第18話 交渉6 水偵飛来と艦隊合流3



 令川丸の南郷艦長は、結局、優先順位とか考えるのが面倒になり、平行して物事を進めることにした。


 瑞雲を甲板に揚収してから、操縦員の西野少尉を艦橋に呼ぶと同時に、新来のイ103潜水艦をはじめとして、各艦の艦長と乗艦陸軍部隊の隊長を令川丸に招集した上で、白石航海長を指名し、ティアマト号にいる立入検査隊から、無線連絡による情報収集に当たらせることにした。


 西野少尉の話からは、西方100㌋に空母蛟龍と戦艦出雲以下の艦隊がいることや、東方には、詳細は不明であるが、友軍の艦隊と二式大艇が確実にいることが判明した。


 また、ティアマト号にいる大谷地中佐と花川少尉の報告からは、ティアマト号の素性や、イザベラ姫などの乗客について、そして何より、この世界がどういうものであるかに関して、概略ながら掴むことができた。


「この『世界』にいる日本艦隊の中では、我々が最

 も情報を持っているな、皮肉なことに。」


 イ103潜の里見艦長も


「私も、今、来たばかりで、随分といろいろな

 ことを知ることができました。ただの霧じゃ

 あなかったという訳ですな。」


と言って同調した。


「とりあえず、西野少尉。君の母艦や艦隊と連絡を

 取ろう。これで、艦隊2つと潜水艦一パイに

 合同の見込みができたという訳だ。」


 南郷は、通信長を艦橋に呼び、西野機の母艦である出雲を含めた第25航空戦隊宛ての電報案文を、電報用紙にサラサラと書いて渡した。


「西野少尉。出雲を含む25航戦は西方100㌋に

 いて、我々の東方に、別の艦隊と二式大艇

 がいるのだったね。」

「はい、そうです。」

「では、25航戦にこちらへ来てもらおう。100㌋

 なら16ノットでおよそ半日行程だ。同時に、

 東方の艦隊にもここへ来てもらえば、全部の

 艦艇が、無理なくこの場で揃うのではないか

 と思う。」


「ちょっと確認なのですが。」


 無線に掛かっていたはずの白石航海長が、質問を挟んだ。


「何だ。言ってみろ。」


 南郷が先を促した。


「我々の東方にいるのは、二式大艇のほか、艦艇

 なのでしょうか。ただビーコンが出たというだ

 けでは、艦艇なのか陸上基地なのかは不明だと

 思うのですが。」


 南郷は、少し頷く仕草をし


「いい質問だ。」


と前置きしてから、説明を始めた。


「俺は艦艇で間違いないと確信しているが、理由は

 二つある。まず一つ目は、大艇は父島を呼んだが

 応答がなかったことだ。父島くらいの規模の通信

 施設であれば、送信設備が一つ二つしかないとは

 考え難いから、応答しないのはおかしい。二つ目

 は、今、東方にいる誰かも、大艇や我々と同じよ

 うに、この世界へ迷い込んだ存在のはずだから、

 陸上の基地であることはまず考えられないという

 ことだ。」


 白石は、この説明を聞いて


「なるほど、腑に落ちました。」


と、あっさり引き下がった。


「ところで航海長、無線はどうした。この世界の

 何か新しい報告はあったか。」


 南郷は、逆に白石を問い質した。


「あ、そのことですが艦長、立検隊からの報告は、

 乗客に混じっているエルフとかいう耳長種族が

 美人だの、犬や猫のように頭のてっぺんに耳の

 ある種族がいるだの、という情報が目新しい

 ところではありますが。」

「なんだ、それは。動物園かサーカスの話かね。」


 白石が冗談を言っているようには見えなかったものの、内容は興味深いが馬鹿馬鹿しくもあった。


「いえ、肝心なのは、あの帆船、ティアマト号に

 は、さる国の王女殿下が乗艦しており、可能な

 限り明日中、遅くとも明後日午後の早いうちま

 でに目的地に到着せねば、公務に重大な支障が

 生ずる、と申し立てているとのことです。」

「要するに、お姫様は先をお急ぎだ、ということ

 かね。」

「簡潔に申し上げれば、そうなります。」

「では、最初からそう言いたまえ。」

「はっ。」


 注意されて、白石は畏まった。


「助けてもらっておいて、用事があるから、はい、

 さようならってか。」

「釈然とせんな。」

「いや、本当にお姫様なら、そんなもんじゃない

 のか。」


 艦橋の面々が、また囁き合っている。


「特にどうということはないだろう。」


 南郷が提案するように語り始めた。


「我々同様に、彼、彼女たちも用務があってあそこ

 にいたんだろう。そうであれば、一所に留め置く

 のは無理というものだろうな。」


 一息ついて続ける。


「元々、立検隊と交換で誰かに来てもらおうと考え

 ていたが、来てもらった上で一緒に航行を再開

 すれば良い。」

「それだと、どこへ行くか分かりません。」


 誰かが反論した。


「じゃあ聞くが、おそらくは占守島も幌筵島も存在

 しないであろう、まあ、これはとても説明のつか

 ない緯度・経度にいたり…。」


