府代官とはいえ、その先は属領主に就任し、さらにその先は、5王国いずれかの国王就任間違いなしと言われている逸材であって、ましてやその妻となる婚約者が同席しているとあれば、皆が今、ここでの顔繫ぎに必死になるのは、当然であった。


 そこのところ、特にのない日本軍一行は、ある意味、この場ではかなり異質な存在であった。

 逆に、どんな顔触れがこの場に招待されているかを観察することは、ブリーデヴァンガル属領や、その「上部組織」であるミズガルズ王国の組織構造や人間関係を推察するには、良い機会であると言えた。


 ただ、桑園もグリトニル辺境伯とはゆっくり話をしてみたかったので、その時間がないのが、残念ではあった。

 また、貴族ら有力者のグリトニルへの挨拶が一巡りすれば、その機会が訪れるかと期待していたが、今度は貴族らが、桑園たち一行の方へ挨拶の矛先を転じたため、その応対に追われることになって、なかなか思うように話ができそうになかった。


 その挨拶対応でも、相手が興味深げに実に様々なことを質問して来るが、軍機など機微に亘ることは話すことがはばかられたし、何より、全く基礎知識のない者に航空機や艦、武器に関する説明を行うことは至難の業で、気疲れすることが半端なかった。


 夜会は、参加者にだいぶ酒が回り「宴たけなわ」となった頃、舞踏会へと趣向が変わった。

 海外駐在武官歴のある桑園は、幾度か舞踏会の経験はあったが、ほかの海軍士官と、ましてや陸軍将校の朝日大尉には、全く勝手が分からなかった。

 これはどうにも仕方がないので、経験者の桑園少将が「提督」の肩書で背負うことにした。


 その頃、城内の倉庫や調理場、市街地の料亭や酒場の内外に置かれていた木箱や樽の幾つかは、周りを窺うように静かに蓋が開けられていた。

 あるものは、料理人やメイドの格好をした者が外側から蓋をこじ開け、またあるものは、内側からそーっと蓋が開けられた。


 そして、それらの箱や樽からは、小さな体躯ながら醜い外見を持ち、残忍な性格で性欲が強く、強い相手を避け女子供を襲って拐うことから、蛇蝎の如く嫌われているゴブリンと、数は多くはないが、ローブを身に纏いタクトを懐に忍ばせた、魔術師が姿を現した。


 それらの木箱や樽は、倉庫や物陰など、おおむね目立たない場所に置かれていたため、異変に気付いた者はほとんどおらず、稀に気付いた者も、直後に気絶させられるか殺められ、異変が伝わっていくことはなかった。


 街の中では、路地裏や料理屋の倉庫などの人目に付かない場所から鼠のように湧き出したゴブリンが、細い裏路地で集結し、やがて方々の路地から表通りへと出て来始めた。


「ゴブリンだーッ!」


 最初に気付いた酔っ払いは、逃げようとしたが、後ろからゴブリンに短刀で刺され、血を吹き出しながら倒れた。

 そこから、ゴブリンの群れと共に、混乱が広がって行った。


 特に、妙齢の女性の混乱は一段とひどく


「キャーッ、ゴブリンが出たわーッ!早く逃げないと犯されるーッ!」


 などと口々に悲鳴を上げながら逃げ惑った。

 街の内外を問わず、手酷い強姦事件が起きる度に、街中がゴブリンの仕業と噂して恐れるほど、ゴブリンの性欲は見境がなかったのである。


 街の警備に就いていた属領主府衛兵と日本海軍陸戦隊は、改めて装備を整え、向かって来るゴブリンの群れの方へと進んだ。


 その時、ゴブリンの群れの後方の路地に隠れていた、頭巾で頭を覆った一人のローブ姿の魔術師が、タクトを取り出してブツブツと呪文を詠唱し始めたが、混乱の中で、周囲の誰もが気付かなかった。


 やがてその魔術師は、詠唱の最後を


「スッポンポン。」


と締め括ると、斜め上に掲げたタクトの先から、白い光が迸り出た。

 その光は、大通りの上空で大きな光の玉となり、次の瞬間、あっという間に下に向かった幾筋もの光の筋となり、尾を引きながら落ちてきた。


 陸戦隊員の一人の兵がその様子に気付き


「あ、3号爆弾だ!」


と叫び、別の兵が


「本当だ、タコ足爆弾だ!」


と叫んだ。

 確かに、上空から降って来るその光の様子は、規模こそ違えど、彼らが南方で見たことのある、3号爆弾の炸裂シーンそのものであった。

 

 こんなところで何故3号爆弾が、と陸戦隊将兵の皆がが思いつつも


「伏せろーッ!」


と互いに声を掛け、その場に伏せたが、無論、伏せたのは陸戦隊将兵だけであった。


 ところが、その光は、なぜか妙齢の女性にだけ吸い込まれるように降り注ぎ、次の瞬間、その女性たちは


「キャーッ、嫌ぁー!」


と悲鳴を上げ始めた。


 顔を上げた陸戦隊将兵にも、最初は何が何だか分からなかったが


 ビリビリビリ


という布が裂ける音とともに、女性たちの着ていた衣服が細かく千切れ飛んで行く様子が目に写った。

 女性たちは、皆、必死に衣服を押さえるが、強力な力に引っ張られるように布地が千切れて行き、10秒かそこらの間に、着ている物は下着に至るまで引き裂かれて飛んで行ってしまい、光を浴びた女性は、全員が一糸纏わぬ全裸となった。


