第14話 それでも
たっぷり時間をあけて、村長は重々しく口を開いた。
「いや、な……なんとなく、そんな気はしていたんだ。儂だけじゃない。村じゅうみんながうっすらとそうではないかと思っていた」
「対策はしていないのか」
「あくまで推測で物を言うのは好かん。それにあいつは気が短くてな。下手なことを言うと逆に癇癪を起こされるのだ」
「だから、虐待を見て見ぬふりを?」
「すまんな。もうここには来ぬよう、アモスには儂から伝えておく。ダンにも一言、釘を刺しておこう。お前がわざわざ言ってきたということは、もう虐待は疑いようのない真実だからな」
「ああ、頼む。もしこれで次にあの子供が来たら、俺は奴に魔道を教えなければならん。約束なんだ」
「……それは一大事だな。分かった。しかと言い聞かせよう」
真面目な顔をしながらも、どこか調子の良い男……それが、ザッカリーの村長に対する人物評であったが、この時ばかりは事態の深刻さを素直に受け止めてくれた様子が見て取れた。危惧していたような余計な頼み事もなかったため、彼は大いに胸を撫で下ろす。
あとはアモスの周囲の大人たちの自浄作用に期待すれば良い。気がかりがひとつ消え、ザッカリーの心はわずかながら晴れやかになっていた。
ところが。
「ひでえツラだな……あがりな」
約束の15日後。残念ながらアモスは再び、ザッカリーの家を訪れた。しかも今回は容赦なく殴られたのか、顔じゅうがひどく腫れている。
「ずいぶん思い切りやられたもんだ。父親の仕業か、それ?」
隠し立てしてもしょうがないと思ったのか、アモスは素直に首を縦に振った。
「お前、村長に何を吹き込んだんだって、大声で怒鳴られて……僕、何も言ってないのに、信じてもらえなくて。それから、毎日、毎日……」
「すまん。話したのは俺だ。まさかそうなるとは思ってなくてな……痛いだろ? 今、薬を塗ってやる」
「ううん、それはいい。それはいいから……」
アモスは腫れのせいで細くなった両目をまっすぐこちらに向けてきた。言いたいことがすぐに分かったザッカリーは、左手で少年の発言を制しながら言った。
「分かっている。約束だからな」
それにしても、こんな大っぴらな暴力なのに村全体が見て見ぬふりをしているとは。ディムルーラルという集落の倫理は、どうなっているのか……。
不意に湧いた疑念を振り払うと、ザッカリーは左手の人差し指に二度息を吹きかけ、それをアモスの額に当てた。
指を、動かす。
魔王とつながるための最初の儀式であった。魔道書でいうところの【心臓第一番】の印を6回なぞると、魔道士は手のひらで額を優しくなでた。
「アモスよ。これよりは共に我らが君を奉る同志として、君への忠誠を貫くことを誓い給え。さすれば汝に、君より大いなる力が授かれるであろう」
唐突に始まった儀式に、アモスはキョトンとしてザッカリーを見た。
ここで初めて事前の説明をしていなかったことに気づいた魔道士は、急いで小声で
「……ハイと言え。一言あればいい」
と伝えた。
慌ててハイと声を張るアモス。おそらく今までザッカリーが聞いたなかでは、最も大きな彼の声であった。
左手を、今度はアモスの顔のすぐ前にかざす。見た目には変化がなかったが、その手が一瞬だけひんやりと冷えたのが感じられた。
「……」
魔王の存在は、常に地獄の底にある。その現場のありえないほどの寒さが、束の間その手に宿ったのだ。
契約は締結された。
彼は魔道士になったのだ。
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