ちなみに、チョコレートって好き?
嬉野K
大好きだよ
突然、彼女が言った。
「ささくれというのはね、指が乾燥したり水とか洗剤の刺激が原因で起こるらしいよ」
「……急にどうしたの……?」
「なんでもないよ」
そんなわけがない。なんで無意味にささくれの話をする必要があるんだ。
もしかして彼女の指にはささくれがあるのだろうか。しかし彼女の手には手袋が装着されているので、真相は謎のままだ。
「寒いねぇ」彼女が軽く足踏みをしながら、「真冬の寒さだねぇ」
「……そうだね……」たしかに寒いとは思う。「……じゃあ、なんで公園になんて呼び出したの?」
僕は今、近くの公園に来ている。理由は当然、彼女に呼び出されたからだ。そんなことでもないと、こんな寒空の下に出ようとは思わない。
しかしいつも冷静な彼女が顔を赤くしているところを見ると、今日は相当に寒いらしい。もう2月なのだから当然だ。
「まぁまぁ、焦らないでよ」別に焦ってはないけれど。「日本語というのは美しいねぇ」
「……だから急にどうしたの?」
彼女の話が飛ぶのはいつものことだけれど。
「ささくれというのは……さっきも言ったけれど手に起きることだよ。でも、日本語だと『心がささくれる』という意味でも使えたりするの」
「……まぁ……そうだね」だからなんだ、という話だけれど。「キミの話はいつも……独特な表現方法が使われているよね」
言葉は選んだつもりだ。本当は回りくどいと言いたかった。
だけれど……僕はそんな会話が……
「お嫌い?」
「好きだけど」というか彼女と話すのが楽しい。「でも……寒空の下に長時間いるのは、好きじゃないかな」
「そうか。私もそうだよ」じゃあ早くどこかに行こう。「私は今、あんまり寒くないけどね。緊張してるから」
「……なんで緊張してるの?」
なにかしら緊張させるようなことでもあっただろうか。待ち合わせに遅れたりはしなかったのだけれど。
「キミが鈍感なやつで、私が回りくどい女なのは知ってるよ」僕も知っている。「だから目的を1つ果たすにも、しょうもない問答をしないといけないんだよね」
「その問答も楽しいんだけどね」
「キミは、そういうことを素で言える人だったね」なんか驚かれた。「キミと一緒にいると退屈しないよ。心がささくれたり、すぐに修復されたり……ジェットコースターみたいだ」
よくわからん。正直言って、僕は彼女の言っていることを半分も理解していないだろう。
ともあれ……
「それで……要件は何? このまま外にいたら、指がささくれそうなんだけど」
「そりゃ大変だね。私の指はもうささくれてるけどね」手袋をしていても寒いらしい。「なんでささくれたと思う?」
「ストレス?」
「それもあるかもね」だったら申し訳ない。「ヒントは……そうだね。今日は2月14日だよ」
2月14日……はて……
「なにかあったっけ? 僕は鈍感だから、ハッキリ言ってくれないとわからないんだけど」
「それは鈍感というより一般常識の問題だよ」僕に一般常識を求められても困る。「じゃあ……もういいや。さっさと渡すね」
そう言って彼女は、ずっと持っていた袋から包装された箱を取り出した。
ピンクのリボンが巻かれた可愛らしい箱。
「私の手作りだよ」彼女は赤い顔で笑って、「何回か失敗したからね……何度も作ってるうちに、手がささくれちゃった」
「ああ……だから最初に、ささくれの話が出たのか……」何度も作り直すうちに、水とか洗剤の刺激が多くなったわけだ。「そうか……今日、バレンタイン?」
「本気で忘れてたの?」
「2月の何日か、ということだけは覚えてるよ」
興味がない行事だったので、明確な日時は覚えていなかった。
ともあれ……
「ありがとう」僕のために手作りしてくれたのは嬉しい。「そういえば……ホワイトデーっていつだっけ?」
「3月14日」
ちょうど一ヶ月後か。
「了解」僕はチョコレートを受け取って、「ちなみに、チョコレートって好き?」
「大好きだよ」
じゃあ……あれだな。
次は僕の手がささくれることになるのかな。
ちなみに、チョコレートって好き? 嬉野K @orange-peel
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