魔眼フィッターはじめました〜あなたに合う魔眼レンズ、お選びします〜

ムタムッタ

第1章 グレイ診療所へようこそ

1.眼科と魔法とコンタクト①



「さ、気を取り直して……カンペー、私に合う魔眼レンズの素材を選定してくれたまえ」



 眼科の検査員視能訓練士になってはや数年。

 腰の強い患者や安月給に文句を言いつつ過ごしてきたが、日本ではない世界に連れてこられた経験は人生で初めてだった。


「…………今日は退勤済みなんすけど」


 目の前の医者を名乗る、アッシュグレーの髪の女はコンタクトを選んでくれと言う。それも普通のそれではない。魔眼のレンズだという。


「どんなレンズが作れるか、楽しみだ」

「残業っすか……」


 鏡に映る俺の目は、日本人にありがちな茶色の虹彩……ではなく、金の瞳。


 父さん、母さん。

 息子は……神兵かんぺいタケルは魔眼(?)使いになりました。




 ◇ ◇ ◇




 遡ること数時間前――日本。


 田舎……というには田舎に失礼、でも都会寄りとはいえないどこにでもある町の眼科で俺――神兵タケルは働いていた。

 金曜日。いつも通りに検査業務を始め、いつも通りに午前の診療を終え、長めの休憩時間空け。できれば暇なまま終わってほしいと願いつつ、午後のカルテを手に取る。


「えーっと……田中アイナさん?」

「コンニチハ~、タナカアイナデス~!」


 カタコトの日本語は快活だった。カルテの年齢は……17らしい。

 身長は俺より低く160センチくらいだろうか。アッシュグレーで切りっぱなしの髪は肩で雑に広がっている。東欧西欧かどこかは知らんがヨーロッパ系の顔はひと目見ただけで整った印象を受ける。

 目を合わせればあらビックリ。瞳の色は右が青色、左が金色。オッドアイなんてものは珍しいし出会うことなんてないと思ったが案外いるもんだな。


「はいはいどうもぉ……今日は、コンタクトレンズの処方ですか……」

「ワタシニオススメノオシエテクダサーイ!」

「あぁはいはい、検査で問題なければね」


 めんどくせぇな……

 しかしわざわざ眼科に来るのは殊勝なこった。最近じゃネット販売も充実して定期検査に来る奴も減ったっつうのに。


 一通り事前検査を終え、一度診察へ。

 御年70歳の院長が眼表面と眼底を確認すると、


「ぁ~い、問題ないからねぇ」


 往年の老俳優のような声の出し方で検査許可が下りた。

 地元じゃ名の知れた医師なのだが、さすがに老年が過ぎてそろそろ引退を考えていると言われて、最近やる気が削がれた。


「んじゃ、コンタクトの検査していきますんで」

「ヨロシクデース!」


 テンションたけぇ……

 夕方の一番眠い時間帯にこのタイプは体力削られるなぁ。


「で……どんなコンタクトをお求めで?」

「良ク見エルノガイイデス!」


 どれも大して変わんねぇと思うけどなぁ。度数強めに調整しとくか。

 種類は……まぁ適当で。


「オマカセシマース!」


 気のせいか、さっきから適当な気がする。その割にこちらへずっと視線を向けるものだから緊張が走る。特に左、金色の瞳の輝きが不気味。


 そこから先は普段の検査と変わらず。

 近視寄りの両目を視力1.2に揃えて後はもう一度院長にレンズの乗った目に異常が無いか診てもらって終わりだ。


「スゴイデス!」

「これで金もらってるんで、ねぇ」


 業務のひとつってだけなんだけどな。喜んでもらえるのは悪くない。満足気に消えていく異邦人の検査を終え、その日はそれ以外特別トラブルもなく診療は終了した。



 片づけを終え、ようやく退勤。

 明日土曜は午前中の診療が終わればあとは休み。やっと今週も終わりである。この繰り返しを続けてはや3年。まだまだ道半ばではあるが、正直何の変哲もない生活に思考が止まっていた。

 

「はぁ……変わんねぇ」


 平和を愛する姿勢は変わらないが、平坦な人生に言い様の無い不安に駆られることがある。だからと言って今すぐ動くかと言われると微妙なわけで。


 やめよう、こんな考えは。

 せっかくの華金(明日も仕事だけど)、さっさと帰ってビールでも…………


「――貴様、あの女に何をした?」


 誰もいなかったはずの帰り道。

 振り返ると、全身黒いローブに身を隠した不審者が立っていた。


「……は?」


 夜19:30、遠くでは車が走り過ぎていく駆動音。

 若者らしく将来の不安を感じていたというのに、背後の黒ローブが突然声を上げた。どこから現れたんだ?


「……………………」


 振り返ってしまったものだから思わず足を止めたものの、どうリアクションするべきか。


「聞こえていないのか?」

「あ、やっぱ俺?」

「貴様以外に誰がいる」


 知るかよ。

 やめてくれよなぁ、あとは家に帰るだけなのによぉ。とりあえずいつでも逃げられるように警察……っと。


「あら、圏外?」


 スマホの電波はなく、時刻と充電残量32%の表示のみ。

 実家のふとましいダブさんの壁紙は相変わらずである。


「もう一度聞くぞ、あの女……アイナに何をされた⁉」

「アイナ? …………あぁ、もしかして夕方の」


 お父さんかな?

 いや、でも下手に患者の情報は言えないなぁ。


「やはり知っているのか」

「あの、誰か知りませんけど個人情報は教えられないんで」

「ならば多少痛い思いをしてもらわねばな!」


 ようやくローブを取った不審者。浅黒肌の男だった。

 坊主頭に近い銀色の短髪に、両目は燃えるように赤く光る。


「ぜいぜい黒焦げにならないよう祈るがいい!」


 全身が隆起し、男の身体が膨張する。

 ローブを破り現れたのは、大型トラックを優に超えるトカゲ……ではなく、翼の生えた爬虫類。


「でっか……⁉」


 空想の世界で生きる生物の大口が、俺の目の前で開かれる。喉奥には真っ赤に燃える炎が溢れ、そして……


「燃えろッ!」


 押し寄せる火の波に成す術もなく吞み込まれる――と思った寸前、アッシュグレーの髪が眼前で靡く。


「コンバンハ!」

「アイナさん⁉」

「コレ付ケテ!」


 差し出されたのはケースから取り出されたであろうコンタクトレンズ。


「なにこれ⁉︎」

「ハヤクハヤク! コウイウトキハ……『説明ハ後ダ』デス!」


 そもそも質問する間もなく、アイナさんは虚空をなぞり、炎を防ぐ光の壁を作り出した。壁が灼熱を受け流している間、どう考えても非常事態に、俺の手は冷静にコンタクトを目につける。


「ちぃっ、現れたか魔眼の魔女め!」

「は? ちょ、どゆこと⁉」

「ヒナンデース!!」


 そのまま灰色髪の患者に手を引かれ、光の壁に呑まれてしまった。


 みんな、知らない人からもらったコンタクトは入れるんじゃないぞ。手も洗ってないしな!



 ◇



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