第39話 対空戦闘終結セリ

 廣田少尉と中川一等飛行兵曹ペアの零式水上観測機は、高度500mで飛行する、ワイバーン10騎と、1騎のワイバーンを5匹ずつで守るハーピー50匹に僚機と共に接敵し、高度1000mから3号爆弾2発ずつを投下、炸裂のタイミング良く、敵編隊のおよそ半数が、悲鳴を上げながら墜ちて行った。

 

 続けて2機の零式水観は、そのまま空戦に入った。

 その頃に空戦域に到着した瑞雲隊から、零観はハーピーを、瑞雲がワイバーンを叩くと手信号が送られ、零観2機は


「合点承知。」


とばかりにハーピーに喰らい付いていった。

 

 ハーピーは、5匹ずつが固まってダイヤモンド型の編隊を作り、槍を構えてこちらへ向かって来ようとしていた。


「ほお、勇敢だな。褒めてやろう。だが、無駄だ。」


 廣田が右目で覗いている九五式射爆照準器は、ほぼ真ん中にハーピーの編隊を捉えていた。


 ダダダダ…ダダダダ…


 胸や腹を撃ち抜かれ、真っ赤な血を吹き出したハーピーが、絶叫しながら次々と海面へ墜ちて行く。

 同じようにして廣田は、4個のハーピーの編隊を全滅させた。


 僚機の零観が同数のハーピーを撃墜し、瑞雲隊も、20㎜機銃の威力はさすがに大きく、10騎のワーバーンのうち、9騎までを騎士ごと海へ叩き落した。


 残ったワイバーンとハーピーは、元来た方角へ逃走し始めたが、そのとき、廣田の飛行帽にセットしたヘッドホンがジジジと鳴り


「コチラ出雲 電探ハ新タナル敵編隊ヲ探知 270度方向 電測距離20フタマル


という無線電話が入って来た。


「野郎、波状攻撃だったのか。新手と合流するつもりだな。」


 廣田はそう言いうと、新たな敵編隊の迎撃に向かった。


 その編隊も、10騎のワーバーンと50匹のハーピーから成っていたが、そのうちの1騎のワイバーンに騎乗していたは、旧ブリーデヴァンガル公国大公の血筋を傍系ながら引く少年、アロンソ・ド・エスコバルで、今年16歳、これが初陣であった。


 旧公国派が立案したこの作戦は、トゥンサリル城の夜会を襲撃してグリトニル辺境伯の面目を潰し、可能であればイザベラ姫を拉致することがこ目的とされ、少なからずいる賛同者から資金提供を受け、ワイバーンとハーピーから成る、ローラシア大陸でもそうはいない規模の飛行部隊を編成し、2波の波状攻撃で城を奇襲攻撃せんとするものであった。


 今回の作戦は、戦力的に成功が約束されたようなものと思われ、本来は貴族たるエスコバルの初陣での戦功にうってつけ、というのが彼の周囲の大人たちが考えたことであった。

 英雄を一人祭り上げようという魂胆である。


 ただ、彼らの誤算だったのは、日本軍がデ・ノーアトゥーンに存在したことである。


「皆の者、先陣の第一波に続け!」


 エスコバルは、剣を右手で掲げながら、喉も破れよとばかりに叫んだ。


 そんな彼の目に飛び込んで来たのは、血まみれになりながらようやく飛んでいるワイバーンが1騎と、20匹ほどのハーピーだった。

 近寄って見ると、みんなズタボロである。


「何をしている!ほかの者たちはどうしたんだ。戦え、逃げるな!」


 喝を入れようとするエスコバルに向かって、生き残った髭面の竜騎兵が


「あいつらがいるからには、どうにもならん!」 


と後ろを剣で指して言った。


 その方向には、10騎ばかりのワイバーンが迫って来るのが見えた。


「皆の者、怯むな。数は変わらぬ!ハーピーがいるこちらが断然有利なるぞ、かかれ!」


 エスコバルが率いるワイバーンが突撃に入ると、向かって来るはパッと散開し、あっという間に左右をすり抜けて後方へ回った。


 ゴーゴーと音を立てながら後ろに回った敵のワイバーンは、一本足のものがハーピー、二本足のものがワイバーンの後方に着き、こちらが戸惑っているうちに火矢を放って来た。


 タタタタタタ

 ダダダダダダ


 驚くことに、その火矢は連続して放たれ、命中する度に、ハーピーは血まみれになって墜ちて行き、ワイバーンは苦しそうに喘ぎ、悶え、やがて墜ちて行った。


「何だ何だ、出撃前、伯父上は『これほど楽な戦はない。今宵は祝杯ぞ。』などと言っていたが、まるで勝手が違うぞ。」


 エスコバルは焦り始めたが、しばらくすると、まず2本足のワイバーンが引き揚げて行き、次いで、一本足の方も引き揚げて行ったが、それまでの間に、エスコバルの率いる編隊は、ワイバーン4騎とハーピー30匹までに撃ち減らされていた。


