3.魔眼レンズ



「なんじゃこりゃー⁉」

「いやぁ助けるのに必死だったからね」

「助けるのに何で俺の目が金色になるんだよッ⁉」

に来るにはこちらの物を身に着けている必要があるのさ。着けてくれただろう、私の作品を」


 『ハヤクハヤク! コウイウトキハ……『説明ハ後ダ』デス!』


 この野郎……面倒なことは後回しにして異世界に連れてきたかっただけじゃねぇか。


「それが私の開発している、だ!」

「あぁ、これが……」


 煌々と光を放つ両目。よく見れば、目全体ではなく黒目の外側、本来茶色だった虹彩部分が金色となっている。角膜のを覆う膜の外は、濃い青色の輪郭を作っていた。


「魔眼とやらと何が違うんだよ」

「それこそ眼球と薄膜という大きな違いはあるけど……そもそも純正の魔眼は代償が多くてだね……カンペーは魔眼についてどこまで?」

「えー……目が合ったら石になるとか不思議な目……みたいな」


 昔やったゲームにそんなキャラクターがいたような気がする。神話だったかな? 未だにどんな原理かよくわからんが。


「石化の魔眼か、稀少度の高いモノだ。もっとこう、簡単に……魔法に縁のないカンペーに説明するなら、『魔法が使える眼』のことさ」

「眼ぇなくても魔法使ってたじゃん……」

「通常の魔法とは体系の異なるの!」


 ムキになって説明する姿は年相応に見える。そういえば17歳ってカルテに書いてあったけど、どうなってんだ?


「神あるいは、神に等しい存在である神獣や人間を襲う魔物は人間の魔法を使わない。代わりに独自に進化した魔法や魔眼を有していて、それらを扱えれば常人離れした能力を手に入れられる……素晴らしいと思わない?」

「はぁ…………」

「でもね、圧倒的な力を持つ魔眼は保有者に対してデメリットもある。寿命や五感のどれかを代償にしたり、ね。生まれつき魔眼を持った人間もいるけど、やはり悲運に遭うことが多い」


 ……さらっとヤバいこと言ったよなこいつ。

 

「実際魔眼を求める人間に埋めこんであげることもあったけど、みーんな悲惨な目に遭ってたんだよね。ま、私のこと脅してやらせたんだからいい気味だけど。報酬ももらったし」

「魔眼の話はわぁった。で、そんなもん付けた俺はどうなるのよ」

「もぅ、いいとこなのに。心配しなくても大丈夫だよ、拒絶反応はないみたいだし」


 咳払いを一つ。アイナは机の引き出しから小箱を取り出した。中に入っていたのは液体に満たされた半透明の膜……というかコンタクトレンズだった。現代日本のより大きめである。


「私は魔眼の取扱いが諦めきれなくて、どうにか安全に利用できないか研究の末見つけたのが、地球で普及している『コンタクトレンズ』だったの。いやぁ、似たものを作るのに苦労したよぉ。これは試作品ね」

「眼球とレンズじゃ規模が違うだろ」

「構造的な話をするとややこしいから省くけど、結論としてはこの膜……便宜上は君から見て異世界のコンタクトレンズに魔眼を複製・転写して使用することで安全性の確保には成功したよ。君の着けているそれは成功例のひとつさ」


 医者っつうか研究者だな。

 危ない魔眼とやらをコンタクトにすることで安全利用できるってことは分かった。分かってないけど分かった。この際魔法とかその辺は置いておこう。


「研究熱心で結構ですな、そんな崇高な仕事にどーして俺が巻き込まれたわけ?」

「だって君、私のコンタクトを上手く合わせたじゃないか」

「……それだけ?」

「それだけだけど?」


 なにか問題ありますか? とでも言いたそうな純粋な眼差しがこちらを見つめる。むしろ問題しかない。


「ちょうどコンタクトに詳しい人材が欲しかったんだ」

「あれくらい業界の人間なら誰でもできるぞ…………」


 出来ればもっとを引き抜いてほしいものだ。さっさと家に帰らせてくれ。あとこのレンズ外させてくれ。


「そう言われてもね……私以外が1度着けた魔眼レンズは装着者を変えられないし」

「呪いのアイテムかよ」

だしね!」


 笑えねぇよ。前言撤回だ。

 営業スマイルよろしく、ぱあっと明るい表情をしているものの、この女は明らかにおかしい。味方とは思えん。


「とにかくできるだけ早くじっけ――ン゛ン、魔眼レンズの研究を進めたいんだ! だから君を選んだ!」


 キラッキラな眼差しではあるが、『実験』と言いかけたことは聞き逃していない。


「本当は?」

「色んな病院見たかったけど転送魔法は疲れるし、4~5軒覗いた中で1番暇そうに見えたから」

「正直でよろしい」


 アイナへの少し信用が上がった。

 だが医者ならもう少し建前を上手く使ってほしいものだ。

 

「そういうことでまずは私に合う魔眼レンズの素材を見繕ってほしい。君に渡したレンズは私には相性が悪くてね。何人かには作ったことはあるんだけど、自分にピッタリの魔眼レンズはまだなんだ。カンペーの目についてる魔眼レンズも、しばらく使ったが私には効果がないようだし」

「お前ぇ………自分が使ったレンズを俺に渡したのか」

「大丈夫大丈夫、安全性は保証――ぶぇっ⁉」


 上がった信用の倍、グラフが下がったぞ。

 殴る……のはよろしくないのでアイナの両頬をぐにぐにと弄ぶ。


「家族でもコンタクトレンズの共有は禁止事項タブーのひとつなんだぞ~?」

「ふぁ、わはひはひは…………」


 後でレンズ消毒しとかねぇとな。

 どうやらコンタクトレンズについてはまだまだらしい。いくら面の良い女の着けていたモノでも、コンタクトを喜ぶようなことはない。


「さ、気を取り直して……カンペー、私に合う魔眼レンズの素材を選定してくれたまえ」

「…………今日は退勤済みなんすけど」

「どんなレンズが作れるか、楽しみだ」

「残業っすか……」


 話聞けよ……

 仕事終わりに妙な坊主に襲われて、助けられたと思ったら中古のコンタクトを無理やりつけられて、しまいにゃ異世界人の仕事を協力しろだぁ?


「大体、何でタダで手伝わなきゃいけないんだよ。助けた礼をしろってか。俺は被害者だぞ、被害者」

「失敬だね、報酬と迷惑料くらい払うよ。それに、あの男に襲われないように細工して元の世界に送り返すさ」

「そうだ、お前の説明でいっぱいいっぱいだった。あの男……あいつなんなんだよ」

「いま全部話すとややこしいから商売敵だとでも考えてくれ……それより対価は、これだ」


 アイナは懐をごそごそと漁り、俺の前に右手を突き出した。

 手の平にいたのはこれまた今の俺の目の色と同じ、500円玉サイズの金色の貨幣が2枚。


「この世界の金貨だ、ニッポンなら換金できるんじゃないかい? 数万円にはなると思うけど」

「乗った!」


 即決である。

 今の仕事……給料安いんだよな。


「よしっ、契約成立だ! じゃあ、その魔眼レンズ……『選定の魔眼』の力、見せてもらうよ」

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