第25話 懺悔

「あんたは良い魔道士だよ。村の川上に住みながら、我々に一切の危害を与えずにいてくれた」


「別に、魔道士だからと言って全員が人を襲うわけではない」


「今だから言うが、国からもらっていた補助金の内訳には、魔道士対策という項目もあってな。お前がここに住むようになって、額が上がったんだ。だが、お前と接していて、これはいらないな、というように考えが改まった」


「……」


「ところが、村には『せっかく国からもらえる金をみすみす減らす必要はない』という奴らが多くてな…・・・ 補助金の額はもとに戻せなかった」


「そんな話は知らん。あんたが長なんだから、あんたがなんとかするべき問題だろう」


「フフ……そうだな。だが、儂にそれを収める力は無かったよ。残念ながらな」


「ああ、そうかい。で、それを聞いて俺は何を思えばいいんだ?」


 話の意図がつかめず、ザッカリーは素直にそのまま尋ねた。

 村長は薄く笑うと魔道士の肩に手を置き、言った。


「何も思わなくて良い。ただ、あんたに懺悔したかったんだよ」


「……」


 困惑を深める魔道士から手を離すと村長は、邪魔したな、と一言つぶやいて帰っていった。

 ザッカリーは首を捻るばかりで、気の利いた返事ひとつも返せなかった。




 家には再び、ザッカリーと保安兵のみとなった。

 村長には村長で、色々と思うところがあったのだろう。人の上に立てば、それなりにしがらみも増える。だがそれは、ほぼ部外者たるザッカリーからすればどうでも良い話であった。


「あんた。今の話、どれくらい理解できたか?」


 魔道士はふと気になって、保安兵のひとりに訊いてみた。

 見張りとしてここにいるはずの保安兵は、ザッカリーの問いかけに面倒くさそうな顔をする。


「それをわざわざお前に言う義務はない」


 ぶっきらぼうな返しだったが、考えてみればもっともな意見である。

 村の補助金の件に、ラノフと村の談合の件。国が知れば動きそうな話もあったが、それをどれだけ分かったかを敢えて受刑者に明かす必要など、兵からすればまるでないはずであった。


 手持ち無沙汰になったザッカリーは、窓の外を見る。


 雪は姿を消していたが、遠くに見える荒れた地面や枯れた木々は、まぎれもなく冬の景色であった。


(アモス……)


 こんな寒々しい中を、あの子供はひとりでさまよっているのだ。まだまだ長い冬に対して、彼はどのように対処をしていくのか……想像するだけで、良心が傷んだ。


(くそが……)


 魔道士になって長いが、この良心というものがなかなか消しきれない。このようなことが起こってしまうと、こんな技を手にしてしまった自分を呪いたくもなるが、いまさらそう思ったところで仕方がない。彼に出来るのは、あの憐れな少年の無事を祈るばかりであった。


 ……否。


 神と袂を分かつ魔道士という立場では、祈ることすらも禁忌である。

 何一つ出来ない己を責めるザッカリー。もどかしさを持て余した彼は、そのままベッドに体を倒す。


 自身を慰めるために魔道士は目を瞑った。睡魔はこんな時に限ってやたら怠惰で、眠りにつける気配はまるでなかった。

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