「全騎、全ハーピーとも集結せよ。錐の戦法を採るぞ!」


 エスコバル隊は、一丸となって鏃の隊形となり、出雲を目掛けて降下に入った。


 一方、水上機隊は、弾切れとなったため、当初の予定どおりギムレー湾へ帰投して行ったが、日本の3艦は、左舷側に射撃可能な全砲火を向けて、戦闘射撃の時を待っていた。


 出雲の前部艦橋頂上、高さ約40mの高さにある方位盤射撃所には、砲術長、射手、旋回手、動揺修正手、照尺手の5人の将兵が詰めていた。

 旋回手で艦の先任衛兵伍長でもある塩谷上等兵曹は、射手の特務少尉と共に、零観と瑞雲が第一波のワーバーンとハーピーを攻撃する前から、目標の角度を捉えていた。

 もっとも、その角度がそのまま主砲の向く方向にはならず、しょう楼測距指揮所から入った諸元を基に発令所射撃盤で計算された、様々な諸元が加味される。


 砲術長が


「一斉撃ち方」


を下令し、4基ある砲塔の各砲塔長は、発令所からの指示で左右各砲の発射準備状況を確認する。


「左右砲良し」


の報告があり、伝令の水兵が通信盤の


「発射準備良し」


のボタンを押した。


 各砲塔の射手と旋回手は、微妙なハンドル操作で、方位盤から伝えられる諸元を標示する角度受信器の基針(赤)と、砲塔・砲身の動きを示す追針(白)をピッタリ合致させている。


 次の瞬間


「撃ち方始め」


の号令とラッパが鳴り響き、同時に受信機の警笛が鳴り、盤面の右赤、左青ランプがパッと点滅すると、発砲の瞬間である。

 8門の36㎝砲の斉射だから、物凄い閃光の後に爆風が吹き抜け、轟音が響いたが、この発砲音は、デ・ノーアトゥーンの街中とトゥンサリル城にも響き渡った。


 編隊の中のワイバーンに騎乗していたエスコバルは、前下方に見えている船が強烈に光ったかと思うと、次の瞬間、轟音が鳴り響いた。

 一瞬、彼には何が起きたか分からなかったが、さらにその次の瞬間、目の前で何かが炸裂したかと思うと、無数の火矢が物凄い速さで迫って来た。


 エスコバルには理解できなかったが、出雲は、主砲三式対空弾を放ったのである。

 三式弾は、3号爆弾を砲弾にしたクラスター弾で、時限信管で炸裂し、地上目標を面で捉えたり、敵機の編隊を攻撃する砲弾であった。

 対空弾として使った場合、上手くタイミングが合えば、敵の編隊に大きなダメージを与えることが可能であった。 


 エスコバル隊への発砲は、編隊の速度が遅かったこともあり、かなり良いタイミングで砲弾が炸裂し、子弾が前方から包み込むように襲い掛かった。

 

 エスコバルは、咄嗟にワイバーンを急降下に入れ、多数の直撃弾は免れたが、それでもワイバーンの首から腹部に掛けて数発の子弾が命中し、血まみれになっていた。


 ほかのワイバーンはと見るや、あるものは騎士に子弾が直撃し松明のように燃えており、またあるものは騎士とワイバーン双方に無数の子弾が命中、ともに火だるまとなって堕ちて行った。

 ハーピーも、命中子弾多数で体が幾つにも引きちぎられたり、空中で燃えて炭になっているものなど、残り4匹ほどに減らされていた。


「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な、そんなはずはない。セーデルリンドのバカ殿に、ワイバーンを退けられる訳などないのだ。否、あってはならぬのだ。」


 エスコバルは幾度も悪態をついてみたが、現実は、先ほどまで空を圧するがごとき大群であったワイバーンとハーピーが、僅かに彼のワイバーン1騎と、ハーピーが4匹になった、というものである。


「撤退などあり得ぬ!今はあの巨艦に一太刀浴びせるまで!」


 そう思ってから、エスコバルは改めて相手の艦を見て


「あれ?何だこの巨艦は。俺はこんなものに喧嘩を売っていたのか。」


と妙に感心してしまった。


「今はこれまで!」


 我に返ったエスコバルもワイバーンとハーピーも、最後の力を振り絞って巨艦へ急降下、突進したが、今度は、前方からパアッと火花が舞い上がって来た。

 25㎜対空機銃が、一斉に射撃を開始したのである。


「撃て撃て撃て撃てぇー!」


 各銃座とも、指揮官の張り切った号令の下、ようやく飛んでいるばかりとなったエスコバルの編隊へ銃火を浴びせ続けた。


 エスコバルが左右を見ると、4匹残っていたハーピーが、火矢(機銃弾)を受け、体中を鮮血で染めながら次々と墜落して行く。


 彼のワイバーンも、ズンズンという衝撃と苦しそうな鳴き声からして、次々と命中弾を受けているのが分かった。

 彼自身も

 カンッ

と音がして、兜が飛んで行った。


 とうとう、エスコバルのワイバーンは、飛んでいることが出来なくなり、クルクルと回転しながら海面へ墜落して行った。


 こうして、ワイバーンとハーピーの襲来は、敵の全滅と言う形で退けられたのである。

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