ローファン世界に転生したけど、異能の代償が割と痛い

黒味缶

ワンオペJKと新入り


 穏やかな午後。私はいつものように地上500mの地点から九州全域に向けて放送を行います。


「『皆様こんにちは。九州ダンジョン探知班の、大宮おおみや梨香りかです」』


 私が発する声と、マイクを通して放送した声がわずかにズレて重なり、耳に入ってきます。


「『午後3時のダンジョン探知を行います。情報の確定まで、しばらくお待ちください」』


 いつもの口上を述べて、ささくれだらけのおててをできる限り高く掲げます。ささくれの一本一本から、強力な魔力探索波が発生し、その跳ね返りを私の脳が受信するのです。

 熊本県にある九州の真ん中の土地。ここの地上500m以上で能力を発動させれば、私の異能は離島を除く九州圏内のダンジョンを一つも逃さず発見できるのです。


「『午後3時のダンジョン探知の結果をお伝えします。九州内新規ダンジョン門は、5基発生。九州内既存ダンジョンの崩壊は3件確認されました。スタンピードの予兆は現在ありません。詳細情報はダンジョン対策課HPに掲載されますので、そちらでご確認ください」』


 今手に入れたばかりの情報を放送で伝えつつ、手元の端末でダンジョン対策課の本部へと詳細情報を送っていきます。

 最初の頃は他の人がやってくれていた事ですが、今は一人なので一度にやってしまいます。人が減って、増えちゃった細々した作業。それらにもすっかり慣れてしまいました。


「『本日午後3時の探知は私、大宮梨香が行わせていただきました」』


 放送の締めと共に、対策課への詳細情報の送信を完了。

 マイクの電源を切ったあと、思わず私はため息とともにつぶやきました。


「こんな高くて寒いとこだと、やっぱささくれが痛みますね~。保湿とかした……いたたっ」


 暖をもとめて手を擦るのですが擦った手がちくちくと痛んで、なんだか悲しい気持ちになりました。

 痛いね、と当たり前のことを繰り返してくれる人も、今はいないのです。



 さて、私こと大宮梨香は前世の記憶があります。いわゆる、異世界転生です。

 前世も今世も母なる惑星は地球だし、日本も各地の地名もほぼ同じ……しかし今世の地球は平成の初期頃あたりから異界からの侵略を受けています。

 そして、その影響で少なくない人々に、特殊能力である異能が発生しているのです。


 私は、異世界転生に加えて異能持ち――そう、ダンジョンの入り口をレーダー探知で発見できるささくレーダーの使い手!!!もっとカッコいいやつで、おてて痛くない異能がよかった!!!こんな異能いらんわい!!!!

 と、言いたいところですが。ダンジョンを一発で大量に探知できるこの異能はレアものなので、捨てることはできません。日本の平和と自分の平和どっちが大事かって言ったら一応日本の平和ですとも。

 ……でもおててのささくれが大事なポイントなせいで、ハンドクリームで保湿して治すこともできないのはマジでどうにかなんないかなって思います。

 十分な褒賞がでているとはいえ、それはそれでこれはこれ。痛いもんは痛い。

 折角生まれ変わって干物女からぴちぴちJKになったというのに、チクチクした痛みが常に伴うせいか私はなんだか悲しい日々を送っているのです。


「せめて九州担当がもう数人いればな~……現状ほぼほぼワンオペだもんな~」


 ぽつりとつぶやいた言葉に反応してくれる人はいません。

 何故なら、ダンジョン対策課九州方面支部のダンジョン探知班は私しかいないから。ささくレーダーが転生者チートかなんか知らんけど高性能すぎるせいで、ダンジョンの探知だけなら私一人で十分なのだ!!すごい!!でもそのせいで話せる人とかもいないワンオペ毎日で悲しい!!!

 仕事のタイミングは一日一回。やることも決まっているし、書類もあるにはあるけど難しい判断は不要。……それはそれとして、現役JKに九州の安全の要を設備維持まで含めて全部ワンオペさせてる事に上層部はもっと疑問を持ったっていいんだぞ?


 なんて思っていたとある日、私のストレス対応のためと称して九州ダンジョン探知班に新入りが来たのです。それもかなり唐突に。


「ども、坂崎っす」

「どうも~、大宮でーす」


 坂崎さかざき雪広ゆきひろ22歳。前世の私よりは年下ですが、今世の私よりはだいぶ大人な人がやってきました。

 そして、回復系異能持ちらしいのです……怪しい。いや、この人はあやしくないのですが、この人がやってきた経緯に何だか胡散臭いものを感じます。

 小娘のストレス対応なんて名目のために、回復役を使いつぶしていいわけがないのです。

 こういう人はダンジョン門付近に待機してダンジョン探索者の回復を担当するのが一般的で、そしてそういう回復の手というのは、常にちょっと足りないもののはずなのですから。


「坂崎さんは私のストレス対応のためという名目で来てますけど……地方に飛ばされるような理由は、おありですか?」

「俺もよくわかんないんすよね……ただ、見た感じ君が滅茶苦茶疲れてるのはわかるんで、この仕事も一旦ちゃんとやる気っす」


 責任感がおつよぉい。

 しかし、人手がある分には実際助かりますので追い返したりはしません。本人もやる気ですし、即戦力として思い切り使いましょう。


「なぜ坂崎さんだったのかとか謎はいろいろありますが、いったんこちらの仕事に従事してくれるというなら幸いですー。まずはお互いに出来ることを共有しましょう。こちらにはそもそも資料が来てなくて、東京本部のお友達の山西さんから、私信で回復系異能持ちという最低限の情報が回ってきてる感じとなってます」

