異世界転生したら俺のスキルが「ささくれ」だった件

ハルカ

ありとあらゆるものを「ささくれ」にするスキル

 トラックにひかれた俺は、気がついたら異世界に来ていた。

 目の前に女神が現れて「スキルを授けました」などと言うものだから期待に胸を膨らませつつオープンステータスしてみたら、スキル欄に「ささくれ」と書かれていた。

 なんだよ「ささくれ」って。意味がわからん。


 俺は絶望した。

 せっかく異世界転生したってのに妙なスキルを押しつけられて、チートスキルも転生者特典も主人公補正もなしナシ。やってらんねぇ。

 きっとあの女神、ネタ切れに違いない。


 一応スキルを発動させてみたが、文字通り指にささくれができた。人差し指の薄皮がぺろりんと剥けた。地味にぇ。なんだこのスキル。

 こんなスキルでは異世界で華々しく活躍する道など到底望めない。

 だが、生きていれば腹が減るし、食わねば生きてゆけない。幸運にも俺は小さな町の食堂で皿洗いの仕事を見つけた。


 しばらくは地味に目立たないように皿を洗って日々を過ごしていたが、そのうち面白いことに気付いた。この「ささくれ」スキルは自分の手だけではなく、いろいろなものをささくれにできるらしい。

 物の一部をつまむように親指と人差し指で挟むと、そのままささくれのようにぺろりんと剥ける。ゆっくり剥けばどこまでも剥けるし、勢いよく剥がせばぷちっとはがすこともできる。


 そのことに気づいてからは、スキルを少しずつ有効活用し始めた。

 豆のすじを取ったり、肉のすじを切ったり、あとは果物のすじを取るのにも使えるので地味に便利だった。

 うまくやれば魚のうろこを取ったりもできるし。


 そのうちだんだんスキルを使うのに慣れてきて、豆のすじも肉のすじも魚のうろこも、エビに似た生き物の背ワタを取るのもサクッとできるようになった。

 それになんだか、前よりも大きなささくれを作れるようになった気がする。

 久々にステータスを見たら、いつのまにかレベルが上がっていた。


 仕事が暇だったある日、俺は何気なく貝の殻にスキルを試してみた。

 硬いはずの殻はすっぱりと切れ、美しい断面を見せた。そのとき俺は思った。

 もしかしたらこのスキル、料理以外のことにも使えるんじゃないかって。


 レストランの合間に、ギルドで採取の仕事をうことにした。

 といっても薬草みやキノコ採りじゃない。木の皮をはいだり鉱石の一部を削り取ったりして持ち帰るのだ。素材はギルドで買い取ってもらう。それをお偉い学者先生が標本にしたり、あるいは調合師が薬を作ったり、細工師が装飾品などの材料にしたりするのだという。

 俺はもともと昆虫や鉱物なんかの標本を眺めるのが好きだったから、採取の仕事はとても楽しかった。そのうち採取の方が忙しくなってきて、皿洗いの仕事はやめてしまった。


 スキルを使えば、どんなものでもささくれさせることができた。

 この世界で最も硬い金属でも、あるいはスライムのように軟らかいものでも。俺に採取できないものはひとつもなかった。


 しだいにギルドも俺のスキルを頼りにし始め、依頼はどんどん難しいものになっていった。

 ときにはダンジョンにある希少な素材を採取してきてほしいという依頼もあった。

 だが、戦闘力が皆無の俺にとって、モンスターが出る場所におもむくのは難しかった。


 といっても、わざわざ採取のために護衛を雇うなんて仰々しい。だから、どこかのパーティがダンジョンに潜ると聞けばそれについていった。

 俺は「ささくれ」スキルを使って採取の難しい希少な植物や鉱石なんかを採取し、その半分を謝礼として渡していた。


 その他にも、鍵のかかった宝箱なんかは鍵の部分をささくれさせて取り除けば簡単に開けることができたし、その他にも怪しい罠を解除したり、魔導書の封印を解除したりと、「ささくれ」スキルの活用方法はどんどんバリエーションが増えていった。

