【KAC20245】咄嗟の言い訳に、差が出ます

草乃

✱ 咄嗟の言い訳に、差が出ます

 実は今日は、恋人ではない女性と待ち合わせの後喫茶店で話をしました。


 世間で言うところの浮気でも不倫でもなんでもありません。純粋に、本の内容や伏線、登場人物たちの在り方などについてほどほどの熱意混じりに語らいました。

 今日に至るまで、その女性――ヨノミさんとの接点は全く無く、おそらく人生でこうして向かい合って本についての話を永遠にも続きそうなほど出来るヒトと出会えるとは考えもしませんでした。


 楽しい時間とはあっという間に過ぎるもので、二時間も話し込んだ私たちはようやく席を立ち店を後にしました。

 そうして駅までの道を歩いて居る途中で見知った顔と、目があってしまったのです。

 一瞬にして血の気が引いてしまいました。さながら浮気の現行犯といったところでしょうか。

 いやいや、彼女――恋人はモモといいます――モモは「あっ!」と驚きつつこちらに駆けて来ましたが、私の隣をみて表情が固くなりました。

 この方は? というモモの顔に私は先程の語らいで語彙力を全て使い果たしたとでも言うように言葉を失ってしまいました。

 特段やましいことはありませんでしたが、恋人がいる身で別の女性を連れ立っていることの怪しさは私にだってわかります。

 ただ、モモにも異性の友人知人関係があることは知っています。私は、今日会うことを話していなかったことを、事前に一言でも伝えていればと、後悔しました。人付き合いがあまりなく、小さなコミュニティでしか生活してこなかったツケとでもいいましょうか。

 人と会う、という予定の場合、人の性別はあまり問わないでしょう。私もこのように鉢合わせが念頭になかったもので、つい目が泳いでしまいました。

 私は言い訳というものが苦手です。ウソを付くのも苦手です。


「え…、っと」


 私は今隣にいるヨノミさんの顔をみました。なにか良い返答が出来ればとの事でしたが彼女はただ一の字に引いた口を軽く弧を描くように動かして眼差しだけで「はなさないで」と私に訴えかけました。

 私たちのきっかけである本の著者はあまり女性受けのしない小説家だからでしょう。お互いに理解し合える部分です。

 流石に話をうまく誤魔化せる自信はなく、私は「この間、図書館で知り合ったんです」と要点だけ言うことにしました。


「スグリと本の趣味があったんだ?」


 そう言いながらヨノミさんをみる。彼女はのらりくらりといったようでニコッと微笑むだけだった。

 本の趣味、というだけでモモがそれ以上何も言わないのは、私の手にする本の種類は多種多様でふいにどのジャンルのどれである、と言われても知らないこともあるからです。

 どっと心臓に負荷のかかる日でしたがその日はうまくごまかせただけではなく、ヨノミさんが「じゃあ、私は帰りますね。お話、楽しかったです」と帰ってくれたので奇妙な時間は終わりを迎えました。


 ただ、また数日してから思い出したように「そういえばこの間のキレイめの人、図書館であったのはあの日じゃなくてそれより前なんだよね?」と焼きそば用のキャベツを切る私の背に質問が飛んできて思わず指を切りそうになったのは、仕方のないことかもしれません。

 もちろん、ヨノミさんは話してほしくなさそうでしたが仔細説明して「スグリ、あの態度じゃあ浮気疑われても仕方がないぞ」と盛り上がった本の話よりもやはり態度のほうが問題であったとゆるっと釘をさされることとなりました。

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