第三章 ~『図書への嫌がらせ』~
古典文学、歴史、哲学、医学、天文学など多岐にわたるジャンルの書物が、精巧な装丁で統一され、本棚に整然と収められている。
順分満帆な運営がこれからも続く。そう期待していた
「人気の書物が全部借りられていますね……」
蔵書の中でも輪読会で使われるような娯楽性の高い書物を中心に、貸出中の状態が続いていた。
本来なら嬉しい悲鳴なのだろうが、この状態が長らく続いており、借りたい人が借りられない状況に
「もしかしたら嫌がらせかもしれませんね」
「どうしてそう思うの?」
「書物を借りているのは朗読会に参加していない人たちばかりです。しかもその中には文字の読み書きができない宮女も含まれています。ですが、辞書をセットで借りるのを拒否しているようなのです」
読めない書物借りていく理由。それはただ一つ。
「彼女たちの目的が書物を借りることそのものだとしたら……その行動に意味を見出せてしまうのです」
「でも誰がそんなことを?」
「それは……」
「どうやら困っているようですわね」
「あなたが嫌がらせの首謀者ですね?」
「さぁ、何のことかしら」
「惚けるつもりですか?」
「認めてあげる理由もないもの」
「どうすれば図書室に対する嫌がらせを止めて頂けますか?」
「あなたが桂華様のもとで働くと決めたなら、嫌がらせが止まる予感がしますわ」
「平和的な解決は難しいようですね……」
「あなたも頑固ですわね。ですがどれほど頑張っても、最終的には大きな流れに飲み込まれるだけ。音をあげる日を楽しみにしていますわ」
「
「不快な思いはしましたがただそれだけです。それに収穫もありました」
「収穫?」
「
「慶命様経由で苦情を出すのはどうかしら?」
四大女官の桂華が動いているとなれば、並の権力者では太刀打ちできない。だが総監である慶命からの異議申し立てなら効果はあるかもしれない。
そう
「慶命様でも難しいでしょうね。なにせ『ただ借りているだけだ』と言い逃れができてしまいますから」
ルール違反をしているわけではないため、慶命も簡単には動けない。他に妙案がないかと思案していると、
「貸出期間を短くするのはどう? 確か、二週間に設定していたわよね」
「いえ、今は一週間にしています」
「既に対策済みだったのね……」
「ですが、あまり効果はありませんでした。
さらに貸出期間が短いことで、本来の利用者が使いづらくなる欠点もあった。良案ではないと認め、
「う~ん、他に思いつく手は……」
「その表情、アイデアが浮かんだようね?」
「ええ、この方法なら
「では行動開始です」
策を実行に移すために、
そして新サービス開始当日、図書室には大勢の人が押し寄せる結果となった。集まった聴衆の中には天翔の姿も含まれていた。
「天翔様も来てくれたのですね」
「
天翔の問いは集まった聴衆たちの共通の疑問だった。期待して答えを待つ彼らに、
「私たちが提案するサービスは書物の転写です。紙と筆を用意しますので、図書室の利用者の皆様に写本の作成を手伝っていただきたいのです」
これは文字を覚えるのにも役に立つと、
(もう一押しですね)
図書室のサービス発表に詰めかけてくれる人たちだ。きっと条件さえ整えば、転写にも前向きになってくれるに違いないと、
「この写本作成にご協力いただいた方々には、感謝の意を込めて、他の利用者よりも優先的に書物を貸し出します。そのための書物がこちらです」
聴衆の中には返却を待ち望んでいた者も多い。憧れの本を前にして固唾を飲む。
「さらに転写には時間もかかりますから。貸出期間も一週間から一ヶ月に延長しましょう。如何でしょうか?」
「天翔様、どうかされましたか?」
「もし悪意ある人たちが一斉に申し込んできたらどうするんだい?」
また同じように人気作を借りられない状態になるかもしれない。その危惧は想定内だと、
「きっとそうはなりませんよ。書物を借りるだけとは異なり、写本作成には大きな労力が必要となります。興味のある書物ならともかく、嫌がらせのためだけにその苦労を背負える人はそういないでしょうから」
「転写作業そのものが嫌がらせに対する抑止になっているんだね」
写本制作の苦労を買ってでも書物を読みたいと。そう願えるほどに意欲のある人から優先的に書物を貸し出せるようになる。さらに
「転写の利点はそれだけではありません。完成すれば、写本を別の人に貸し出すこともできます。より多くの人が手に取れるようになるのです」
「まさに一石二鳥だね。さすがだよ、
天翔を含めた聴衆は賞賛の拍手を送る。だが一人だけ、敵意を含んだ視線を送る者がいた。聴衆の影に潜んでいた
「まさか、こんな手を使ってくるとは思いませんでしたわ……噂以上の有能さに、少し驚いていますの……」
「これに懲りて、私の引き抜きを諦めてくれませんか?」
「それはできない相談ですわね」
「私に敵対したこと、後悔させてあげますわ」
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