 ときにはスキルでモンスターをさばき、腹ごしらえをすることもあった。食堂でバイトした頃の経験が役に立って嬉しかった。


 冒険者は気のいい連中が多く、ダンジョンに潜ったあとは報酬で酒を飲み、俺に戦い方をレクチャーしてくれた。相手をよく見ること。自分がどれだけ戦えるのかを知ること。そして、冷静に状況を見極めること。

 ささくれとは削ることに等しい。初めてモンスターの命を削り取ったとき、俺は自分も戦えることを知った。


 その頃になると、最初の頃とは比べ物にならないほど大きな「ささくれ」を作れるようになっていた。もちろん力を加減すれば小さなささくれも可能だが、俺はより大きな「ささくれ」を作ることに夢中になった。

 モンスターを倒して経験値がどんどん入るようになり、スキルはさらに強化されていった。


 ダンジョンの床をささくれさせてモンスターを深い溝に落としたり、ダンジョンの天井をささくれさせて岩を落として敵を押し潰したり。あるいは、素早く相手の身体や武器を削り取って弱体化させたり。

 工夫すればするほどスキルはさらに広がりを見せた。


 一方で、人助けもした。

 斧でるように木の根元をささくれさせ、伐採の仕事を手伝う。

 地面にささくれを作り、川の流れをコントロールして畑に水を引く。

 モンスターを解体し、その肉を調理しやすいように切る。

 最初はハズレだと思っていたスキルが誰かの役に立つのは嬉しかった。


 そうやってしばらく充実した日々を送っていたが、ある日、とあるパーティから声をかけられた。

 力を貸してくれないか、と。

 異世界から来て皿洗いや採取ばかりやっていた俺でも知っている有名なパーティで、メンバーも最上ランクの冒険者ばかりだ。

 そんな、誰もが憧れる冒険者から、頭を下げて頼まれた。

 どうか助けてほしいと。

 断ることなんてできなかった。


 パーティに入った俺は、酒場の冒険者たちとは比べ物にならないほどレベルの高い戦闘指南を受けた。スライム相手に大騒ぎをしていた俺はもうどこにもいない。

 この世界に来たばかりの頃には自分の手に小さなささくれを作っていた俺が、今や地面を「ささくれ」させて巨大な地割れを作り出している。

 その中に、たくさんのゴブリンたちが呑まれて慌てふためく光景を、俺はどこか遠い世界の光景を見るように眺めていた。


 難攻不落と言われた魔王城は、「ささくれ」スキルによってあっけなく崩壊した。

 大地にはモンスターの死骸が山のように積み上げられている。

 俺は空気中に無数の「ささくれ」を作り出す。生み出された真空波が容赦なく魔王に襲い掛かり、その身体をじわじわと切り刻んでゆく。

 決着がつくのはあっという間だった。


 王国に戻ると、大勢の国民が俺たちを出迎えてくれた。

 俺たちは多くの地域から招かれ、行く先々で讃えられ、手厚くもてなされた。

 異世界へ来たばかりの頃は俺のことなんて誰も知らなかったはずなのに、今では誰もが俺のことを知っている。

 気がつけば、俺は異世界で勇者になっていた。


 でも俺は、そんな生活にすぐ飽きてしまった。いつでも少し浮足立っているような居心地の悪さがあった。

 人には人の、相応な生き方というものがある。

 俺のスキルは「ささくれ」だ。地味で目立たないはずのスキルだ。

 本来なら、こんなに賞賛されるはずのないスキルだ。


 そんな俺を救ってくれたのは、かつての同僚だった。また一緒に働かないか、と。

 ギルドも声をかけてくれた。また採取の仕事をしないかと。

 酒場の冒険者たちも俺を呼んでくれた。土産話を聞かせろと。


 俺は喜んで頷いた。

 なじみの厨房やギルドや酒場の空気は懐かしくて、落ち着いた。これまでの華々しい冒険が楽しい夢だったように思えた。

 やっぱり俺には地道な暮らしが似合っている。心の底からそう思えた。

 それはまるで、ささくれになって失われた体の一部が、またゆっくり元に戻っていくようだった。


 そういうわけで、俺は今でも異世界の片田舎の町で豆のすじを取りながら暮らしている。

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