9.能力不足によるクビは追放じゃありません


『ふぇっ、く、クビですかっ⁉』

『だってお前アーチャーなのに全然当たらねぇじゃん。最初の1発目は絶対外すしよぉ』

『いつかアタシ達に当たりそうで怖いのよね』

『うむ、エルフと期待したが我々の実力には程遠いな』

『だから今日で契約終わり、お疲れ~』

『そ、そんなぁ…………!』



 ◇ ◇ ◇



「……カンペー?」


 意識が遠のいてたようだ。

 そんな俺を、アイナが顔を覗き込ませていた。またしても魔眼レンズを作ろうという相手の記憶が垣間見えてしまったらしい。しかもアイナの時より鮮明で、嫌な記憶の部分だけ……なのだが、なんというか聞いてた通りというか……思わず同情してソニアの肩を叩いた。


 理不尽な追放じゃなくて、本当に単なる解雇クビだった。


「レベル、上げような」

「カンペーさん⁉」

「なんだ、もう新しいパーティー見つけたのかよソニア」


 会話に割り込んできた剣士の青年が物珍しそうにこちらを見てくる。それもそのはず、なにも得物をもっていないのだから。


「今度は味方に当てないようにね~」

「う、うぅ……当てたことなんかないのに……」


 追放パーティー(仮名)達が受付の方へ離れていくのを、ソニアは涙目で見送った。

 さすがにちょっとかわいそうになって来たので俺から問診してみる。入り込んだ記憶で、気になることがあるし。


「なぁソニア、いま魔眼で見えたんだけどさ。お前1発目を必ず外すのってなんか理由ワケあんの?」

「え、えっと……まず1発目を撃ったらそこで修正して2発目で仕留めるように頑張ってました! に、2発目は絶対当てます!」


 なんだか単なるドジっ子かと思ったら……もしかしなくてもこのエルフ、結構優秀なんじゃないか? 要するに1発目は軌道修正の為の調整だろ? 恐らくは見えにくい状態での苦肉の策ってとこか。


 俺としてはおかしくも思わなかったが、先生アイナは違う。


「命のかかった場面で何度もそれはしてられないかもね」

「あー……」


 大事なことが抜けていた。

 ここは日本ではない。どの程度危険かは知らんが、例えば熊相手に1発外す暇なんてないと考えたとすると、さっきのパーティーがソニアをクビにする理由もわからんでもない……が、


「それにしたって冷てぇなぁ、この世界の人間は新人育成が下手なのか」


 大した気休めにもならないが、ちょっと声を張って呟いてみる。

 誰にだって慣れない期間はあるもんだ、大体パーティー加入時に新人かどうか確認するだろうに。それを怠ってるとしたら、それはあの剣士たちにも責任があるわけで。

 なんだろ……昔仕事を教えなかった先輩思い出してきたな。


「ははっ、カンペーも大胆だね」

「おい、オレ達に何か言いたいことでもあんのかよ!」


 視線と声に気づいたのか、追放剣士(名前知らんし)がこちらに詰め寄って来た。面倒な患者と比べれば後腐れがない分メンタルに良い。たまったストレスは異世界で発散である。


「いーや、駆け出しの女の子1人放り出すような奴らって素敵だなぁって思ったわけ」

「冒険者ってのは危険がつきものなんだよっ! 援護できねぇ奴なんかいらないんだっつうの! エルフって聞いたからすげぇと思ったけど、まだそいつホントにガキなんだぜ?」

「知るか……援護できるように仕上げるのが先輩の役目だろ」


 あぁ……適当に切り返せばいいだけの会話は楽だ。ソニアも人前で馬鹿にされたんだからこれくらい言い返したってバチは当たるまい。

 頭に血が上って殴りかかって来るかと思えば、追放剣士は深呼吸。


「……ハッ、外野がピーピーうるせぇっつうの。オレ達は今から大物を狩に行くんだ、邪魔すんじゃねぇ」

「しないけど」


 既にクールダウンしている俺の態度にもイラついたのか、剣士は木製のボードから1枚紙を引っぺがして消えていった。


「ぷ……くくく、冒険者相手に口喧嘩とは……カンペーは本当に面白いね」

「か、カンペーさん……あの、ありがとうございます」

「俺にとっちゃ無関係だから、何言ってもタダだからな。気にすんな」

 

