プロローグ ~『想定外の事態』~
《
「
織物を店頭に並べながら、
「お姉様ったらどこに消えたのかしら?」
「俺たちの仕打ちに耐えかねて、街を離れたのかもな」
「傷心を癒やしたら、また元気な姿で帰ってきて欲しいですわね」
「今度はもう少し優しくしてやらないとな」
言葉とは裏腹に
「
「お姉様の好物ですものね」
「美味しいものを食べれば嫌なことなんて吹き飛ぶんだから。素直で従順なお姉ちゃんなら、きっと分かってくれるわ」
それを見抜いた
姉を馬鹿にされても本気で怒らないのは、彼女らが
本当に家族のことを思うなら、こんな反応にはならない。無自覚で寄生している家族が滑稽で仕方ないと、口元が緩むのを抑えられなかった。
「俺は本当に幸せものだな」
「どうしましたの、急に」
「いや、しみじみと感じてな」
強く命じれば娘を罠に嵌める母親に、姉の婚約者と不義理を果たす妹。彼女らの根底にあるのは強者への服従だ。
織物屋を継ぐために、ノウハウを習得してきた
「美人な嫁に、大金まで手に入る。俺は三千世界で一番の幸せものだ」
「
「談笑中に失礼するぜ」
団欒を打ち壊すように、織物屋の扉を乱暴に開き、男が足を踏み入れる。広い肩幅にガッシリとした肉体、ヘビのような鋭い目付きは忘れたくても忘れられない。
彼は借金取りだ。身に纏う雰囲気だけで、店の静かな日常を一変させる。
「本日はどのような御用で?」
「俺の仕事はなんだ?」
「金貸しですよね?」
「そうだ。なら用件は一つだろ。貸した金を回収しに来たんだ」
「ちょっと待ってください!」
借金取りには
「あの宝石店を売れば、俺の借金を返してお釣りが来るはずです」
あれだけの一等地ならすぐに現金化できるはずだ。だが男は期待に反して首を横に振る。
「借金はな、借りたお前から回収させてもらう」
「な、なぜですか!」
人はより楽な方向に流れるものだ。
その疑問に借金取りは答えない。それどころか拳を振り上げ、
「……どうして殴るんですか?」
「お前が俺を騙そうとしたからだ」
「……騙す?」
「あの宝石店を差し押さえられるわけがないだろ。なにせあの物件は後宮の担保になっているからな」
「はぁ?」
後宮とは皇帝の妃や側室が住まい、数多くの宦官が働く内廷である。次代の皇帝を輩出する組織だからこそ、その政治力は大きく、街の高利貸しなど吹けば吹き飛ぶような権力を有している。
「後宮が絡んでいるとはいったいどういうことですか!」
「知らん。だが結論は只一つ。多少面倒だが、宝石店を処分できない以上、お前から回収するしかないということだ」
借金取りが鋭く言い放つ。その言葉は彼の胸を圧迫した。
事態の不穏さを
「つまり借金は
「借りた奴が返すことになった。ただそれだけだがな」
「そんなの困るわ。これから子供が生まれて、お金もかかるし、結婚式の費用もたくさん必要なのよ。
「知ったことか。俺たちはしっかりと金を回収する。それだけだ」
「そう。でも残念ね。
「聞いたぜ。
「それがどうしたっていうんだい?」
「もう
「協力?」
「この織物屋をもらっていく。街から外れた位置にあるから、物件の買い手を見つけるのには苦労するだろうが、後宮と揉めるリスクを背負うよりマシだ」
「この店は代々続く老舗なのよ。売れるわけないじゃない!」
「俺は金を回収するためなら何でもやる。無理矢理にでも売らせるだけだ」
借金取りの男は絶対に退かないと、目の鋭さを増す。強面を向けられ、
二人の様子を傍観していた
「待ってくださいまし! もし店がなくなったら私の生活はどうなりますの?」
「街に出れば仕事はいくらでもある。働け」
何なら店を紹介してやると、借金取りの男は続ける。
「この店がなくなるのは俺も困る!」
「それは金を返せないお前が悪い。ひとまずは金利代わりに商品を貰っていく。次までにしっかり金を用意しておけよ」
金利分の商品を肩に乗せると、借金取りは店を去っていく。その背中を見つめながら、足から崩れ落ちた
「いったい、何をしたんだ、
罠に嵌めたはずの
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