「そんなドタバタした異動でもなかったはずなんで、明らかになんか巻き込まれてるっすね俺……まあその通りで、俺は回復関連異能持ちっす。そっすね、例えば――」


 そう言って私の手に触れようとするのを、申し訳ないが振り払う。


「すみません、この手荒れというかささくれ達が私の異能の発動条件なんですよ……坂崎さん、もしもの話ですけど、私が回復異能持ちとか知らずにとりあえず何できるか聞いた場合も真っ先にこれを直してましたね?」

「そっすね」

「もしそうだとするなら……坂崎さんがここに来たのはこっちへの妨害工作なのかもしれません。私のささくれって治っちゃうと九州一帯のダンジョン探知ができなくなっちゃうので、そういうの狙ったのかなって」

「えぇ……考えた奴の性格悪いっすね」


 坂崎さんが滅茶苦茶いやそうな顔をする。人を治す能力を悪用される事なんて普通なら考えないでしょうからね。


「でも多分この作戦って成功すればラッキーぐらいの感じだと思いますよー?秒でこの荒れ荒れおててを治せそうな感じですし、多分ですけど坂崎さんって回復担当として優秀でしょ?ダンジョン乱立地帯から回復担当者を遠ざける意図がメインコンテンツな気がします~」


 渋面度合いが高まる坂崎さん。まっすぐな心持ちで人を癒してきたであろうことが伺える。そこに踏み入られたこと自体がお嫌そうな感じ。


「……滅茶苦茶いやな気分になるっすね。でも命令自体は正式なもんだからどうすっか」

「ひとまずここでは、書類仕事とかお手伝いしてくれると幸いですー。あと坂崎さん、自衛手段はありますか?」

「ランクの低いダンジョンならソロアタックできる程度には」

「なら良かった。この辺、ダンジョンができた初期の頃に野生化したモンスターがいるので~」


 もともとは田舎ながら町があった九州の中心地は、一度ダンジョンの本来の目的である"モンスター産出施設"としての動きが成立してしまった土地でもあります。

 当時は自衛隊や米軍の稼働のもとで抑え込み、そして原因であるダンジョンもその全力の兵力でもって内部にあるコアを破壊して消滅させたそうです。

 こうした軍事行動としてのダンジョン攻略をしばらく続けたことで研究が進み、ダンジョンとはモンスターの生成&育成設備というガチの侵略施設であることと、門とダンジョンをつなげてしばらくしないとモンスターが出てこれないことが判明したのです。

 現在では、早めにダンジョン門を見つけて内部を攻略してコアを破壊するのが対応策として確立されています。そのためにダンジョンに入るのも、10歳から書類を提出しさえすればOKです。


「……こんな戦力が必要な土地に、君は一人で?」

「そうですよ~。ああ、そういえば私の出来ることをまだお伝えしてませんでしたね。私の異能は、おててにささくれがあればあるだけ精度を増す、ささくレーダーという異能です。これでですね、ダンジョン門とかダンジョンから出たモンスターの異界エネルギーを探知できるんですよ!そしてこれだけおててが荒れ荒れしていれば、九州のダンジョン門の探索をマジで一手にひきうけられるというわけです~」


 そしてこの危険地域にボッチでほっとかれても平気な理由でもあります。おてての荒れ荒れ度合いを高めておけば、意図的使用でなくとも身の回りの異界存在には気づけるんです。

 つまり私は、近くのモンスターを事前に察知して対応できる人材でもあるのです。

 実際ダンジョン探知に従事するまえは少量のささくれでの意図的レーダー使用で、ダンジョン内の構造やモンスターを割り出して攻略するなんてこともしていました。


「ま、自分で言うのもあれですけどなかなか唯一性のある存在ですからねー。ある程度ダンジョンアタックの経験もあるので自衛も可能ですし、リモートそろぼっちながらちゃんと高校の授業を受ける現役JKしつつ地域を守ってま~す。ぃぇぃ」

「いえいじゃないよ、いえいじゃ。もっと大人にキレていいっすよ」

「あー、まあ、実際普通の女子高生なら耐え切れないと思うんですけどー……これも本部にお伝え済みなので言うのですが、私リンカネーション属性持ちでもあるんですね~。前世社会人でしたし一応、マジで一応耐えられる精神性なんですよ~」

「あぁ……稀にいるっていう……」

「そうですー。前世の記憶がある人は異能が強力になりがちっていうじゃないですか。ばっちり当てはまるんですよ!えへん!」


 チート部分は思う所がもりもりありますが、前世があってよかったとは思っていますね。普通に女子高生してたらそもそも自分が犠牲になってるように感じて世界に悲嘆してたところです。

 しかし前世情報をお伝えしても、割と難しい顔してますね坂崎さん。


「……まあ、耐えきれている理由はわかった。でも君の扱いに納得いかないのは撤回しないっす」

「東京本部の友人もですけど、そう言ってくれる人とめぐりあえてるあたり対人運いいですねー私。でもそのあたりの義憤も、今はいったんおいといて。お仕事割り振ってもいいでしょうか?」

「OKっす」


 私としては仲間ができた時点でハッピーですし、おそらくは何かの策略に巻き込まれた者同士、気楽にやっていきましょう。

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