 でも、割と真面目に対処しないとソニアのこれからに影響するぞ。選定の魔眼さんは記憶まで見せてくれたんだからそろそろちゃんと働いて……


ふと、ソニアを見ると、服から1本……金色の糸が垂れていた。


「ソニア、服の糸がほつれてるぞ」

「ふぇ? どこもなんとも……」

「いやほら、そこ」


 慎ましい胸元を指差すと、ソニアは背中を向ける。


「カンペー、患者へのセクハラはやめてほしいなぁ」

「馬鹿。お前にはあの長い糸が見えねぇのか」


 後ろを向いても見えるそれは、先を辿ると木製のボード……貼ってある1枚の紙に繋がっていた。紙面に描かれた身体はライオンか虎か、それっぽい見た目で顔は鷲の姿。


「グリフォンか……もしかして、魔眼持ちの個体なのかな」


 どうやら『選定の魔眼レンズ』はこいつを選んだらしい。

 アイナはグリフォンと読んだが、文字では■■■■■と書いてある。■はそれぞれ謎の記号で読めない。アルファベット……とはちょっと違う。異世界言語? グリフォンっつうと……確かよく敵で出てきたっけかな、ゲームとかで。


「グリフォンって、ベテランの冒険者たちが挑む魔物ですよぉ⁉」

「要はデカい鳥だろ、大袈裟な……」

「カンペーさんはなんでそんな落ち着いてるんですかぁっ⁉」

「……いや、ここ来る前ドラゴンに襲われたし」

「ふぇぇっ⁉」


 いちいちリアクションが面白いなこの子……

 アイナは紙を剥がし、さらっと流し読んだ。


「この辺じゃ珍しい魔物だ。どうやら他所から移動してきて、この城郭都市の付近にある森を縄張りにして街道を襲っているようだね。既に何組かのパーティーが失敗したらしい」


 慌てるソニアに対して、アイナは淡々と読み上げる。震えもせず、ただ事実だけを並べて何も驚く様子はない。むしろ興味があるのは俺が見た『糸』のようで。


「カンペー、今も糸は繋がっているかい?」

「あぁ、ちょうどお前の手の下を垂れてソニアの方に」

「ふむ……カンペー、君がいま見えている『糸』は、恐らく魔眼レンズの力が発動している証拠だ。選定の魔眼――のレンズは、ソニアへグリフォンを選んだ。決まりだね」


 どうやらグリフォンとやらを倒すことが決まったらしい。

 俺の仕事はソニアに必要な素材の選定だからな、戦闘は専門の人間に任せるとして……そろそろ風呂にでも行くか。


「そうかぃ、んじゃお二人で頑張ってちょうだいなぁっと……ぐぇっ⁉」


 ごく自然な流れで診療所へ帰ろうとすると、襟元をがっちり掴まれる。


「おいおぃカンペー、患者に最後まで付き合うのが魔眼フィッターの役目だろう?」

「先生、ここから先は魔法使いの医者や弓使いの出番で一般男性の出る幕はないです先生。先生?」


 カンペーの仕事は終わりましたよ。

 後はお給料もらって終わりですよ。楽な仕事でした。どうもお疲れさまでした……なんてことはなく、アイナはしっかり俺を引っ張る。


「あっはっはっは! 魔眼レンズ使いじゃないか、頼りにしてるよ! さぁ、魔眼蒐集パーティーでグリフォン討伐へ出発だ!」

「大丈夫かこのパーティー……」


 魔眼蒐集パーティー。

・アイナ・グレイ(魔法使い兼医者)

・ソニア    (エルフの弓使い)

カンペー   (魔眼レンズ使いの一般男性)


 ……とりあえず、前衛雇ってください先生。


 


 

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