②王歴211年・スー

第4章 孤児

第26話 ひと仕事

 レンガで出来たこの立派な畜舎は、曾祖父の時代に建てられたものらしい。少なくともスーはそう聞いている。当時のヤギの数を連想させる大きさなのだが、今となっては分不相応で持て余し気味であった。


 寒々とした冬の早朝。スーは癖のある金髪を上の方で束ね、厚着をした格好で畜舎に入る。そして、倉庫室で仕事の準備に取り掛かった。


 まずは履物を無愛想な革ブーツに履き替え、同じく革製の前掛けと長手袋も装着した。そして、その恰好で桶と水掃き用のホウキを左右の手にそれぞれ持ち、倉庫室から出る。


 ヤギの居住空間と飼育員の作業用通路は、スーの頭ほどの高さがある木製の柵で区切られていた。彼女は柵の一番手前にホウキを立て掛け、桶は持ったまま一旦踵を返した。そして、畜舎の外の井戸で水を汲む。


 ヤギがいる柵の向こう側は区切りもなく広々としているが、糞尿などで不潔な状態にあり、決して快適な空間とは言えない。こまめな掃除が必要だ。スーはいくつかある入り口から、一番ヤギが近くにいないものを選び、カンヌキを外して中に入った。


 家畜が逃げぬよう、すぐさま内側からカンヌキをはめ直す。柵のこちら側は尿の染み込んだ敷きワラや小さく乾いたフンが散らばっていた。革製の装備には防水のためにロウソクが塗られていたが、効果は知れている……齢14の乙女からすれば少々過酷な環境とも言えたが、彼女は特にひるむ様子もなく、淡々と作業に入った。


「ハイ、ごめんねー。ちょっとお掃除するよー」


 申し訳程度の声掛けをヤギにしながら、ホウキと水を効率よく使って汚物をワラごと部屋の片隅に追いやる。ワラは結構な量があったが、時間をかけてどうにか一か所にまとめた。


 集めたそれらは肥料として牧草地へ撒くために管理をする。が、今は使っている牧草地の面積も知れているため、実際はほとんどが廃棄の対象になってしまう。スーは壁に立てかけた鉄板を力任せに移動させると、そこに開いていた穴から不潔なワラや糞尿を畜舎の外に押し出した。鉄板はヤギの脱走を防ぐためのものだ。スーは律儀にもう一度それを持ち上げ、元の位置に戻す。


 一旦柵を出たスーは、保管室から新しい敷きワラを持ってくる。何度も柵と保管室を往復した後は、寝床として適切な位置にそれを整える。これも結構な量だ。


「あー、しんど……」


 最後に外へ出した汚物を適当にならせば、この仕事は終わりであった。スーは桶とホウキ、装着品を元あったところに戻し、井戸で手を洗ってから家に戻る。自宅は畜舎とほぼ隣り合わせの距離にあった。


「ただいま。終わったよー」

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