神凪探偵とは。(短編完結)

星屑コウタ

第1話 ピントぼけ

「しかし、やだねぇ~」

「そうでやんすね」

「妖精は、子供のまんまがいいよなぁ~」

「そうでやんすね! そうでやんすね!」

「ああ、うるせぇ」

 神凪俊郎かみなぎとしろうは、肩に止まったカラスを追い払った。カラスは「そうでやんすね」と繰り返しながら、西の空を朱く染める太陽を追いかけて行った。

「暇だ暇だ。暇潰しの出来る、話の分かるやつはいねぇのか?」

 神凪が喚くと、一羽の白い鳩が飛んできて、肩に止まって訊いた。

「お前は刑事デカか? それとも探偵か?」

「探偵だ」

 と言って神凪は鳩を睨んだ。人様の肩で勝手に羽を休めるな。あそこの電線を使えよ、おい。

「探偵なら金で動くな。金をやるから、ここから出ていけ」

 ふん。なめんなよと神凪は思った。

「ここら辺はお前の縄張りか何かか? お前のエサ場を横取りしようなんて思っちゃいない。もちろん巣にある卵をつついたりもしない。だからほっとけよ。俺は、あのラブホテルの中から出てくる妖精を写真に撮らなくちゃならねぇ。ついでに馬鹿な子供たちの目を覚ましてやらなきゃ」

「話の分かるやつを呼んだのはお前だ」

 白い鳩はピンクのクチバシで神凪のほっぺをつまんだ。

「いてっ。何しやがる」

 神凪が手で乱暴に払うと、鳩は頭の上を飛び越えて反対側の肩にたどり着いた。そして言った。

「私も探偵なんだ。妖精に雇われている」

「なんだと、何しに来やがった?」

「妖精からの伝言だ。写真は撮らせない。金をやるからとっとと帰れ。先に浮気をしたのは、お前の雇い主のほうだと」

「関係ねぇ」

 と神凪は吐き捨てるように言った。どっちが悪だなんて関係ねえ。妖精の悪事を全て、白日の下に晒してやるつもりになっている。たっぷりとネタはあがっているんだ。

 賑わいの外れにあるホテル街には、薄い闇が訪れて、看板の電飾が目立ちはじめている。ホテルに裏口は無かったはずだ。買い物袋を持った従業員が、あそこの自動ドアから入っていったのを、神凪は見ている。あそこの自動ドアを潜るしか、ホテルからは出られない。なので何時間でも、それこそ妖精さんが、ホテルの延長料金を払えなくなるまで見張りを続ければ、いつかは浮気現場を押さえることはできる。そこには子供の夢を裏切った、汚い大人の妖精さんが写るはずだ。

「ちなみに……」

 と言って神凪は鳩を見る。

「妖精さんは、いくら積むって?」

「三百万」

「うそ」

「ほんと」

 鳩は背筋をピンとする。神凪は咳払いをした。

「鳩の国のお札は禁止だぞ?」

「大丈夫。日本円だ」

 依頼の少ない神凪の探偵事務所では、懐具合はいつも寂しいし人も雇えない。ようは喰うだけで必死である。

「三百万はいつくれる?」

「今からあげる」

 鳩はクチバシで羽を抜いた。造り物のように美しい羽は、一瞬で一万円札に変わる。

「ほれ、ヨダレが出ているぞ。まずは手付けに一万円。まてまて、あと九枚差し上げよう」

 鳩は次々と羽を抜いた。神凪は十万を握りしめて「すげぇ」とこぼした。

「羽が金に変わるのか。もっとよこせ」

 嫌な気配を感じて、逃げ出そうとした鳩の両足を掴むと、神凪は余った手で羽をむしり始めた。金の亡者と化した神凪は、ついには全部の羽をむしってしまう。百万円の束が数十個積みあがって、その隣には鳥肌を晒した鳩がこけていた。虫の息をしている。

「やったぞ。これで数年は遊んで暮らせる」

 神凪が金をポケットに詰め込んでいたら、お尻に激痛が走った。女の声で「カンチョ―!」と言ったのが聞こえた。

 神凪が顔を真っ赤にして振り向くと、両手でピストルを作った妖精がいつの間にか後ろに立っていた。

「お前は僅か数千万のために、人語を操る偉大な鳩を殺した。汚い大人はお前の方だ」

「出たな裏切り者」

 掴みかかろうとした神凪の腕が急に縮む。頭と手足が急に縮む。あっという間に小学一年生の身体になった。

 妖精さんは昆虫のような瞳で、背丈の縮んだ神凪を見下ろした。

「もう一度だけチャンスをあげよう。もしもまた、私をつけ回すような人生を選ぶなら、いよいよお前には愛想がつきるよ。いいかい? 他人のことは放っておきなさい。他人の給料にいちゃもんをつけてはいけないよ。他人を思い通りにしようなんて、無理な話だ。そんな暇があるのなら、普通に寝て食べて、温かいお風呂に入れたことを感謝するんだ。ありのままの自分を受け入れて、どうか他人と自分を比べて愉悦に浸るような惨めな行いは、やめて欲しい。貴方はあなたの心の形で出来ている。辛いことも悲しいことも、嬉しいことも、涙が溢れる感動も、あなたの思うがままなんだ。さあもう一度、旅をやり直すんだ」

「おぎゃあ」

 と神凪は返事をした。そこにはハイハイを始めた赤ん坊がいた。もぎたての桃のような、ぷりっとした頬っぺたを桃色に染めて、ケタケタと笑っていた。

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