第13話 『ダン』

 確かにザッカリーは村長から金をもらっている。しかしそれは、村単位で潤うほどの額では断じてない。村は端金で魔道士を使おうとしている……そのようにも言えた。


「おっと、そろそろ帰らないといけないかな?」


 ようやく客が、ぞろぞろとこの場を引き払っていく売人たちに気づいた様子だった。詫びのつもりか、呪符を3枚買って彼は立ち去っていく。


「……」


 考えなければならない内容が増えてしまった。が、まずはアモスの件が優先だ。ザッカリーはそう割り切り、帰る準備に取り掛かる。なにしろあの面倒くさい呪句の羅列や印を再び描き、危険な術を成功させなければならないのだ。ディムルーラルにはターミナルがない為、行きよりもさらに細心の注意が必要である。


 彼の後ろでは、ザッカリーがいなくなった後に印を消す係の黒装束が待機していた。太陽が地平線から上がりきるまでがタイムリミットであることを考えると、余計なことをしている時間は無かった。


「……さて」


 一通りの準備を終え、呪句の詠唱に入る。始まってしまえば、自分の家に戻るのにそれほど時間はかからない。あとはヘマがないよう。ザッカリーは丁寧に術を継続した。


 程なく、彼の体はディムルーラルに移送された。谷間にある自宅は日の出が遅く、『夜間』の有効時間が長い。こんな土地にも以外な恩恵があるものだと、ザッカリーはひとり苦笑いしながら家に入った。行きがけに描いた印を消すのは明日にしよう。彼はとにかく眠かった。




「ああ、そいつはダンのところの長男坊だよ」


 魔人通りに行ったちょうど十日後。ザッカリーは現れた村長を椅子に腰かけさせ、紅茶を振る舞いながらアモスの事を尋ねた。


「ダンっていうのは、うちの村で大工をやってる奴なんだが……ちょっと迷信深い上に頑固者なところがあって、普段からアモスのことを煙たがってるんだよ」


 魔道士からもらった紅茶を躊躇いなく口に運ぶと、村長はすらすらと話しだした。


「アモスはダンの家に産まれた双子の兄貴でな。ほれ、双子は先に産まれた方に魔が宿ると言われているだろう? あいつはそれを真に受けちまってな、少しばかりアモスと距離を置いとるんだよ。あれも奥さんが腹を痛めて産んでくれた子供なんだから、ちゃんと両方に愛情を注げと常々言ってはいるんだが」


 よほど腹に据えかねているのだろうな……ザッカリーはそう思った。そうでなければ、あっさり『ダン』という名前を魔道士の自分に教えるはずがない。


 冷静な口調に隠された殺意を、ザッカリーは無視して尋ねる。


「そのダンという男、アモスに虐待をしているようなんだが、知っているか?」


 ザッカリーの問いに、村長の顔が無言で険しくなった。


「ちょうど服で見えないところに、無数の傷や痣があった。太ももに至っては、火傷もある」


「……そうか」


「最初は他の子供たちからいじめられているのかとも思ったが、子供同士の悪ふざけで『火傷』はそうそう負わないだろう。傷跡は古いものから新しいものまで様々だった。相当以前から虐待は行われていたと思うんだが」


 村長はそのまま黙り込んでしまった。が、こちらからの情報は一通り伝えたので、魔道士はそこからさらに何か言うことはしなかった。ザッカリーは黙ったまま、村長の次の言葉を待った。

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