「イヤーッ、見ないでーッ!」


 その女性たちは、股間や胸、顔などを手を使って隠したが、周囲の男性の好奇の目からは、逃れられなかった。ある女性は道端の民家に逃げ込もうとしたが、面倒はお断りとばかりに、道に追い出され胸と股間を手で隠しながら途方に暮れ、またある女性は、周囲を酔っ払いに囲まれてからかわれており、泣きながら、胸と股間を手で隠していた。


「ゴブリンが来るぞー!」


 誰かが叫んだ。


「イヤーッ、犯されるのはイヤーッ!」


 全裸の女性たちは、当初、胸と股間を隠しながら走って逃げて行ったが、そのうち、それでは走り難くなったことあら、もう手ではどこも隠さず、顔を真っ赤にしながら逃げ始めた。


 夜兎亭の看板娘ソーニャも、その時、店内ではなく、外へ酒樽を取りに行っているところであったため、例の光を浴びて全裸にされてしまった。

 店内に逃げ込もうとしたが、野次馬の客が出入口を塞いで中に入れずにいたところへ、全裸女性を追い上げて来た醜いゴブリンの群れが迫って来た。


「ちょっと、あんたたち。冗談じゃないわよ、早く入れてよ。」


と彼女が野次馬に懇願するが


「いいじゃないかソフィアちゃん。看板娘の『秘密の花園』って奴を御開帳してくんなよう」

 

 などとからかう始末である。


「もう、知らない!」


 顔と耳を真っ赤にしたソフィアは、遠くに逃げようとして走り出したが、石につまづいて転んでしまった。

 彼女がハッとして後ろを見ると、もう、10mくらいのところまでゴブリンが迫っていて、追いつかれそうであった。

 実際、ソフィアが立ち上がり数歩進んだところで2匹のゴブリンが追い付いてきて、彼女を引き倒して仰向けにさせた。


「いや、助けて母さん。こんな獣に犯されたくない!」


 いよいよゴブリンが圧し掛かって来た。

 必死の抵抗は、無駄かと思われたとき


 ズドン


という音がして、圧し掛かっていたゴブリンの頭が吹き飛んだ。

 次にまた


 ズドン


と音がして、ソーニャの両手を抑え込んでいたゴブリンの頭が吹き飛んだ。

 ソーニャが半身を起こして夜兎亭の方を見ると、異世界の兵、すなわち日本海軍陸戦隊の兵たちがこちらに銃を向けており、彼らがソーニャの窮地を救ってくれたのに違いなかった。


「お嬢さん、ソーニャさーん!伏せていて!」


 陸戦隊の誰かが叫んだので、ソーニャは、全裸のままそこに伏せた。


 ダダダダダダ


という連続した音とともに


「ギャッ」


とか


「グエッ」


という声がして、何匹ものゴブリンが倒れた。


 陸戦隊が、小銃ではなく、軽機関銃を発射したため、多くのゴブリンが瞬時に射殺されたのである。


「軽機関銃、続けて撃て!」


 花川少尉の命令で、軽機関銃がゴブリンの集団へ向けて射撃されると、大通りの中央に密集していたゴブリンが、まとめて何匹も斃されて行く


 ズドン、ズドン、ズドン…。


 小銃も、次々と発射され、ゴブリンを血祭りに上げていく。

 

 10分ほどで、逃走を図ったものを含めて、全てのゴブリンを射殺した。

 市街地防衛は、あれから乱暴された女性もなく、ここに集結した。


 全裸にされた女性へは、周囲にいた住民たちや衛兵が、シーツやマントを貸し与え、裸体を隠したが、酔客しか周囲にいなかったソーニャは、いまだ全裸のまま、店内に入れないでいた。


「いようソーニャちゃーん。秘密の花園を見せておくんなよう。」

「うるさい、もうツケになんかしてなんないんだから。」 

「こっち見て立派なオッパイ見せてくんなよう。減るもんじゃないし。」

「バカッ!あんたになんか見せたら減っちゃうわよ!」


 顔から耳を真っ赤にしながら必死に股間と胸を隠し、ソーニャは答えているが、もう涙目である。


 ゴブリンを全滅させた花川少尉と小山一曹の隊は、すぐ近くの路地で、タクトを振っていた魔術師を捉えた。

 花川の前に引き出されたその魔術師は、ローブを脱がされ、タクトを取り上げられているが、顔と体の線から、女性と判断された。

 彼は、魔術師の歳が意外と若いと思いつつも、尋問を開始することにした。


 とその前に、と花川は思い


「おい、誰か。ソーニャさんに、毛布かテーブル掛けか何かを貸してやってくれんか。可哀想で見ちゃおれん。」


と部下に声を掛けた。

























  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る