メルフェリア冒険譚 〜死刑囚の女王と魔人の旅人〜

まさまさ

第1章 

第1話 逃げられぬ運命

 絶望的な時ほど、景色は皮肉を帯びて輝いて見える。


 雲一つない鮮やかな青色の空は、まるで少女の瞳を映しているようだ。


 吹き抜ける澄んだ柔風は、彼女の瑞々しい頬と透き通るような黄金の長髪を撫でる。


 まるで天が自分を祝福しているかのように思えた。だとすれば、何ともむごたらしい話だ。


 この両手両足を縛られ膝を着く少女は、今まさに処刑されようとしているのだから。


「『ゼノス・メルフェリア』。最期の時だ。何か言い残すことはあるか」


 傍に居た兵士の言葉に、名を呼ばれた少女は眉間を狭め、下唇を噛んだ……。



 ―――――



「女王様、無念です……」


 時は遡り、一月前。


 白い顎髭を蓄えた老齢の臣下の報告に、城の玉座に静かに座る一国の主は少し寂しそうな微笑みを浮かべた。


 国と言うにはあまりにも狭く、城と言うにはあまりにも庶民的で、玉座というにはあまりにも陳腐。しかし、そこに佇む純白のドレスを纏った少女は列強の国々の王族に引けを取らぬ静謐と気品を湛えていた。


 ほんのりと垂れた目から覗く吸い込まれるような蒼き瞳と、艶やかな黄金の長髪。彼女の美しさは国外にも轟いている。


「そうですか……。分かりました」


 小鳥の囀りのような声で、目の前の臣下に告げる。


「辛い報告をさせてしまい申し訳ありません」


「滅相も……。滅相もございませんっ……!!」


 報告に馳せ参じた臣下は膝間付いたまま大粒の涙を零す。緋色のカーペットが黒く滲んだ。


 女王の名は、『ゼノス・メルフェリア』。人口千人にも満たない小さな国『メイランド』の長である。つい十日前まではであったが、先代の王である父が逝去したことにより跡を継いだばかりの出来事である。


 それが、まさかこのような不幸を招こうとは。


「期日は?」


「……一月後。エルドラ帝国の城下町にて、執り行われます……」


「そうですか。分かりました。下がって良いですよ」


「……様!このような、このような事、いくら何でもあんまりです!帝国に抗議の声明を……」


 老齢の臣下の叫びは、しかしメルフェリアの柔らかな笑みにより遮られた。臣下の拳を握る音が狭い部屋に響く。堅く閉じた口からは一筋の朱が伝った。



 ――メルフェリアは、帝国の命により処刑されることとなった。



 二月前。大陸で巻き起こっていた戦争が終結し、エルドラ帝国という巨大国家が戦勝国となった事が発端である。


 エルドラ帝国は国々の徹底的な支配を目論み、自らの力を誇示すべく敵対した国、帝国に属さない国の王を次々と処刑していった。逆らえば武力により国を焼き払われる。実際に抵抗した国もあったがその末路は悲惨なものであった。


 そして今日、戦争に関わりを持たなかった辺境の国、ここメイランドにもその魔の手が迫ったのである。


 先代の王が逝去し、後を継いでたった十日目の出来事であった。


「きっと、これが私に課せられた運命なのでしょう。民の為ならば、この命、喜んで捧げましょう。後の事は、任せましたよ。私を想うのであれば、決して変な気を起こさないで下さいね。それが、私の最初で最後の命令です」


「……っ!!」


 幼き頃から教育係として面倒を見てきた目の前の少女の言葉に、老齢の臣下は堅く瞼を閉じた。


 若干、十六歳。


 死を覚悟した少女の微笑みは、言葉に出来ぬ美しさであった。

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