 ここで南郷は帽子を取り、ハンカチで汗を拭った。


「ふう。今、みんな汗だくだと思うが、このおよそ

 千島沖ではあり得ない暑さも証明しているが、

 そんな行く当てのない世界で、どこへ行こうと

 いうのかね。」


 南郷は、もう一度汗を拭った。


「であるならば、だ。いっそ彼らに付いて行こう

 じゃないか。あの帆船…ティアマト号には、

 お姫様が乗っているんだろう。じゃあ、それを

 切っ掛けにお姫様の国と友誼を結ぼうじゃない

 か。どうだい。」


「私としては賛成いたしますが、各艦合同という

 ことであれば、将兵もさることながら、25航戦

 司令部や、各艦の艦長などにも諮るべき決断と

 思料いたします。」 


 令川丸の機関長橋爪機関中佐が、度の強い眼鏡をハンカチで拭きながら意見具申した。


「もとより、手前勝手に行動するつもりはないが、

 ある程度の方針は固めておく必要があると、俺

 は思う。何か意見があれば聞こう。里見さん、

 どうですか。」

 

 南郷は、イ103潜の里見艦長に意見を請うた。


「そうですね。現在、いろいろ五里霧中です

 が…。」


 里見は冗談を言ったつもりはなかったが、ここまで言い掛けたところで、何人かがクスクス笑った。


「特に本艦の場合、陸に上がれる見込みがないと、

 士気を保つのが難しいですね。」


 穴倉暮らしの潜水艦乗りの本音である。


「よろしいですか。」


 一人の士官が、手を上げて発言を求めた。


「大和田大尉、どうぞ。」


 発言を求めたのは、輸送艦第百号艦長の、大和田予備大尉である。


「ご承知のとおり、私の艦は長期行動を前提として

 おらず、陸軍部隊多数が乗艦しております。

 今までは『島に着くまでの我慢』でしたが、この

 先、行く当てもないと、陸兵がもちませんが、

 これは根室も同様と思います。」

「まったく同感であります。部下の心労は、察して

 余りあるのであります。」


 大和田予備大尉に続いて、乗艦部隊の中隊長の朝日陸軍大尉が、陸式言葉で発言した。


「よろしい。そのためにも、ちょっと王女様を

 頼ってみようじゃないか。」


 南郷が締め括った。


「今一つ報告。」


 白石が付け加える。


「言ってみろ。」

「はい。当該帆船ティアマト号の行先は、現在地点

 の西方、約1日行程の『ブリーデヴァンガル島

 デ・ノーアトゥーン港』とのことです。」


 ティアマト号の行先は分かったが、当然だが、どこにあるのか、皆目見当がつかない。


「航海長、ここから帆船の1日行程とはどのくらい

 の距離か分かるかね。」


 南郷の質問に白石は


「帆船の速度は、船の種類や風に左右されますが、

 平均時速6ノット程度として、140㌋から150㌋

 キロ換算で260~270㎞と思われます。」


と、計算尺を操作しながら答えた。


「したがいまして、我々の船足であれば、ちょうど

 その半分、12時間程度の距離となります。」


 これを聞いた南郷は


「待てよ。そうすると、25航戦は、帆船の目的地

 から存外近い辺りにいるんじゃないか。ひょっと

 すると、ほかの現地船舶と出会っている可能性も

 ある。こいつは、むしろ先を急がにゃならん。」


 と言って、少し慌て出した。


「各艦長は、至急自艦へ戻り、出港準備をお急ぎ

 ください。」


 そう言いながら、電報用紙にタッタッターっと鉛筆を走らせ、25航空戦隊宛ての電文を起案した。

 要は、「至急合同するから、現在地点で待たれたい。」という趣旨である。


 また、後方にいるはずの艦隊に向けても、簡潔な状況説明と、「至急後に続かれたい。」との電文を送った。


 同時進行で、立検隊への無線を通じて、「大谷地副長と立検隊の半数はそのままティアマト号に残すが、ティアマト号からどなたか来艦されたい。」と要請した。

 

 真っ先に返答が届いたのは空母蛟龍以下の25航戦で、第25航空戦隊司令桑園少将から令川丸艦長宛てとして

「来訪ヲ歓迎ス。」

旨の返電があった。

 25航戦は、西野機からの報告を受け、令川丸以下の存在を確認していたから、返電も早かったと思われた。

 次いで、いよいよというべきか、令川丸がその正体を確認できていなかった、父島から転移した水上機母艦千早から、艦長如月大佐名で

「我レ水上機母艦千早ナリ 現在二式大艇ノ搭載

 有ル為メ移動不可ナリ」

との返電があった。

 同時に通報のあった緯度・経度から、令川丸の東方約100㌋の地点に、千早ほかの艦艇がいるものと推察された。


「時間はかかるが、利尻を向かわせ、状況を詳細に

 説明させよう。大艇は、母艦から降ろして飛ばせ

 るしかないだろうが、交渉次第でティアマト号の

 行先の島に向けて飛べる可能性があるから、とり

 あえず現状維持だろうね。」


 そう南郷は決断し、周囲に話した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る