済野さんはハンドクリームをもらったそうです【KAC20244(テーマ:ささくれ)】

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 済野さんは変わっている。


 晩御飯の後、食器を洗っていたら、左手の人差し指の先がわずかにしみた。

 見るとささくれができていた。

 気にはなるけれど、我慢できないほどではない。

 僕はそのまま食器を洗った。


 一段落してタオルで手を拭いたあと、リビングに戻りながらささくれを千切った。

 指先にピリッとした痛みが走る。


「あー」


 力の入れ方がまずかったのか、ささくれは数ミリめくれてから千切れた。

 ささくれの付け根だった場所からうっすらと赤い液体がにじみでてくる。

 深めに切れてしまったらしい。


 ささくれは爪や眉用のハサミで切るのがいい、と教わったことがあるが、僕の家にそんな気の利いたものはない。よって、ささくれを千切ったはずみで血が出るのは致し方ないことだ。どうせすぐ止まるんだ。大したことじゃない。


「大丈夫?」


 リビングでは、済野さんが何故か心配そうな顔で僕の方をみていた。

 済野さんは普段、僕に興味なさそうにしている割に、僕の異変にはすぐ気付く。


「うん、大丈夫。ささくれをむいたら少し血が出ただけだから」


 僕が答えると、済野さんは怪訝そうに首を傾げた。


「ささくれ」

「そう、ささくれ。ほら」


 僕は、さっき千切った皮膚片ひふへんと血のにじむ指を見せた。

 見せてから、なんてものを見せてしまっているんだと思った。

 でも、済野さんはこういうのを積極的に見たがる人だ。たぶん。


「ふうん、これがささくれ」


 案の定、済野さんは、まじまじと皮膚片を見る。

 さては済野さん、ささくれ知らなかったのか。


「ささくれ、そういえば聞いたことがあるわ。こんな感じなんだ」

「そう、こんな感じ。済野さんはささくれできたことないの?」


 僕はちらりと済野さんの指を見た。

 ささくれとは無縁そうな、白くて細くて綺麗な指。


「ないわね。乾燥すると爪周りの皮膚がめくれるのよね」

「乾燥で……? ごめん、僕そんなに詳しくはないんだ」

「そう、ささくれになるのに?」

「うん、ささくれって勝手になるものだし……正直なところ興味ない」

「そっか」


 皮膚片に見飽きた済野さんは、今度は僕の指に視線をうつした。


「痛そうね」

「もう痛くないよ」

「血が出ているのに?」

「うん」


 血はとっくに止まっていた。


「そうだ、ハンドクリームあるから。使って」


 済野さんは鞄から、小さな歯磨きチューブのようなものを取り出した。


「もらったんだけど使わないから」


 言いながら済野さんはチューブの蓋をあけ、少量を僕の手に出した。

 蓋を閉めて、テーブルの上に置く。


「そんな、悪いよ。ささくれなんて慣れているし」

「慣れてるならなおさら」


 そして僕の手を取り、爪の周りを中心にハンドクリームを塗りこんでくれる。


「ささくれなんて、ほっといても死なないけど、そうやって自分を大事にしないでいたら、小さなほころびがいつか大きな怪我につながるかもしれないんだから」

「ええ?」


 大袈裟だよ、済野さん。そう言おうとして僕は息を飲んだ。

 手当をしてくれる済野さんの綺麗な顔がすぐ目の前にあって。

 済野さんの目は、いつかのように真っ黒で、おそらく僕の指先ではない何かを見ているようだった。


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済野さんはハンドクリームをもらったそうです【KAC20244(テーマ:ささくれ)】 @ei_umise

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