禁忌の材料

ナトリウム

このお話は某名作とは全く関係ありません

「ささくれを集めてな、ささくれを集めてな、クローンを作ろうと思うたのじゃ。」

 老婆は鴉の啼くような声で某文豪の名作のような台詞を口走った。


 老婆はかつて、高名な生物学者であった。しかしある時から密かにヒトのクローンを作る研究を始め、それが発覚して所属していた研究所を追放された。

 ヒトのクローンを作るという禁忌を犯した生物学者は、当時大きな話題となった。外を歩けば人々に後ろ指を指されるようになり、人目を避けるように学者は人里離れた山奥に住みつくようになった。そして、長い時を経て人々の記憶からは薄れていった。


 学者が辿り着いた無事丹生加枝山ぶじにはかえさんには時折登山者が来ることがあったが、過酷な環境のため登れても無事に降りられる者は多くない。道半ばで行き倒れた亡骸から細胞を採取し、学者は年老いるまで人知れずクローンの研究を続けていたのだ。


 いつもなら生きている者とはほぼ出会わない。だがこの日は不幸にも、債務者を埋めに来た見るからに堅気ではない男と遭遇してしまった。遺体を漁る不気味な風貌の老婆を見た男は、これから自分がやる事を棚に上げて老婆を咎めた。

「ささくれからクローンを作る」という俄かには信じがたい答えを聞いた男は、何だよボケ老人がよぉと吐き捨てながら山を登って行った。


 しかし、男が老婆の話を信じていなかったとしても、ここで見られた以上は生かしてはおけない。山奥で今でもクローンを作っているということが世間に知られる可能性が少しでもあるなら排除しなくては。

 老婆はこれまでの研究で作ってきた大量のクローン忍者達に、山を登って行った男を始末するように命じた。その数はざっと百人を超える。登山者を無事には帰さぬ過酷な山の中では、逃げ切ることは不可能に近い。


 そう長く経たないうちにクローン忍者のうちの一人が帰ってきて、問題なく男を始末したと報告した。これで山奥での平穏な研究生活は守られた。


 老婆の行方は、誰も知らない。

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禁忌の材料 ナトリウム @oganesson0409

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