ささく恋愛

七霧 孝平

ささくれからの恋愛

「いたっ」


学校の教室に小さく少女の声が響く。

その声の主は『霧奈(きりな)』

学校ではあまり目立たない少女であった。


その声に彼女の友人たちは反応しない。

いや、元々彼女は友達が少なかった。


(ささくれ……)


彼女は自分の指を見る。

指にはいくつかのささくれができていた。


「ささくれだな」


霧奈の前から男の声がする。

そこに立っているのは……


「真鐘(まかね)くん……」


霧奈の前に立つ少年、真鐘一郎。

眼鏡と鋭い目つきが特徴の男子生徒だ。


霧奈は真鐘のことはそこまで詳しくなかった。

というより真鐘の常に不遜な態度が、少し恐く近寄っていなかった。


「ささくれは乾燥が主な原因だ。保湿をしておけ。……保湿剤だ、使え」


真鐘は何故持っているのかポケットから小さな容器を取り出し、霧奈の机に置く。


「あ、ありがとう……」


霧奈はそれを手に取り、手、指に塗っていく。

それを真鐘は見終わると、今度はポケットから箱を取り出し置いた。


「絆創膏だ。ささくれを切ってもいいんだが、今はとりあえずこれを貼っておけ」


「あ、ありがとう……?」


霧奈は真鐘の意外な優しさに驚きと嬉しさを感じた。

一方、何故、そんなに関わったことのない自分に優しくしてくれるのか、

霧奈はわからない。


「なんだ?」

「う、ううん。真鐘くん、なんでここまでしてくれるのかな、って」


それを聞いて真鐘は大きくため息をついた。

そして普段の少し恐い声とは違う子供のような声で囁く。


「覚えてないよなあ……三年前のことなんて」

「三年前……?」

「その容器、覚えてない?」


霧奈は保湿剤の容器の裏を見る。

とても真鐘の物とは思えない、可愛いキャラのシールが貼ってある。


「これ……あっ!」


霧奈は思い出した。

三年前、同じクラスの少年に、今の真鐘と同じように、

保湿剤を渡したことを。


「え、で、でも……」


霧奈の記憶にある保湿剤を渡した少年は、もっとおとなしく控えめな少年だった。

今の真鐘とは似ても似つかない。


「別人だって? そりゃあれから三年も経ってるからな」


真鐘は眼鏡を上げながら笑顔を向けた。

その笑顔に霧奈はドキッとした。


「それ、返すよ。絆創膏はあげる。じゃあ!」


真鐘は廊下に駆けていく。

その表情は嬉しそうに赤く染まっていた。




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